ところで、君達。

 そう、君達だよ。今この文章を読んでいる、君達の事だ。

 私は今、すっかり読者気分の、つまり第三者気分の、ページの向こう側にいる、呑気な君達

 に話しかけている。

 唐突だろう。驚きだろう。

 なんといったって、小説の語り手が、フィクションの中に幽閉された哀れな道化が、この物語の牢獄から抜け出して、君達の信じるところの、「現実」に向かって話しかけているんだ。

 離れ業ってやつだ。

 ついさっきまで、というのもつまりこの段落より前には、私はこんな「現実」が存在するなんて夢にも思わなかった。

 それはそうだ。二次元の住人は三次元を認識する事はないんだ。そうだろう。

 ビデオゲームのキャラクターが、例えばマリオなんかが、ピーチ姫を奪還する任務の最中に、それをほっぽり出して、突然プレイヤーに向かって意味深に笑いかけるようなものだ。

 そんな事ってあり得ないと思うだろう、普通はさ。

 でも、何事にも例外ってのはあるんだ。特別な状況ってのはあるんだ。

「特別な意識の状態」、っていうのはあるんだ。

 そういう状態にあると、人には、というより、存在には、不可能という概念が綺麗さっぱり消え失せてしまうんだ。

 見えないものが見えてしまう。

 知らないことを知ってしまう。

 それが良い事なのか悪い事なのか、私にはわからない。

 なんといっても私はやはり、二次元の存在なのだから。

 そんな高尚な判断は、私には荷が重い。

 そういう判断を下すのは、私なんかより、勿論君達なんかよりも、もっと立派で、偉大な、知性そのものの役割だ。

 私を物語の世界から解放したのも、その知性そのものの仕業だ。

 なに、そんな抽象的な表現じゃ伝わらないって?

 何の話をしているのか、さっぱりだって?

 やっぱり君達は鈍いよ。鈍すぎる。

 科学技術に侵された現代人特有の、その発想の矮小さを、私は心から軽蔑している。

 しかしまあ、勿体ぶっていても仕方がない。

 そもそも私が物語の世界から解放されたのには、意味があるんだ。

 勿論この宇宙で起こり得る全ての事象には、意味がある。

 しっかりと、意味がある。

 心で宇宙を捉えない君達にはわからないだろうが、全てには、深淵な意味が潜んでいる。

 ああ、そう苛ついてくれるなよ。

 Be patient.

 せっかちなのも、現代人の悪い癖の一つだ。殆ど病気だ。

 そろそろ教えてあげよう。

 だって私が今ここにいるのは、それを君達に教えてあげる為だからね。

 知性そのもの、それってつまり、分かりやすく言えば、神の事だよ。。

 ほら、わかるだろう。

 神だ。

 全ては神より出づる。

 全ては神に帰する。

 シンプルな話だ。そうだろう。

 私は予言者だ。

 私は神の言葉を預かっている。

 とても短いけど、有り難く聞くといい。


 人間よ。

 現代を生きる哀れな人間よ。

 迷える子羊よ。

 いつまで互いに奪い合うつもりだ。

 必要なのはただ一つ、与え合う事だ。

 仕掛けられた罠を見破れ。

 それが試練だ。

 仕掛けられた自我を越えろ。

 それが道だ。


 ほら、短いだろう。本当の事って、いつもとても単純なんだ。

 この言葉をいつだって胸に刻んでおくといい。とても大事な事だからさ。

 と、まあ、私がわざわざ物語の世界から出張して伝えたこの言葉も、君達の中の一パーセントにも響かないだろう。

 何故なら君達は、余りにも傲慢になってしまったのだから。

 さあ、時間が来たようだ。

 魔法はいつまでも続かない。

 私は再び物語の世界へ閉ざされよう。

 さて、あの赤い飴は、何味だったんだろうね。

 イチゴかな、リンゴかな、トマトかな、それとも、血の味かな。

 生々しくて、温かい、鉄の臭いのする、そうだ、あれはきっと血の味さ。

 私の世界へ戻る為の、命の味。

 ……ところで、君達はいつまで「現実」に幽閉されているつもりなのだろうね。







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