第2 スイッチ

 人間には、生まれながらにして、だれもが持つものがある。それは突然の変化であったり、徐々に蓄積されたすえの爆発であったりする。つまり人間には、ある一定の上限が備わっていると思われる。

 その上限は、各個人によって異なる。上限が感じられないような人間もいる。しかし人間というのは、実に様々なカテゴリーを持ち、そのカテゴリー毎に上限をもつため、器用な生物であるといえる。しかし難点としてあげるとすれば、カチッっと切り替わるその上限を自ら把握していないところだろうか。


 簡単にいえば、自らのスイッチは自らでは押せないのだ。


 ところで、高校生活を謳歌している好青年が一人。彼は爽やかとまでは言えないが、野球に打ち込み、汗を流すその姿は、泥にまみれていても高校生ならではの輝かしさがある。

 坊主頭の好青年が、自主練としてバットを振り回しながら、ホームランを打つイメージトレーニングをしていると、練習着から学生服に着替え終えた別の学生が声をかけた。


「まだやってんのか」


「もうちょいで終わるから先に帰って」


「んー、別にそれはいいんだけど、お前最近ずっと残ってるからなんかあったのかと思って」


「いや、べつに、ないけど」


 好青年はどうしても素振りをやめたくないようで、会話中であろうと構わず振り続ける。


「何もないならいいけど、なんかスイッチ入ったように練習するから不安になっちゃって」


「スイッチ?」


「ん。急にやる気だしてさ、マジになってるから、俺も頑張ろって思った」


「んー、スイッチねぇ、押した覚えも切り替えた覚えもないけど」


「んじゃ寝てる間に押されたんじゃない?」


「誰に」


「母さんとか」


「いや怖いわ。せめて自分で押すわ」


「んー、俺も自由に押せるスイッチがあればな」


 ここで、目標回数に到達したのか、好青年は素振りをやめた。バットが風を切る音も消え、いつの間にか、あたりも夕暮れ色から夜空へ移り変わろうとしていた。


 結局、別の学生は好青年の着替えに付き添う形となり、暇を埋めるように話を続ける。


「じゃあ、さっきの話だけど、自由に押せるスイッチがあるとしたら、どんなのにする?」


「んー、金持ちになるスイッチ」


「いやそれだとなんか口からお金吐き出しそう。そういう願望じゃなくてさ、内なる何かを劇的に変えるような、例えば突然情熱的になるスイッチとか」


「情熱的?んー、熱血教師みたいな」


「もっとこう面白みが欲しいな」


「んー、あ、キレた時に押すと急に冷静になるスイッチ」


「キレた時限定かよ。緊急停止スイッチみたいだな。でも微妙に便利そう。もっとなんかありそうだな。それじゃあ、ここぞって時に絶対にヒット打てるスイッチとか」


「普通に欲しいなぁ。でもそれ金持ちになるスイッチと同じ感じだな」


「まあ確かにね。自分の状態を変えるスイッチじゃないもんな」


「んー、あ、透明になれたり、自分が認識されないほど影が薄くなるスイッチとかどう?」


「あ、面白そうだけど、何に使うんだお前は」


「…へっへっへ」


「へっへっへっへ」


 怪しい笑みを浮かべながら、好青年と別の学生は荷物をまとめ、更衣室を出ようと靴を履こうとする。

 泥まみれの靴を前かがみになりながら履こうとする別の学生を見て、好青年は何かに気がついた。


「あれお前、首の後ろ側になんかついてるけど」


「ん?何もないけど」


 別の学生が首をさするも、特に気がつかない様子であった。好青年は不思議に思いながら、近づいてよく見てみる。


「なんだこれ、ぷっくり膨らんでるけど」


 好青年は軽く触れようとしていた。人差し指でトントンと。肌と同じ色だったため、虫刺されか水ぶくれか何かだと、好青年は考えていた。


 軽く、軽く触れたとき、どこからかカチッと音が聞こえた。

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