第7話
寂しい人間はこの世の中に多い。俺だって同じだ。けれど普通は、寂しさを抱えながらも必死に生きていくものだ。
逃げ道を作るのが悪いとは言わない。寂しさを紛らわせるのは、必要なことだ。けれどな、他人に迷惑をかけるようなやり方はよくないよな。
友達が突然行方不明になったんだよ。妻も子供もいる奴でさ、書き置きもなんにもないんだ。会社にも当然連絡は一切ない。家族は警察に捜索願を出したけど、今のところなんの動きもないよ。新聞にも載っていないはずだよ。
知り合いの話なんだけどさ、姉貴の彼氏の弟がさ、行方不明なんだよね。一人暮らしだったんだけど、急に姿消したんだってさ。バイト先から実家に連絡が入って発覚したらしいよ。
うちの息子が突然家を出て行っちゃったのよ。家出はよくする子なんだけどね、今回はちょっと様子が変なのよ。いつもは彼女か友達の家に何週間か居座って、気がつくと家に戻っているのよ。大学にもアルバイトにもいつもならちゃんと通っていたみたいだしね。アルバイト先から連絡が来るなんて初めてのことなのよ。ホントあの子ったらどこ行っちゃったのかしらね。
似たような話はどこにでも転がっているが、新聞にも載らない行方不明者が三人も続くなんて、妙だと思った。調べてみる価値はあるかも知れない。
これが普通の行方不明だったらよかったと、俺は本気で考えている。加害者だけでなく、被害者までもが救いようのない奴だったら、俺はどうすればいいんだ? まぁ、そのおかげで報酬を得ることができたんだから文句を言っても仕方がないんだけどな。
今回もまた、出会い系サイトが絡んでいる。どうして人は、そこまでして出会いを求めるんだ? 街には人が溢れている。俺はここにいるだけで、毎日多くの人と出会っている。街をふらつけば、出会いなんてそこら中に転がっているんだ。ほんの少しの勇気とタイミングがあれば、人はいつでも誰かと出会うことができる。そのタイミングを、サイトに委ねるのはどうかと思うよ。所詮はビジネスのコマに利用されているだけなんだ。男も女も変わらずにね。それを逆に利用しているんだとの勘違いも悪くはないけれど、現実を見ればわかるだろう? そんな出会いは数少ない。まともな出会いもあるようだが、ごく僅かだな。たいていは、その場限りの出会いで終わってしまう。長くても数ヶ月だ。ナンパより酷いんじゃないかな? 面と向かわずの出会いは、恋人に隠れてでも平気でできる。そこに金の力を足せばなおさらだ。一度いい思いをしてしまえば、まともな出会いなんてできなくなるんだよ。まぁ、それでもいいんじゃないか? 価値観は人それぞれだからな。
俺は三人からの話を詳しく調べるため、それぞれの周辺に声をかけたんだ。基本俺は話し相手の名前は聞かない。どこに住んでいるのかも、俺からは聞いたりしない。けれど俺には優秀な仲間が大勢いる。気の利いた話手も多い。俺が望めば、情報は勝手に向こうから集まってくるんだ。
まずは妻子持ちの友達を調べた。まったくなにを考えているんだか、そいつは自己の欲求を満たすためだけに、出会いを求めた。しかも、金無しだ。この街で待ち合わせをしていた姿を目撃されている。若い女に連れられ、車に乗り込んでいったそうだ。
姉貴の彼氏の弟は、なんていうか、間抜けだな。そいつは偶然、そこにいただけだ。本来なら別の男が連れて行かれるはずだった。出会い系で待ち合わせをして、すっぽかされた男が別にいたんだとさ。すっぽかされた男は、数時間その場で待ち続けたそうだ。そいつはその男と似た服装だった。そして、その男よりもハンサムだった。それだけの理由で、連れ去られてしまったんだよ。
