一話完結小説群

KK_RICK

第1 目の前に見える風景は

 男は口癖のように繰り返す。


「明日は頑張ろう。今日みたいにはならないぞ」


 明日を迎える準備をしてから、口癖のように繰り返す。そのまま眠れぬ夜もあったが、大抵はいつの間にか意識が途切れ、ふと目を覚ますのだった。


 そして今度はこう繰り返す。


「今日はなんだかやめにしよう。気が向いたら頑張ろう」


 こうして無駄な1日が過ぎていく。


 男は基本、自宅で食事を済ます。近くの店に出かけることもあれば、食材を買って帰ることもある。今日は食材が余っていたため店には出かけない。


 イスのあるテーブルとイスのない低いテーブル。片方は調理兼食事用、片方は物置用。その役割が行ったり来たりする。最近はイスのあるテーブルが物置となっている。

 男は鍋に火をつけ具材を炒め、主食のコメを投入し、調味料で味をつけてから皿に盛る。


 男は自宅で一人を過ごす。一人という時間を過ごす。そこには何もない。無生産な日々。むしろ消費過多。肩身も狭い。


 男はいつも記憶を巡る。あの頃のあの時のあの輝きが自分ではなかったかのように思われる。懐かしい音や懐かしい匂いがあれば、すぐに過去を振り返っては絶望する。悲観する。落胆する。


「こんなはずではなかった」


 と。


 そんな男にも楽しみはある。暇者同士の会話である。お互いに暇であるから、余計な詮索はしない。ただお互いに心配はする。無事に進んでいるだろうかと。


 楽しみは他にもある。家族が帰って来た時である。夕食を楽しみ、何気ない会話をし、ふらりと離れて各々の寝床に就く。


 もう一つあった。湯船に浸かることだ。男はこれを何よりの楽しみにしていた。生産性のない自分の、現実から解放されたような癒しがそこにあった。しかし男は何故なのか、最近は長く浸かることができなくなってきた。我慢しても今までのせいぜい半分ほど。風呂全盛期は3倍もの時間、湯船に浸かっていた。というか寝ていた。


 そうして男はまた朝を迎える準備を整える。さらに口癖のように繰り返す。


「明日は頑張ろう。今日みたいにはならないぞ」


 男はわかっていた。理解していた。現実は今なお変化していることを。無生産な日々でさえ、まったく同じ日ではないことを。それ故に、自らに落胆し、悲観し、絶望する。


 しかし男は、あいも変わらずこう言うのだろう。朝を迎えたその後に、


「今日はなんだかやめにしよう。気が向いたら頑張ろう」


 と。

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