アクセルのストレスフルな生活2



ああ、今日も天を突かんばかりにそびえるは超大国の城!


を、埋め尽くさんばかりに咲き乱れる百合と薔薇!!!

黄金の宮殿をとりどりに彩る。

紅白入り乱れて陣取り合戦のよう


こちらのエリアは薔薇が優勢だ。百合を叩きだして真っ赤に染まる。


アクセルの執務室


今更であるがアクセルは国庫担当である

天文学的な予算を裁かんと、頭のそろばんをパチパチ叩く。しかし今日叩いているのは頭である


エリオルの頭


ぺしぺし


「そんなうるうるの瞳で可愛く見上げたって、これ以上はびた一文やらんぞ」

「どうして? どうして歩兵遠隔操作マイクロチップ脳内インプラント実験に予算をくれないんだ。ケチ。」

「金の問題じゃない。倫理の問題だ! なんだその凶悪な実験は!? お前は魔王の軍団でも創るつもりか」

「倫理なんて戦争が一つ起こればひとっ飛びさ」

「お前の頭脳を抑えていれば戦争なんて起こらないだろうよ」


予算の代わりにでこぴんをくれてやる

エリオルはあうっ、とよろめくと、おでこをさすりさすり恨めし気に兄を睨み付けた。しかし迫力がない。


「僕は負けない……!偉大すぎる先駆者は時として権力者から疎まれるものなんだ。弾圧に僕は屈しない……低予算でも開発してみせる!活きのいい被検体も手に入ったし」

不屈の精神に眼鏡をギラつかせて去って行く。マッド魂に火が付いたらしい


「はあ……」

全く。開発してほしくないから予算を削っているのに、よりコストダウンした良品が開発されてしまいそうだ。恐ろしい。頭のいい馬鹿は恐ろしい


うん?

まて、最後の「活きのいい被検体」って何だ!? あいつ裏で何やってるんだ。まさかナラヴァ……いや、深く考えるのはよそう。考えたら負けだ!


思わず、真っ暗な研究室に怪しく光る眼鏡を思い描いてしまって

ぶんぶん頭を振って不穏な想像を追い出す

艶やかな黒髪がふるふる揺れる


「ローズ!!!!一区切りついたぞ!!構ってくれー!」

愛しい花を探して逃げる様に執務室を飛び出した


***


秋の空の雲がたなびいている

地に目を落とせば、どこまでも真っ赤な薔薇の園

腕には愛しいローズ

ここは天国か……


「ふう」

うっとりと瞳を開けて、深い口づけから意識を戻す。

最後に軽く口づけてにっこりはにかむ

やっぱり愛は素晴らしい。世界中を駆けずり回ったかいがあった

手に入れた宝物は何物にも代えがたい


ローズ……


「ローズ……愛している。こんなに簡単に愛の言葉を口にして、軽い男だと思わないでくれよ。小まめに言わんと弾けてつぶれる」

「アクセル、私も愛しているわ。簡単に言ったら嫌?」

くすくすローズが笑う。みるまに首筋まで真っ赤に火照るアクセル。火山のよう

「い、嫌じゃない! 良い! すごく良い! はう! 聞き違いじゃないか? も、もう一度聞かせてくれ」

「アクセル、愛してるわ!」

「はう!」


アクセルの心を衝動が襲う。

ああ! いま世界はアクセルとローズの二人きり!しっかとローズを固く掻き抱き、熱い熱いキスの雨を降らせる。まさに愛の嵐。もうすこしで鼻血の嵐


「あー、アクセル兄さん」

のほほんと間延びした声が、甘いアクセルの時間をぶち壊した

何という事だ

いま世界中で一番合いたくないやつがやってくるではないか!満面の笑みで


気づかいとか、無いのか!? 

空気読むとか。そういう概念はこいつにないのか? 