家出息子は、ただの遊び人だ。色んな出会いを求め、遊んでいた。バイト先、街中、出会い系サイト、なんでも利用していた。金があれば、惜しみなく女に使う。しかし、金がなくても女を求める。サイトでの出会いは、騙しやすい。金目当ての女が多く集まるのは、そいつには好都合だ。金を持っているふりをして、やることだけしたら逃げればいい。適当に誤魔化しても、金目当ての女は馬鹿が多く、騙しやすい。けれどこのときばかりは違っていた。相手の女は、そいつが一度騙した相手だった。そいつはまんまと釣り出されたってわけだ。ネット上の出会いでは、多くの者が偽名を使っている。そいつもそうだ。しかし、その偽名を使い続けていたのが馬鹿なんだ。騙された相手の気持ちを、まるで考えない。相手の女は、男を呼び出すとき、それ以外でも、何度も名前を変えている。そいつはまんまと騙され、連れ込まれた。
三人が連れ込まれた車は、どれも同じ黒のワゴン車だった。覚えやすいナンバーをつけていた。見た目からして、俺は好きじゃない。スモークガラスってだけで、気がひける。フロントガラスから覗ける運転席の飾り付けも興味がない。っていうか、嫌気がさすよ。なんていうかな、擬なんだよ。蜂じゃないのに蜂ですよみたいな雰囲気で空を飛ぶハチモドキと同じだよ。どこか不自然で、どこか間が抜けている。当然、蜂としての魅力にも欠けている。車の主は、まさにそんな擬だったよ。
車が特定すれば、話は早い。って思ったが、そうもいかなかった。なんていうかな? 威勢はいいが情けない。そんな男の登場で、状況は少しばかり面倒な方向に転がっていった。
俺の車を俺がどう使おうが勝手だろ! なんなんだよ! 文句でもあんのかこの野郎!
いきなり飛んできた罵声だよ。俺は車を洗車していたそいつの元へ行き、綺麗に手入れされていますね、なんてお世辞を言ったんだ。それだけで返ってきたのが、この罵声だ。さすがに俺も、どう話を続ければいいのか困ったよ。
汚しちまったから掃除してるんだよ。当たり前のことだろ? 暇だったらお前も手伝え! おかしな展開になったが、俺は従ったよ。情けない男だが、嫌いじゃないんだ。滑稽な男ってのは、付き合ってみると案外と楽しいもんだ。
俺だってさ、好きでこんなことしているんじゃねぇんだよ。土日にしか使ってねぇってのに、なんで俺が綺麗にしているんだっていうの。俺はさ、バイクが趣味でさ、こいつで運んで走りに行くんだよ。汚れているって言っても、たいしたことねぇのによ。臭ぇだの汚ねぇだの文句言いやがってよ。月曜の朝までに綺麗にしねぇと会社にも行けねぇんだよ。だからよぉ、今は忙しいんだっての。しっかり手伝ってくれよな。早く終わらせてよぉ、この後デートなんだよ。
その男は結構なおしゃべりだった。俺は黙々と車を洗っていた。車内の汚れはバイクを積んでいたからだろう。多少の泥がついていた。外側の汚れも泥だらけだ。男はオフロードバイクを楽しんでいたようだ。そんな場所へ車で出かければ泥もつくのは当たり前だという。コース上はもちろんそうだが、駐車場もオフロード仕様だそうだ。雨にでも降られれば、タイヤ周りは酷いことになる。しかしその男は言う。俺が汚しているのは確かだな。この泥は俺がくっつけたもんだろうからな。けれどな、なにか妙なんだよな。見てみろよ。俺は草地なんて走ってねぇのによ、こんな葉っぱを巻き込んでいるんだぜ。今日だけじゃねぇよ。いつもこうなんだよ。よくよく考えるとよぉ、俺が遊びに行く前から汚れてるんじゃねぇかって思うんだよ。出かける前に確かめようって、毎週思うんだけどよぉ、次の日には忘れちまうんだよな。俺ってさ、こう見えても会社経営してるんだぜ。って言っても、親から譲ってもらったんだけどな。案外に忙しくてさ、平日は暇がないんだよ。こいつにだって、全く乗ってないからな。けれどな、俺の会社は完全に土日祝日が休みなんだよ。どんなに忙しくてもこれだけは譲れねぇんだ。なかなかいい会社だろ? お前ってなかなか見所ありそうだからよぉ、雇ってやろうか?
