第6話


 俺のところに来る話は、事件以外ではこういう色恋沙汰の話題が多いんだ。

 私みたいな仕事していると、男性不信になっちゃうんだよね。本当にいい男なんて、そうはいないよね。お兄さんみたいな人は、なかなか貴重なんだよ。

 そう言った彼女は、少し前からここに来ては言葉を吐き出していた。彼女もまた、出会い系で金を稼いでいた。現代版美人局だな。ネットにバラ撒いた餌に食いついた男を、あの手この手で誘い、金を払わせる。出会い系なんて、ほとんどがインチキだという。俺もちょっと覗いたが、なんていうか、滑稽だよな。ちょいと試したが、いっぱいメールがやってくる。はじめは金がかからない。適当に相手をしていると、ポイントが足りませんと表示され、金を払わないとメールは送れないという。それでも相手からのメールは止まらない。代わりにお金を払いますとか、連絡先を送りましたとか、嘘ばかりだ。お金を受け取るのも連絡先を受け取るのも、まずはいくらかの支払いが必要になる。俺はそれ以上深入りはしなかったが、その先も会える日はやって来ず、金の請求ばかりだそうだ。彼女がそう、言っていた。

 たまぁにだけど、いいなって感じる男の人がいるんだよね。会話が合うっていうか、優しさを感じるんだ。けどさ、所詮はお客なんだし、うちみたいなサイトを見るってことはさ、下心丸出しじゃん。私も一緒に会話を楽しんで終わるんだよね。

 彼女はまるで、自分のしている仕事に恥じてはいないようだった。まぁ、誇りも感じてはいないからよしとするか。

 あの人と話をしていると、なんだか心が暖かくなるんだよね。

 不思議な感覚だなと思ったよ。確かに、文字には力がある。しかし、顔も知らない相手とのやり取りだ。心を感じたり、動かすのは難しいだろ? それほどにそいつの文章が魅力的なのか? どうせ嘘ばかり並べた雑文だと、俺は思っていた。しかしまぁ、結果としてはなかなかに面白かったな。知り合いの話では、そこそこ有名な作家だそうだ。このときの彼女との出会いを物語にしてデビューしたんだがな。深夜にだけど、ドラマ化もされたそうだ。俺は観ていないが、評判はいいよ。

 けどね、やっぱり、そんなに簡単じゃないんだよね。お客と連絡取るのは禁止だし、実際に会ったらクビだもん。

 そんな会社、辞めればいいと思うけどな。彼女には言わなかった言葉だ。

 家に帰ってからずうっと、あの人のこと考えていたんだ。会いたいって気持ちが強くなる。どうしても抑えられなくて、ちょっと妄想しながらどうしたら会えるかなって考えたんだよ。そうしたらね、ピンときたの! 私って天才って思ったんだから。

 彼女の仕事は意外にも時間がしっかりしている。早番遅番に別れていて、お客には言い訳をして夜にはメールできないと知らせたり、ときには引き継ぎで別の女の子や、ときにはオジさんに交代することもあるそうだ。その男とは、言い訳をして次の日に繋げていた。自分の携帯はサイトに繋がらないキャリアだと言ったそうだ。今までは会社の携帯を使用していたとね。主要じゃない携帯会社の通信方法では繋がらないっていう意味らしい。そしてそれは、まったくの嘘ではなかった。

 まぁ、彼女の携帯がっていうのは嘘だけどな。会社の携帯を使ってというのも嘘だ。パソコンを使って他にも何人もとやり取りをしていたんだからな。

会社には内緒でね、一つだけ連絡をとる方法があるの。見つかるとすぐに消されちゃうんだけど、彼が見てくれたらなって思って、携帯からサイトにアクセスして、彼を探してメールを送ったんだ。思ったより簡単に上手くいっちゃって、なんだか複雑な気分だったよ。

 そのメッセージにはSNSのIDを載せていたそうだ。なんのことかそのときの俺には分からなかったが、つまりはネット上の溜まり場とそこへ入るための合言葉ってことだ。子供の頃につくった秘密基地の現代版みたいなもんだな。

 彼がそこに連絡するってことは、彼女からすれば浮気行為、そう感じたそうだ。まぁ、そういうことになるな。あんなサイトに集まる奴だ、当然だよな。しかし彼は、ちょっと違っていた。どういう勘が働いたのか、彼女が仕事として送っていたメールに、あのメール、君でしょ? 的なメールを送ってきたそうだ。もちろん彼女は否定したが、彼は確信を持ったようで、SNSの方だけにメールを送ってきたそうだ。

 けどね、私って本当に嘘つきだから・・・・ そう言いながら彼女は、ちょっとだけ伏し目がちになった。

 その携帯、私のじゃなかったんだ。なんていうかな、恥ずかしくって、本当の自分を見せられなかったの。

 そのくせ写真は見せていた。はじめの写真は本物で、二度目は友達の。俺には彼女の行動の意味がわからない。

 そんなことしなきゃよかったって思うよ。はじめから私の連絡先教えればよかったんだよね。あの子ったら、私に内緒で彼と連絡していたのよ。それも、仕事の一環としてのメールばかり。私は本気だったのに・・・・

 彼女の友達ってのは、隣でパソコンをカタカタしている同僚だった。しかも、男だそうだ。なにを考えているんだって思ったら、彼女自身もそう感じていたようだ。

 私って馬鹿だよね。その場の勢いで、隣の彼の携帯をつかんだんだ。あいつってさ、携帯も利用して仕事していたんだよね。男だけに、男心が分かるんだよね。SNSのIDをってアイディアも、あいつのモノマネなんだ。事情を説明したのにまんまとのっかっちゃったのは私の方だったってわけなのよ。

