第5話
俺の所にやってくる客は、ちょっと変わった経験をしている者が多い。俺はそんな中の一人の女の子の話に食いついてしまった。事件性のない話題なのに、なんだか気になってしまい、彼女を応援してしまったんだ。結果としては、どうだったんだ? 俺はそれでよかったと思うが、彼女の本音は分からない。
これはまぁ、割と最近の話だ。出会い系だかなんだか分からないが、メールだけでなく、通話やビデオでもつながることができる携帯アプリでの話だ。
俺はまだ、経験していないが、合コンで出会うのとそう違いはないのかも知れない。男と女の出会いなんて、そういうもんだ。お互いが求めて初めて成立する。俺だって、妻との出会いは似たようなもの。恋人が欲しいっていう気持ちがなければ、作れるはずもない。それにしても、時代は変わった。
彼女はとても可愛かった。初めは俺のギターケースに反応し、立ち止まって、見つめていた。彼女も背中にギターケースを抱えていた。勿論、俺のとは違って中身入りだよ。
これってもしかして、噂のギターケース? 彼女がそう言った。クリクリの大きな目が、さらに見開いた。小さな鼻、小さな唇、顔の形も大きさも、まるでオードリーのようだった。俺が独身だったら、必ず口説いていた。っていうか、このときもさり気なくは口説いていたんだ。けれど彼女が他の男に夢中で、俺の感情は届かなかったんだけどな。
やっぱり、噂になっているのか? 彼女のような質問は初めてじゃない。あいつが有名になったおかげで、よくあるんだよ。バカなあいつはテレビでそのことを話してしまったんだ。
私、あの人のギターを聞いて、始めたんだよ。今はまだ無名だけど、これからきっと有名になるよ。デビューの話も進んでいるんだよね。って言っても、ボーカルの子が可愛いからってだけの理由なんだ。私なんて、飾りだよ。曲も作っているのに、誰も褒めてくれないんだ。歌だって私の方が上手なのにさ。
彼女は笑いながらそう言った。どこまでかは分からないが、冗談だろうと思う。彼女のバンドでは、彼女が一番可愛い。人気も一番だ。まぁ、今はまだインディーズだけどな。きっといつの日か、有名になるだろう。
彼女の話は、聞きやすい。本人は人見知りだと言うが、人見知りの俺から言わせれば、彼女はおしゃべり上手だ。リズムがいい。会話のテンポが他とは違う。まぁ、半分は相性の問題だ。俺と彼女は、相性が良かった。
出会いはこんなもんだったが、その日から彼女は毎日やってきた。時間はバラバラ。アルバイトとスタジオ通いで忙しいようだ。音楽の話がメインだったが、次第に様子が変わってきた。
今、好きな人がいるんだけど・・・・ 正直、ショックな言葉だった。内容を耳にすると、ショックは倍増した。今時の女の子は、凄いよ。
その好きな人とは、まだ出会ってもいなかった。俺の感覚ではありえない。しかし、彼女にとっては普通だった。出会い系でメールのやり取りをした相手に恋をした。相思相愛。けれど不安がいっぱいだという。だってそうだ。彼女自身、その彼以外ともやり取りをしている。彼だってそうだと思うのは当然の心理だ。しかも二人は、ちょっとエロいやり取りから始まった。
これなんだけど、見る? なんて彼女は恥ずかしげもなくやり取りの詳細を見せてくれた。そこには信じられない写真まであった。俺には見えないように加工していたけど、やり取りの内容から想像できる。こんなこと、普通にするのか? そう思ったが、口にはしなかった。ただ、表情には出ていたのだろう。今時はこれくらい普通だよ。彼女は恥ずかしげもなくそう言った。
だけど、会うのはどうなのかな? 会ってもきっと、うまくいかないよね。だって、二人とも動機が不純なんだから。
彼女は金が欲しくて始めたそうだ。男から連絡が入る度にいくらか貰える。男は明らかに、初めは身体目当てだった。文章の様子から、次第に変化していったのが分かる。楽しんだ後に勘違いで恋をした。そうとも取れる言動ではあったがな。