男は少しばかり表情を固め、俺を見つめた。俺は返事をしなかったよ。ただ笑顔で作業を続けただけだ。
俺の調査は横道に逸れていった。仕方ないよな。事件の行方より、その男のことが気になりだしたんだから。
洗車が終わると、俺はなぜだか意味のわからないお礼を言い、その場を立ち去った。まぁ、表面上はだけどな。実際はその男を調べるため、張り込んでいたんだ。車には、盗聴器を仕掛けておいた。ちょっとした知り合いで、本物の探偵がいるんだ。俺はそいつから色々なグッズを紹介してもらっている。なかなかに役立っているよ。
その男が家を出てきたのは、三時間後。俺はすっかり疲れ切っていた。その男が部屋でなにをしていたのかは想像したくないね。隣には派手な服装のいい女がくっついていた。その男の妻だそうだよ。俺にはスナックのママにしか見えなかったよ。勘違いしないで欲しい。いい意味で言っているんだからな。色っぽくてどこか影のある女だ。妖艶ってやつだよ。
俺は二人の後を追いかけた。なんだか普通過ぎてつまらなかったな。歩いて最寄駅に行き、電車に乗ってデートだよ。食事をして、映画を観て、気がつけば夜中を過ぎていた。小洒落たバーに立ち寄りモルトウィスキーを一杯飲むと、タクシーを捕まえて帰って行った。
その男は、つまらないくらいに普通の生活を送っていた。朝早く会社へ行き、夜遅くに帰宅する。仕事中は、当たり前だが必死に仕事をしていた。帰宅後は妻との時間を楽しみ、就寝する。五日間は見事なほどの繰り返しの日々だ。土曜日になると、車を使ってオフロードバイクを楽しみに出かけていく。妻も同伴で一泊して、次の日の夕方に帰ってくる。帰るとすぐに洗車をして、電車でデートだよ。全てが繰り返しの毎日だった。
俺は毎日、車のチェックをしていた。その男の言う通りだった。汚しているのは、妻だ。なんの用事なのか、相当な悪路を走っているようだ。月曜からすでに、その汚れは相当なものだった。
俺は翌週から妻の行動を調べることにした。本来なら遠回りせずに辿り着いていたんだ。俺は車を探していた。持ち主じゃなく、その車がどこへ行くかが知りたかったんだよ。
月曜日、昼過ぎに車が動いた。運転手は男の妻だ。向かった先は、三人が行方不明になったとされる駅前。桜木町って街は、どこか怪しげな雰囲気を今でも消せずにいるんだよ。みなとみらい側は恋人達の街として明るく輝いているが、野毛方面の怪しさはいまだ健在だよ。男の妻はそっち側で車を止め、中から外の様子を伺っていた。すると、駅の改札を抜けて真っ直ぐ車へ向かってくる男が現れた。視線はキョロキョロと、落ち着きがない。男の妻はドアを開けて表に出ると、そいつになにやら言葉数少なめに挨拶をし、助手席のドアを開けて押し込んだ。無理矢理って感じはしなかったが、急いでいるのは確かだった。車が向かった先は、倉庫が立ち並ぶ埠頭だった。人気のない草むらの中に車は入り込んでいった。俺はバイクで尾行していたが、さすがに草むらにまではついていけなかった。通り過ぎ、離れた場所から双眼鏡で覗いたが、中の様子はうかがえなかった。だだっ広い空き地に一台の車ってのは、不自然ではあるが、誰かが近づけばすぐに気がつくことができる。車内で怪しい行動をするにはもってこいだと思うよ。お勧めはしないけどな。
車は一時間ほど停車していた。動き出すと、駅へと戻っていく。俺は車から降りて駅へと消えていく男を追いかけた。バイクはきちんと無断駐車だ。嬉しいことに、俺のバイクは駐禁を取られないんだ。警察にコネがあるからな。俺の行動は、警察に信頼されているんだよ。
男はなんの恥じらいもなく全てを話してくれた。まぁ、簡単に言ってしまえば、買春だな。出会い系で女を探して、金を払って楽しんでいる。悪気は全くない。同意の上での楽しみ、お礼として数万を支払う。なにが悪いんだ? 男の言葉だよ。
