四
ところで、君達。
そう、君達だよ。今この文章を読んでいる、君達の事だ。
私は今、すっかり読者気分の、つまり第三者気分の、ページの向こう側にいる、呑気な君達
に話しかけている。
唐突だろう。驚きだろう。
なんといったって、小説の語り手が、フィクションの中に幽閉された哀れな道化が、この物語の牢獄から抜け出して、君達の信じるところの、「現実」に向かって話しかけているんだ。
離れ業ってやつだ。
ついさっきまで、というのもつまりこの段落より前には、私はこんな「現実」が存在するなんて夢にも思わなかった。
それはそうだ。二次元の住人は三次元を認識する事はないんだ。そうだろう。
ビデオゲームのキャラクターが、例えばマリオなんかが、ピーチ姫を奪還する任務の最中に、それをほっぽり出して、突然プレイヤーに向かって意味深に笑いかけるようなものだ。
そんな事ってあり得ないと思うだろう、普通はさ。
でも、何事にも例外ってのはあるんだ。特別な状況ってのはあるんだ。
「特別な意識の状態」、っていうのはあるんだ。
そういう状態にあると、人には、というより、存在には、不可能という概念が綺麗さっぱり消え失せてしまうんだ。
見えないものが見えてしまう。
知らないことを知ってしまう。
それが良い事なのか悪い事なのか、私にはわからない。
なんといっても私はやはり、二次元の存在なのだから。
そんな高尚な判断は、私には荷が重い。
そういう判断を下すのは、私なんかより、勿論君達なんかよりも、もっと立派で、偉大な、知性そのものの役割だ。
私を物語の世界から解放したのも、その知性そのものの仕業だ。
なに、そんな抽象的な表現じゃ伝わらないって?
何の話をしているのか、さっぱりだって?
やっぱり君達は鈍いよ。鈍すぎる。
科学技術に侵された現代人特有の、その発想の矮小さを、私は心から軽蔑している。
しかしまあ、勿体ぶっていても仕方がない。
そもそも私が物語の世界から解放されたのには、意味があるんだ。
勿論この宇宙で起こり得る全ての事象には、意味がある。
しっかりと、意味がある。
心で宇宙を捉えない君達にはわからないだろうが、全てには、深淵な意味が潜んでいる。
ああ、そう苛ついてくれるなよ。
Be patient.
せっかちなのも、現代人の悪い癖の一つだ。殆ど病気だ。
そろそろ教えてあげよう。
だって私が今ここにいるのは、それを君達に教えてあげる為だからね。
知性そのもの、それってつまり、分かりやすく言えば、神の事だよ。。
ほら、わかるだろう。
神だ。
全ては神より出づる。
全ては神に帰する。
シンプルな話だ。そうだろう。
私は予言者だ。
私は神の言葉を預かっている。
とても短いけど、有り難く聞くといい。
人間よ。
現代を生きる哀れな人間よ。
迷える子羊よ。
いつまで互いに奪い合うつもりだ。
必要なのはただ一つ、与え合う事だ。
仕掛けられた罠を見破れ。
それが試練だ。
仕掛けられた自我を越えろ。
それが道だ。
ほら、短いだろう。本当の事って、いつもとても単純なんだ。
この言葉をいつだって胸に刻んでおくといい。とても大事な事だからさ。
と、まあ、私がわざわざ物語の世界から出張して伝えたこの言葉も、君達の中の一パーセントにも響かないだろう。
何故なら君達は、余りにも傲慢になってしまったのだから。
さあ、時間が来たようだ。
魔法はいつまでも続かない。
私は再び物語の世界へ閉ざされよう。
さて、あの赤い飴は、何味だったんだろうね。
イチゴかな、リンゴかな、トマトかな、それとも、血の味かな。
生々しくて、温かい、鉄の臭いのする、そうだ、あれはきっと血の味さ。
私の世界へ戻る為の、命の味。
……ところで、君達はいつまで「現実」に幽閉されているつもりなのだろうね。
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