俺はなにも言わなかった。言えるはずもない。どうでもいい悩み事だからな。色恋沙汰なんて、どれも一緒だ。出会い方に違いはあっても、中身は似ている。彼女の話も、初めはそうだと思っていた。
次の日も、彼女はやってきた。昨日の続き、彼から連絡がないと愚痴を零す。メールを読んでいるはずなのに、返信がない。怒った顔も、可愛かった。
彼と会ってどうするつもりだ? 俺がそう聞くと、恥ずかしげもなくこう言ったよ。ギューって抱きしめてあげるんだ。全く、俺には意味がわからない。だったら俺を抱きしめてくれ。そう言いたかったが、やめておいた。
今日はもう帰るね。彼からの連絡、来るかも知れないし。メールならどこにいても同じだろ? ここにいたってメールは届く。違うのか? それが違うんだよね。ここだと裸になれないじゃない。まったく・・・・ なにを考えているんだかな。
彼女の家は東京都内。どうして毎日横浜に来るんだ? スタジオならどこにでもあるだろ? あぁこれ? スタジオはいつも自由が丘だよ。帰りにこっちに寄ったんだ。まったく変わった娘だよ。理由を聞いてさらに呆れたよ。彼の出身が神奈川県って書いてあったから、ここにいれば会えるかもでしょ? 彼女の感覚では、神奈川イコール横浜なんだそうだ。けれどまだこのときは、顔を知らないって言っていたけどな。
彼女が帰ろうと腰を浮かせたとき、俺は背後に子供連れの父親を見かけた。この街で子連れは珍しくないが、父親一人で三人の子連れは珍しい。しかも一人は赤ん坊だった。
次の日も彼女はやってきた。嬉しそうにメールを見せてきた。いい男だよね、なんて笑顔を見せる。驚いたよ。その男、前日の三人の子供を連れた父親にそっくりだったんだ。
それでどうする? 会うのか? 俺の言葉に彼女は笑った。そんなわけないじゃない。会いたいって気持ちもあるけど、そんな簡単じゃないんだよ。こういうサイトって、会えないようになっているんだ。常にオペレーターがコンピューターで監視しているんだから。
もし俺がそいつを知っていて、紹介するって言ったらどうする? この街の人間なら、大抵は知っているからな。本気になれば、探し出すのもわけはない。こいつが本当に、この街に住んでいればだがな。
俺の言葉に、彼女は明らかな動揺を見せた。気持ちはどうやら、本気だったのかも知れないと、俺には感じられた。
それでもきっと、会わないよ。だって私、お金目的でこんなことしているんだから。彼のこと好きだって言っているけど、他の男の人といっぱいエッチなことして、お金を使わせているんだよ。最低なんだ。彼だって、そんな男の一人だしね。きっと違う女の子にも声をかけているんだよ。
なるほど、彼女はよく分かっている。分かった上で最低な行為をしているってわけだ。しかしなぜだ? そんなことわざわざ話さなくてもいいってもんだ。
私だって、これがいいことじゃないってわかっているんだよ。男の人の気持ちを弄んでいるんだから。けどちゃんとお返しはしているよ。こうやって写真見せたりしているんだから。話し相手にもなっているんだよ。
俺はなにも言わず、黙っていた。男と女は、いつだって、自ら複雑な関係を構築しようとする。
彼女が帰った後、俺は彼を探し出した。目立つからな。すぐに居所を突き止めたよ。あそこの家族は、裏稼業の俺らにとっては、そこそこ有名人なんだ。外国人の妻、双子のような年子、年の離れた赤ん坊。羨ましいくらいの幸せな家族に、俺には見えていた。
彼に彼女のことを聞いてみた。彼は素直な奴で、嘘をつくってことを嫌う。俺の言葉に、事実を認めた。会いたい気持ちはある。浮気なら、するかも知れない。けれど、あくまでも遊びだそうだ。彼女を悩ませたかも知れないと、下手なうぬぼれの元に苦しんでもいた。俺は彼女の気持ちは伝えず、彼をそのまま苦しめることにした。それでいいんだよ。浮気な心には、少しばかりの罰が必要だ。
彼女への彼からの連絡は、その日で止まった。それでも彼女は、ここへやってきては、想いを吐き出していく。まぁ、相変わらず別の男から金や正気を吸い取りながらだけどな。