出会い系っていうのは、いくつかのタイプがあるが、どれも金が絡んでいる。サクラを利用する完全な悪徳業者。客から金を引き出すことしか考えていない業者だ。いかに男から課金させるかに命をかけている。一般の女性を利用し、金を儲ける業者もいる。実際に会うことはできないが、電話やビデオなどでのやり取りを推奨している。こちらも課金制で、その一部が女性側に支払われる仕組みになっているから、女性は必死だ。実際に身体は売らずとも、声だけではなく、写真やビデオでその姿を晒している。本当に出会えるサイトも存在している。それが、今回の事件につながった男の妻が利用していたサイトだ。利用者のほとんどが、売春または買春目的だよ。本気の恋人探しっていう建前は存在するが、所詮は建前であり、現実は金目当てが多い。男の妻は、いくつもの名前を使い、あからさまな売春目的のメッセージから、恋人探しのメッセージまで、多くのメッセージでターゲットを誘い込んでいた。
俺は男から売春の話を聞いた後、バイクを置いた場所に戻り、その男の家に戻って男の妻の様子をもう少し伺うつもりでいた。すると、さっき走り去ったはずの黒い車がまた、停車していた。なにしに戻ってきたんだ? なんていう俺の思案は間抜けだったよ。別の客が来た。それだけの話だったんだからな。
次の日も、男の妻は精力的だった。その日は午前中から、計四人を相手にしていた。男達に感想を聞いたが、あんなにすけべな女は他にいない。またお願いしたいねと言っていた。その中の一人は、実際にリピーターだったけどな。しかし三日目、様子が変わった。男の妻の車は、男が会社に出かけるとすぐに走り出した。向かった先はいつもとは逆方向だった。静かな町の小さな駅前に止まり、俺には子供にしか見えない女の子を車に乗せた。制服を着れば高校生にしか見えないな。
車はそのまま、いつもの駅でいつものように男を乗せて、いつもの空き地で停車した。
しかし、いつものような繰り返しはなかった。駅に戻ると、女の子も一緒に降ろしていたんだ。まぁ、男が駅構内に消えてから数分時間を置いていたけれどな。ホームで鉢合わせはちょっとまずいよな。
男の妻は、車を停めたまま誰かを待っているようだった。一度どこかに戻る時間はなかったのだろう。すぐに次の客がやってきた。若い男だったよ。こんな危険な出会いを求めなくても、女の子の方から食いついてきそうな顔をしていた。おばさん好きなのか? そう思ったけれど、現実は俺には想定外だった。
若い男を乗せた車は、いつもの場所には向かわなかった。一時間以上も車を走らせ、川沿いの道に車を止めた。そして中から二人が出てきた。
そこはマンモス団地の真ん中だった。二人はその中の一つに入っていく。俺は後をつけたが、どの部屋に入ったかまでは確認できなかった。ベランダ側の外から中の様子を窺ったが、なんの変化も見えなかった。おかしな様子の部屋もなかったよ。っていうか、団地のベランダなんてどれもおかしな感じだよ。鉢植えが溢れていたり、自転車が置いてあったり、物置が三台も並んでいたり、マネキンが立っている部屋もあったな。怪しいといえば、どの部屋も怪しいと言える。
俺は階段から降りてくる二人を待つことにした。予想っていうのは、外れるものなんだな。あっという間に、男の妻だけが戻ってきた。焦ったよ。もう少しベランダを眺めていたら、すれ違っていたはずだ。
こういうとき、俺には勘が働くんだ。男の妻を追いかけるか、ここに留まるか。俺は留まることに決めたよ。なにかを感じたんだが、そのなにかを言葉に表すことはできない。この団地の一室で、なにかが行われているのは確かだ。あの若い男は、そこには相応しくない容姿をしていた。
二時間くらいの時間が過ぎ、若い男が戻ってきた。並んで歩く女が一人。背が低くポチャっとしている。背丈の高い若い男と並ぶと、子供のようにも見える。顔に刻まれたシワに気づかなければな。若い男の好みなのか? それとも母親か? 俺の予想はいつでも大外れ。女との距離が、ぎこちない。
若い男はその女とタクシーを捕まえた。電話で呼び出していたようだな。ちょうどのタイミングでタクシーの御到着だ。俺は慌ててバイクを置いた場所に走り、追いかけた。
なんてことはない。一時間以上もかけ、元の駅に逆戻りだ
若い男はその場で女と別れ、駅の中。女はどこへ行ったのか、俺は追いかけなかったが、駅へと向かう途中、振り向いた俺の目に、大きな黒い車が入り込んだ。
俺は若い男を捕まえ、話をした。初めはなかなか話をしたがらなかったが、途中から俺のことに気がつき、話をしてくれた。俺が求める以上のことを教えてくれたよ。