というか、自分で言うのもあれだがここまでイチャついているカップルをよく遠慮なくぶち壊せるな。凄い


ほてほて


恨みがまし気なアクセルの視線などお構いなしで、エリオルがやってくる。空の鳥かごをぶんぶん振って

城中走ってきたのだろうか、へふへふ息が上がっている。

ふっくり柔らかな頬は、珍しく上気して朱がさしている


「あ、アクセル、あ、あのね」

上目遣いできゅるんっとアクセルを見上げる。

もじもじ、長く白い指を口元にあてて弄ぶ

言おうか言うまいか、逡巡しているらしい


美青年のくせに非常に可愛らしい、

が、騙されてはいけない

こういうかわいらしく殊勝、かつ庇護欲を掻き立てるあざとーい仕草の時は、何より凶悪な事態を隠蔽しているのだ


いやーな予感がする

アクセルは思わず、ぎゅっとローズを抱く手に力が入ってしまう


「実験室から鳥が逃げ出しちゃって、えへ」

「鳥?」

「うん。」


改めてエリオルの手元を見る、小さな空の鳥かご。右手に網


なんだ。可愛い失敗でよかった

アクセルはほっと胸をなでおろす


「仕方ないな。捕まえるの手伝ってやろう」

「本当!?わあい!」

無邪気にエリオルが喜んでぴょこんとはねる。


「で、どんな鳥なんだ?」


「えっとね……」

エリオルの言葉はそこで遮られた。


突如、夜の様に真っ暗になったから

巨大な何かの影


見上げてアクセルは絶句する


山のように凄まじく巨大な黒い塊。だが動いている

真黒な岩の塊のようなごつごつした外殻……、ぎょろりとうつろな目がある。

ちょろっと生えた小さな手に、長い尻尾。

大山椒魚が少し進化して立ち上がればこんな姿になるかもしれない


「な、なんだあれは」


「鳥だよ。」


「か、怪獣……」


「小鳥だったんだよ」


頑なに譲らないエリオル。澄んだ眼は一点も曇りない。彼の定義では鳥なのだろう

アクセルの定義では超巨大不明生物である


「えっとね。逃げ出した時に、床に転がってたバイオでハザードな物質を食べちゃってね、ちょっと未知の進化をしたかもしれないの。大きくなったなあ。」


アンギャーーーーーース!!!!!


小鳥が絶対に発さない雄たけびを超巨大不明生物があげた。大気がびりびり震える


「どこからどう見ても鳥じゃねえええええええええ!!!!!!!!!」

アクセルの絶叫がむなしく響く


何か知らんが逃げ出した小鳥(エリオル称)はご機嫌麗しくはない様だ。

それどころか大変怒っていらっしゃるように見えた


大きく口が開いて、咆哮と共に光の粒が収束していく


まずい!!!


アクセル野生の勘が警鐘を鳴らす

咄嗟にローズを抱えて飛び退る、直後、


ずがあああああああん!!!!


収束しきった光線が口から放たれ、アクセルの蹴った地面を薙ぎ払う。めくれ上がる地表。凄まじい熱風。破壊の後に遅れて音が響く


薔薇の園が地獄の劫火に包まれる


「お、俺の天国が…」

「すごいやー!体内に核融合エネルギー炉があるんだ!夢の無限エネルギー炉! 破壊の限りを尽くすまで停止しない……」

エリオルがキャッキャとはしゃぐ。


「はしゃいどる場合かー!!!!」


ずがあああああああん!!!!!


第二弾がお城を半分抉って空の彼方へ消えていく


「な、何事だこれは!? 今度は何をしたんだエリオル!」

鍛練場から駆けてきたアンリがエリオルの胸ぐらをつかむ。最初から原因を断定している


巨大不明生物の背びれがフルフル震えだす


「わあ!もうすぐチェレンコフ光がみられるよ。とっても綺麗な青い光……」

「うわあああああ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!!!!」


「大変だ、早く駆除しないと、アイリスたんのお昼のおねんねの時間が!!!!!」

アンリが蒼白でエリオルを投げ出す。ぽてっとエリオルが無抵抗に落ちる。 アイリスたんとはアンリが目の中に入れても痛くない愛娘である


「うおおおお害獣駆除おおおおおお!!!!!!」

迷いなく剣を抜くと、勇猛果敢に突撃する


かきーん


「あうっ!」

景気よく尻尾に吹っ飛ばされる


「兄貴!!!!よくもー!!焼き鳥にしてくれる!」

アクセルも剣を抜く!