正直言って、俺は彼女が好きだ。少しばかり乱れた心は、アーティストには向いている。しかしどうだろうな? 彼女はあまりにも淫らな姿をバラ撒きすぎた。世間に知られたら、終わりだろうな。
俺は少し、彼女に嘘をついた。結果として、こんなにも上手くまとまるとは思わなかったが、これでいいんだよ。彼女には、お似合いだ。世間も納得するし、過去も消せる。
俺が彼女についた嘘は単純だった。あの写真の男、見つけはしたが、偽物だったよ。
えぇー、そんなのやだよ! せっかくのハンサムさんなのに! 彼女は頬を膨らませた。ドラマやアニメ以外では、初めて見る光景だった。幼い子供は別にしてな。
俺は男の正体を知っていると、嘘ではない嘘をついた。会いたいなら、会うといいよ。写真とは違うけど、想いは同じなんじゃないかな? 君とあいつは、よく似ている。
彼女に話をしながら、あいつを誰にするべきかのイメージを固めていった。ピッタリなのが一人、この街にはいた。
金を持っていて女好き。権力もあって、脳みそが崩れている。彼女に利用されながら、彼女を利用できる。そんな奴はあいつだけだ。彼にはちょっと、役不足だ。少なくとも、当時はまだな。不思議なもので、彼女を見切った後の彼は、魅力が増している。彼はきっと、大物になるだろうな。まぁ、十年先の話だけど。
あいつはこの街の、以前の市長だよ。口と見た目だけの無能な市長だった。けれど金は持っているし、女好き。権力は今でも残っている。顔もまぁ、政治家としてはまぁまぁだった。一般的には中の下だけどな。人間の顔っていうのは、その人柄や心を表すからな。政治家ってやつは、基本心を持っていない。
彼女をあいつに会わせると、二人はすぐに意気投合した。当然だな。見た目は違うが、中身はよく似た二人だ。自分勝手なのは、悪いことばかりじゃないんだよ。あの二人は、あれはあれでこの世の役に立っている。
元市長は金に汚いが、その使い方はあっぱれだ。金をバラ撒くのは、景気活性化に役立っている。彼女の存在は、あいつの下品さを抑制してくれる。彼女はまだ無名だけど、あいつがいれば問題はないだろうな。まぁ、そうなったら、どんないい曲でも台無しだけどな。あいつの影がちらつけば、なにもかもが下品になる。つまりは二人、お似合いってことだ。
話はここで終わらない。彼は俺と仲良くなり、色々世話になったり世話したりしている。元市長は、彼女以外の愛人が見つかり、騒ぎになった。不思議だが、彼女に対してのバッシングは少しもなかった。彼女だって、あいつの愛人なのにな。
そして少し、事件が起きた。もう一人の愛人が、あいつの家で死んだんだ。警察は自殺と判断したが、不可解な点はいくつも残っている。これがドラマなら、疑問を感じた捜査官の一人が出てきたり探偵が登場したりするんだろうけど、現実は違う。
俺は余計なことはしていない。しかし、ここにいれば自然と耳に入る噂もある。
真相を突き詰めるつもりはないけれど、犯人はあいつだな。しかも、彼女に気づかれている。あいつは最近、離婚した。彼女との付き合いは続いているが、再婚の予定はないだろうな。彼女はあいつから全てを吸い取るんじゃないかな? なんだかよく分からないが、洋服のブランドを立ち上げたそうだ。そのうち、飲み屋でも始めるんじゃないかって俺は考えている。そうなったら、いつかお邪魔してみたいものだよな。
そうだ。あいつの恋人が死に、事件性がないと判断され、俺のところに噂話すら届かなくなった頃、あいつが直接俺の前に現れた。いつもとは違う服装で、帽子をかぶっていた。下手な変装だが、街に溶け込めば誰にも気づかれないだろう。政治家のイメージとは遠い、横浜らしいカッコ良さだった。
お前には感謝することに決めたよ。そう言いながら、茶色の紙袋を投げてよこした。
この話はこれでお終いだが、出会い系での面白い話はもう一つあるんだが、そっちはただのハッピーエンドだ。ついでに話してみるか?
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