若い男は、俺は知らなかったが、そこそこ有名なモデルらしい。人目につかないように、ああいう場所で楽しんでいたようだ。ポチャっとした女とじゃないよ。あの部屋にいる男と、お楽しみだったようだ。若い男が言うには、あの部屋には男が三人いたそうだ。自分で好みを選ぶシステムだそうだ。彼はその場所をよく使っているそうだが、いつも同じ男がいるわけではないようだ。その日は三人とも、初お目見えだと言っていた。
ポチャっとした女は、部屋を管理している三人の一人だそうだ。全てが女性だと言っていた。
俺があの部屋を調べたところ、実際には別の家族の名義になっていた。どうやってあの部屋を手に入れたのか、俺には興味のない話だ。ただその家族が行方不明になっていたのはその後に知った事実だよ。
あの部屋は、非合法の売春宿ってわけだ。男色専門だそうだよ。
これで全てを理解したよ。男の妻は、最低だってことだ。自ら身体を売る。斡旋もする。誘拐もしているようだった。
俺はあの部屋で、行方不明の三人を見つけた。客を装って中の様子を伺うなんて恐ろしいことはしなかったよ。若い男に頼み、中の様子を盗撮させたんだよ。もちろん、その行為には興味がないから、そっちの盗撮は拒否したよ。若い男も、見られることに抵抗はないが、流出が怖いからとの理由で拒否に応じていた。俺が言わなかったら、きっと全てを撮影していたんだろうなと思うよ。
俺がしたことは、簡単だった。団地から三人の男を連れ出しただけ。それ以上のことはしなかった。後は勝手に、自然のままに流れていった。
三人を連れ出すため、若い男に手伝ってもらった。初めは嫌がっていたよ。彼からしてみれば、合法でも非合法でも、ああいう場が必要だというんだ。俺には理解できないが、利用者にしてみれば、ああいった吐け口があることで、色々な鬱憤を晴らすことができるんだろうな。しかし、誘拐事件ともなると話は別だ。あの男の妻は、少なくとも三人の男を誘拐しているんだ。さすがに放ってはおけないよな。
俺は若い男に説明した。三人の男のこと、警察には連絡しないとのことを。それで納得し、協力してくれた。まぁ、若い男は、俺が横浜の聞き屋だと気がついたときから、俺の言葉に従順になっていたんだけどな。
あの三人、それほど嫌がっている感じはなかったけどな。若い男がそう言った。見張り役みたいな女の人はいたけど、男三人が協力すれば簡単だと思うけれど。弱みでも握られているのかな?
その通りだと、俺は教えたよ。出会い系を利用し、なにかで揉めてあそこに連れて行かれたんだ。戻りたくても戻れないんだろうな。自分のことを棚に上げ、カメラにでも証拠を撮ったんだろう。家族にバラすとか、適当なことを言っているんじゃないかと思ったんだ。俺は若い男に、後のことは心配しなくていいからと、三人に伝えてくれと頼んだ。とにかく一度、家に戻ってくれともな。
その後、俺はあの男の妻に会いに行った。サイトは利用していない。あんな面倒なのに興味はないよ。家の前で待ち伏せしただけだ。出かけるタイミングは、把握していたからな。
全てを知っていることを、男の妻に伝えた。最初はシラをきっていたが、次第に開き直り、怒りに声を荒げた。俺はその言い訳を、ただ聞くだけだ。余計な追求はしない。しても意味がないよな。もう認めているんだから。
今回俺は、警察の力を使わなかった。表沙汰にしたくないと思ったんだよ。まぁ、後で面倒なことにならないように、きちんと手回しは済んでいるがな。
俺の言葉を聞いて、男の妻は車には乗らずに家に引き返した。よかったよ。俺の心配は、そのまま団地に向かって車を走らせたら面倒だってことだ。そのときまさに、三人が脱出している真っ最中だったからな。男の妻はきっと、団地の仲間に電話でもかけたかも知れない。しかし当然、繋がらない。まさかそんなことが起きているとは予想しないからな。慌てて出かけることはないはずだと考えた。その通りになったよ。若い男はきちんと、電話線を切り、見張りの女の携帯を壊していた。
その後のことは、俺はなにもしていない。ただいつものようにここで、誰かの話を聞いていただけだ。そんな俺の所に、五人の男が現れ、事件は無事に解決し、俺は報酬を得ることもできた。ほっと一安心だな。