 それで彼とはお終いか? 所詮はネットの中のお遊びだったわけだ。俺はそう思った。しかし、話はまだ終わっていなかった。

 彼は異変に気がついたようで、メールをしなくなっちゃったの。なにかが違うって、文章を読んで気がついたみたい。SNSもブロックされたみたいだし、どうしようかなって思っていたんだ。これは犯罪だし、会社にばれたら大変なことになっちゃうんだけど、彼のアドレス、勝手に調べちゃったんだ。意外に簡単なんだよ。

 彼女はその後になんだか難しいコンピュータ用語だかなんだかわけのわからない横文字を並べ、犯罪行為を自慢していた。

 彼のアドレスに直接連絡したんだけど、相手にしてくれなかった。当然だよね。迷惑メールにならないように、自分の携帯から送ったんだけど、返信は来なかった。怪しいって思われたんだよ。きっと、初めは開いてもくれなかったんじゃないかな? でもね、毎日五通を一週間続けたら、やっと返事が来たんだ。迷惑だからやめてくれってね。本当に迷惑なら拒否すればいいじゃんって思ったけど、彼はそうしなかったの。やり方を知らなかったみたいね。

 彼女の言葉には、なんだかちょっと違和感が混じっていた。後にその正体を知って、俺はショックだった。騙されたって感じたよ。

 その後も私はメールを送っていたの。とにかく読んで欲しかった。出会いからの全てを正直に書いたんだから。

 それでも彼からのメールは届かない。当然だよな。俺なら絶対に返信しない。けれどね・・・・ なんていう彼女からの言葉を待っていた俺は、情けなくも彼女の話に惹かれていたんだ。

 残念だけど、この話はここでお終いなんだ。私は久し振りに恋をして幸せな気持ちになれたの。これって凄いことよね。彼女の笑顔は、クチャクチャに輝いていた。銀紙を丸めたように魅力的だったよ。

 彼女はその日、本当に話の続きを言わずに帰っていった。俺は消化不良ではあったが、他にも話に来る奴は大勢いる。印象には残っていたが、あまり気にもしなかった。俺のところに来る奴らは、飽きずに何度もやってくる。時間を置いてでも、必ずまた戻って来るんだ。死んでしまわない限りはな。

 彼女が戻って来るのに、意外と時間がかかったのはなぜなのか? 俺なりに結論は出ているが、真相はわからない。

 今日はね、報告に来たんだよ。そう言った彼女は、笑顔を見せる。なぜかな? 以前とはその魅力が違っていた。柔らかい感じが前面に出ている。きっと、仕事を辞めたからだろう。新しい仕事は、給料は安いが楽しいそうだ。好きなこととは言えなくとも、彼女らしく仕事ができ、仕事ぶりを認めてもらえているという。自社製品の仕上げと梱包作業だそうだ。詳しい内容は、彼女自身もまだ理解していないようだった。

 報告って、それだけか? そうじゃないってことは、分かっていて聞いたんだよ。

 彼からやっと連絡があったの。恥ずかしそうに俯き微笑んだ彼女は、とても色っぽい。ずっと待っていたメールなのに、怖くてなかなか開けられなかったんだ。前回のように怒りのメールじゃないのはタイトルでわかっていたんだけどね、いざとなると怖いんだよ。

 タイトルがなんなのかは聞かなかったよ。正直俺は、そこまでは興味がなかったからな。

本当にあのときの彼女なら会いたいって言ってくれたの。色々と思うことはあるけど、あのときに交わした言葉は、楽しかったってさ。彼も私に話したい真実があるから、私にも真実を教えてくれって言うのよ。

 それで二人は会うことにした。彼女よりも彼の方が勇気が足りなかったようだ。所詮は出会い系サイト。騙されているとの疑念は消えない。

 彼はかなりの慎重派だ。言って仕舞えば卑怯でもある。自分の特徴は晒け出さず、彼女のことだけを聞き出し、待ち合わせも遠くから彼女が来るのを見張っていた。本当に一人で来るのか、信用していなかったようだ。

 彼はね、会ってみると本当に素敵な人だったの。彼女はそう言い、彼の事を語った。彼は小説の題材として出会い系サイトに潜入していたそうだ。彼女の言葉からは、彼への愛情が感じられた。確かにそうだった。はずなんだよ。しかし彼女は、全てを話し終えた後、とんでもない一言を残していったんだ。

 ・・・・なんてね。そんな恋がしてみたいな。

彼女はいつものように笑顔を残して立ち去った。

 ショックを受けた俺だが、どこからどこまでが嘘なのか、真実は少しもなかったのか、どう受け止めていいのか分からなかったよ。正直、嘘として片付けるには、あまりにも話が突飛すぎた。彼女が考えた嘘とは思えなかったんだよ。

 そして後日、新たな事実が判明した。俺の前に、彼がやって来たんだ。

 これをあなたに読んで欲しいんです。あなたのおかげで、僕は夢を叶えました。彼女もまた、同じ気持ちです。

 そう言って手渡された小説に、俺が今語った物語が、もっと面白く表現されていた。

 そしてその本には、むき出しの一万円札が十枚程度、挟まっていたよ。彼のサインは、どこにもなかったけどな。

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