かきーん


美形兄弟仲良く秋の空に吹っ飛ばされる

文字通り剣では刃がたたない


ずしゃあ……

倒れ伏したアクセルの頭がツンツンつつかれる、エリオルのほそっこい指先


「痛そう」

「お前……眺めてないで……なんかしようって気概だけでもいいから誠意を見せてくれ。人として。頼む」

「えー。もう少しデータをとりたかったのに。しょうがないなあ。」

やれやれっとばかりにエリオルが肩をすくめ、ふーーーっ、とため息をついた。非常に憎たらしい。


ポチッとな。


エリオルが腕時計状の怪しい情報端末のスイッチをおす


直後


ずがあああああああああああん!!!!!!!


天からの凄まじい衝撃!

まるで神が大地に投擲したよう


太古の攻撃衛星から投擲された槍状兵器が、ピンポイントで巨大不明生物を貫いた!


ふわっとぬるい空気の波紋が、アクセルの髪を撫でる

つづいて凄まじい突風。


「きゃあっ」

「ぐっ!」

アクセルはローズを抱え庇い、地に剣を突き立てて踏ん張る


爆風の中で淡々とエリオルが状況を読み上げる。一切の感情を排除した、抑揚のない声

「中和除染ナノカプセル放出。強制核変換開始……。半減期強制促進。成功。全ての処理を完了。おしまい」


圧倒。圧倒の一言。一撃であっけなく怪物がすべての機能を停止する。沈む


手を組み、聖職者らしく祈りを捧げるエリオル。無垢で儚げな横顔。魔王のように見えるのはなぜだろう


「むなしい戦いだった。これは、驕り高ぶった人類への、神からの警鐘なのかもしれない…」

解れた髪を掻き上げ、ふっ、と黄昏るエリオル


「そうだな。神の代わりに俺がお前に鉄槌を下してやる!!!!」


どごっ!!!


もう一切の遠慮せずグーで思い切り殴る。誰も止めない

エリオルは「へぷっ」などと未知の言語を口走って宙を舞った。そのままぐりぐり顔面を踏みにじる。靴の下からあうあう悲鳴が漏れるが容赦しない。靴底と地面のはざまで窒息してしまえ


「エリオルが城を壊すのは久しぶりだな!はっはっは」

「やっぱり男の子ねえ」

満足げに笑う国王様と王妃様。

そういう問題なのか?今更ながら親の教育方針に多大な不安を覚えるアクセル


「いやー死者が出なくてよかったよかった」

「ねえ、エリオル、避難先にナラヴァスが居たのだけれど……すごく怯えた瞳をしていて…」

「アイリスたん怖かったでちゅね!パパが元から絶ちまちゅからねえ!」


皆、先ほどまでの阿鼻叫喚などすっかり忘れてめいめい勝手に口走る。

だ、だめだ、こいつらは楽観的過ぎる


とにもかくにも一件落着だ


疲れた……


今日はゆっくり、ローズに癒してもらおう。

薔薇風呂に一緒に入りたいなあ。俺の部屋が壊れていないと良いのだが。

浴室とベッドさえ無事なら、あとはどこが壊れていたって問題なしさ、ふふ、ふ。

甘く幸せな夜に想いはせて思わずにやけるアクセル


アクセルも大概楽観的である




超巨大不明生物の放ったビームによって、

エリオルの実験室が半壊し、ぞくぞく実験生物が逃げ出したことを、まだアクセル達は知らない……



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