歪んだ顔

あしもす

歪んだ顔

小学生の頃だったでしょうか。私はその時、熱で寝込んでいました。


一日中、二段ベッドの上でおとなしく横になっていました。


夕方です。家に誰もいなかったのでしょうか。


普段は賑やかな家ですが、その日はやたら静かでした。


話し声も聞こえなければ、鳥も鳴かないし、車が通る音も聞こえてきません。


様子を見に行くにも、熱で体がだるくて動く気持ちにもなりません。


熱でぼーっとしながら、ベッドでじっとしていました。


すると、静寂の中からなにか聴こえてくる気がします。


遠くから「とん…とん…とん…とん」と聞こえてきます。


部屋の近くに階段はありますが、そこを登る音ではないようです。


音の発生源はどこなのだろう、少しだけ体を起こして、あたりを見回しますが、どこかわかりません。


そのうち、音はどんどん大きくなり、


「とん…とん」から、「どん!…どん!…どん!」


そして


テンポもどんどん早くなる


「どん!どん!どん!どん!どん!どん!」


熱のせいだろうと思いながらも怖くなって、布団を被って耳を塞ぎました。


「どん!どん!どん!どん!どん!どん!」


それでも、音は聞こえてきます。


わたしは本当に怖くなって、とにかく音をかきけそうと、出ない声をしぼりだして「あぁー!」と弱々しく叫びました。


音がどうなったかわかりませんが、わたしはまた寝てしまったようです。




次にぱっと目を開けたときは、部屋は真っ暗でした。気づいたら夜になっていたようです。


あの変な音もなくなっていました。熱の苦しさも楽なっているようです。


すこし、水分でも摂ろうかと、体を起こします。


あれ?


体が、動かない?


足も腕も指一本動きません。


あ、金縛りか…


こうなったら、ただひたすら耐えるしかありません。



ふと、嫌な予感がします。


「とん…とん」


あ、また始まった…でも耳をふさぐこともできません。


「どん!…どん!…どん!」


声も出ないので、かき消すこともできません。


「どん!どん!どん!どん!どん!どん!」


はやく!はやく、この音から逃げたい!


「がーーーーーーーーーーーっ!」


ついには耳をつんざくような轟音にかわりました。


もう、怖くて怖くて、頭がおかしくなりそうです。


必死に動かそうとしていた体が、やっと動いてベッドから飛び起きました。


そのままの勢いで、二段ベッドの上から駆け下ります。


ベッドの一段目には弟が寝ていました。


弟の寝顔を何気なく眺めていると、だんだん顔が変形して、ぐちゃぐちゃになっていくではありませんか。


少し横に目をやると、折りたたみベッドにもうひとりの弟が、同じく顔を歪ませていきながら、体を横たえています。


もう、あんな怖い思いをしたのです、せっかく体が動くようになったのに、これ以上怖い思いはしたくありません。


無我夢中で歪んだ顔を、そこらへんにあったノートを丸めて叩き潰そうとしました。


しかし手応えはありません。顔をぐちゃぐちゃにうねうねと歪ませながら弟だったものはそこに横たわっています。


一層、恐ろしくなって、両親が寝ている寝室まで、恐怖感に突き動かされながら走り出します。


どん…どん…どん!どん!どん!どん!


両親の寝室の引き戸に手をかけて力いっぱい開きました。


がーーーーーーーーーーーっ!


そこは真っ暗でした。嫌な感じしかしません。


耳の奥からなにか聞こえてきます。


でも、もう、耳を傾ける気にはなりません。


怖くて怖くて、廊下の先の洗面に向かいました。


蛇口をひねって顔を洗います。


病み上がりで疲れているだけに違いない。



ばしゃっばしゃっ



あれ?



なにかがおかしい…



ふと顔をあげると、洗面の鏡に顔が映ります。


そこには、ぐちゃぐちゃに歪んだ自分の顔が…



「うわぁっ!!」


思わず声をあげて飛び跳ねました。


そこは二段ベッドの上、汗はびっしょりかいていましたが、熱は引いたのか楽になっていました。


多分、悪夢だったのでしょう、フラフラと二段ベッドからおりると、


そこには丸めたノートが転がっていました。


リビングからは家族の話し声が聞こえます。


押入れの工具箱からトンカチを持って、リビングに向かいました。


頭の中の声も後押ししてくれます。


「今度こそは叩き潰せ、ぐちゃぐちゃになるまで」


もう、怖いものは何もありません。

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