まず初めに現れたのは、家出息子本人だ。顔を見ても俺には分からない。話を聞いてようやく気がついた。助かりましたとの素直なお礼を頂いたよ。金を払わずに騙し続けていたのがまずかったと言っていたな。出会い系なんかに頼らなければいいんだ。金と異性を結びつけるってのは、いいことがないからな。家出息子は反省していたが、それはきっと見当違いだ。怪しい女性には気をつけなきゃね、なんて笑っていたからな。いつかまた、痛い目に合うだろうなと感じたよ。そのときが、手遅れになっていないことを祈っているよ。家出息子からの報酬は、缶コーヒー一本だけだった。
妻子持ちの男は、友達がやってきてその後を報告してくれた。彼には色々なストレスがあったようだ。それが溜まりに溜まって出会い系の刺激を求めたようだ。家族の問題、仕事の問題、解決することができない問題は多い。彼みたいなストレス解消法は、俺には無理だな。余計にストレスが溜まってしまう。ストレスっていうのは、抱えながら生きて行くものなんだよ。彼からは報酬なんてなく、俺の存在にも気がついていないようだよ。それでいいんだと、俺は思う。
妹の彼氏の弟はちょっと様子が違かった。直接俺の所に来て、ありがとうと言うんだよ。人生観が変わったそうだ。そして、今が一番自分らしくて幸せだそうだ。俺には意味が分からないが、本人がそう言うならそれでいいんだと思う。元からこいつは唯一の被害者だったんだ。俺は一番心配していた。だからこいつの笑顔は、俺の心を楽にしてくれた。しかしな、それは一瞬で終わったよ。背後から若い男が姿を見せたんだ。そしてこんなことを言った。こいつは今、俺の恋人なんだよね。来週放送されるテレビでカミングアウトしたからさ、もうこそこそしなくていいだよ。そう言いながら妹の彼氏の弟の首に手を回し、頭を傾げてキスをした。二人は幸せそうだから文句はないが、俺は少し心配だよ。妹の彼氏の弟は、今ではあの団地で商売をしているそうだ。あの男の妻は、誘拐のような危険な真似はしていないが、金儲けはやめていないようだった。若い男は恋人がそんな仕事をしていることに抵抗がない。まぁ、どうなっても俺には関係ないが、あまり自分の身体をいじめるような仕事をいいとは思わないってだけだ。二人が本気で幸せになれることを祈っているよ。俺への報酬は、なぜか若い男が持っていたバナナ一房だった。ありがたくその場でエネルギー補給をさせてもらったよ。もちろん二人にも一本ずつ分け与えてな。
最後にやってきたあの男は、とても疲れた顔を見せていた。どうやら妻の秘密を知ってしまったようだ。迷惑をかけて悪かったな、といつもと違う口調で話す。どうやら仕事を抜け出してきたようで、仕事モードではこういう口調になるようだ。話は全部聞いたよ。あんたのことも、勝手にだが調べさせてもらった。この街の有名人なんだそうだな。表も裏も、どちらの世界にも通じているなんて、なかなか凄いことだぞ。そんなことを言われても、嬉しくはなかったよ。詳しく話を聞くと、男が知っているのはほんの少しだった。出会い系を利用しての些細な浮気と、そこで騙された男を友達と軟禁していたって話だ。嘘ではないが、真実とは言えないよな。けれど、男の妻が自ら語った言葉に、男は心底項垂れた。妻は泣きながら謝罪をした。男は受け入れるしかなかった。愛しているかどうかは別として、二人の繋がりは案外に太かったようだ。妻は俺のことを知りビビっていたようだ。俺から真実が伝わるより、自分から伝えた方が得だと判断したんだろうな。男は気づいていないが、妻は今でも出会い系を続けている。自らの身体を売ることはやめているようだが、客のいる男色系売春は辞めるに辞められないようだ。俺に入ってくる噂を統合すると、そんな感じだな。あの男には知る必要のない真実ってわけだ。警察沙汰にならなかったのはあんたのおかげなんだろう? そう言いながら、あの男は封筒を手渡してきた。随分薄っぺらいなと思ったよ。それで勘弁してほしい。今の俺の精一杯なんだ。その言葉を聞きながら中から一枚の紙を取り出した。小切手とは久し振りだ。しかも七つの丸が並んでいた。俺はゆっくり頷いた。あの男は相変わらず疲れた顔で、それでも必死に笑顔を見せ、街の雑踏に消えて行った。
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