断片集
リリーとアンリ
「ああ!リリーさん!その微笑みで、どこまで私の心を締め付ければ気が済むのです?幸せで人が死ねるのならば、私は12京回は死んでいます!」
百合の花束をかかえて、今日も愛しい妻に美貌の夫が愛をこう。腰まで百合に浸かっている。
日々募るアンリの恋慕に比例して、爆発的に百合が増殖する
全くとどまるところを知らない。
ああ、容赦のない百合!360度何処を見渡してもびっしり百合の園
窒息しそうな百合の密林! もはや暴力的なまでの甘美!
小さな妻が花畑に埋まってしまってもお構いなし
「ア、アンリ、素敵な百合をありがとう」
いつもの如くアンリに触れようとしたリリーの手から、さっ!とアンリが逃げる。美貌のおもてが苦悶に歪む。もどかし気にリリーを見つめたまま。
「アンリ?どうしたの?」
「ああっ、リリーさん、それ以上近づかないでください! 私は醜く汚れた獣。天使のように清らかなあなたに近づくのもおこがましいのです」
「何を言っているの。アンリは世界一美しいわ!!!お願いあなたに触れさせて、キスをさせて」
「ああ!リリー!!!!あなたは私の救世主!」
百合の束をかなぐり捨てて、愛しい妻を掻き抱く
崇拝者アンリの熱狂的なキスが乱れ咲く
茶番である
***
甘いお菓子を食べていたはずなのに、いつの間にかもっと甘いキスを食べさせられている
海色のカウチソファから漏れる不埒なキスの音
超大国の平均気温を底上げしそうな熱烈なキス
アンリがうっとりとリリーを見つめる。煌めく黄金の睫毛は瞬きすら忘れて。
愛しさたっぷり、妻を瞳の檻に閉じ込こめんと画策する
「リリーさん!私は何故、今呼吸をしていられるのが不思議です、あなたの愛らしさが全力で私を殺しにかかってくる。瞬き、吐息、その瞳!全てが僕の心臓にとどめを刺す!」
愛で磨き上げる様にリリーにキスの雨を降らす。アンリは幸せではち切れてしまいそう
「私が死んだらこの国は機能停止してしまうのに。なんて方。あなたのような可愛らしい方が傾国の美女とは思いませんでした」
「大変! この国が滅んだら世界の危機だわ」
逞しい腕にもたれて、くすくすリリーが笑う。冗談だと思っているのだ。熱い胸板にすりすり頬をよせる
「あなたが握っているのですよ。世界の命運を」
「どうしたらいいの?どうしたらアンリを救える?」
「では、慈愛のキスをください。甘い甘露のようなキスを」
琥珀の瞳が笑う
リリーは一生懸命、甘露のようなキスをした
「どう?」
「ああっ、熱いです、胸が燃え上がるよう。どんな毒を仕込んだのです? 私に毒は効かないはずなのに、全身が甘く痺れてしまいました」
「苦しいの?」
「立っていられません」
そういうや否や、アンリはパタッとリリーのお膝に倒れ伏した。
心臓を庇うように抑えてうずくまる。耳まで真っ赤で苦しそうだ
切なげなアンリの顔を見ると、何故かリリーの胸もきゅうと締め付けられるのである
「あ、アンリ、ど、どうすればいい?」
「あ、頭を…頭をなでなでしてください」
「わかったわアンリ!」
ふさふさ、
煌めくアンリの髪を梳る
さらさら、凄まじい滑らかさ。きっとキューティクルの鱗一枚とっても設計図が違うのだわ
「リリー……」
リリーの腰に手を回し、お腹に鼻を埋めてぎゅーっと目を瞑るアンリ。何かに耐えるよう
ふさふさ
ふさふさ
ふさ
「リリーさん!!!!」
割と早くアンリが限界に達した
くるっ
あっ、と思う間もなく、手を引かれて均衡が崩れる。柔らかなソファの起毛。濃度を増す百合の香。
たちまち組み敷かれてキスの猛攻を浴びる。
見上げれば、キラキラ燃える獅子の瞳。
ああ嫌だ!
もうなんどリリーの魂を攫う気だろう。見るたびに惚れなおしてしまう!
百合の香と甘いキスが混ざる。時折、微熱混じりに夫が妻の名を呼びながら
求めれば求めるほどアンリの幸せは欲を増していく
「お願いです。僕以外は何も瞳に映さないでください。一生……」
アンリが蕩けきった瞳で乞い願う
「そ、それはちょっと難しいわ。だってお食事の時にどうしてもアクセルやエリオルと会う…むぐっ!?」
強引にリリーの唇が塞がれる。吸われる
「他の男の名を口に出さないでください!私はあなたの百億倍嫉妬深い男ですよ」
一瞬、アンリの瞳に暗い情熱が灯る。けれどもすぐに恥じる様に目を伏せた。
「ああっ、すみません。血を分けた兄弟にすら醜く嫉妬など…男の嫉妬は豚の餌にもなりませんね。」
「私だってアンリにヤキモチをやくわ!」
「リリーさんのヤキモチは世界一可愛いです!ほっぺたがプクッと膨れて子リスのように愛らしい。私はあなたに独占されたくてたまらないです」
「まあ!」
今までさんざん風船だのまめふぐだの貶されてきたが、夫の目には子リスの様に映っていたらしい。
「子リスだけではありませんよ。この世のすべての美は貴方に帰結するのです」
恍惚をたたえて、歌い上げる様にアンリが言葉を紡ぐ。リリーの髪を梳る
「ああ、リリーさん!世界一愛しい私の妻! 貴方は太陽の様に私の心を隅々まで照らしだす。気まぐれな月だって貴方の虜でしょう。瞳は生の歓びに満ちて輝いている! 毎夜、貴方の姿を見ようと夜空中の星が覗きこむ。貴方に嫉妬した美の神があなたを攫ってしまわないか、私はいつも戦々恐々です。」
むむむっ?嬉しいが、なぜそんなにペラペラ賛辞を紡げるのだ?舞台役者のよう。この元スキャンダル王の女たらしめ。他の女にも同じことを言ってきたんじゃないかしら?
ちょっとリリーは意地悪を言ってしまいたくなった
「あら、そんなに素敵な奥様がいるのに、他の女とキスをした方がいるんですって!誰でしょう?」
「うっ!?」
ぎくっと硬直するアンリ
「ナイスバディーだったわ……」
ふうっ、と遠い目をするリリー
ぎくぎく
笑顔のまま真っ青に凍った夫の頬に、ふつふつと冷や汗が浮かぶ
「ねえ、私もしないと不公平だわ。アンリよりも素敵な殿方とキスを!」
なーんてね、アンリより素敵な男の人なんてこの世界にいないわ!
そう続けようとして
こほこほ
アンリが小さく咳き込む
ええっ!?
「く、苦し……」
たちまち口元を押さえたアンリの指が真っ赤に染まる。見事な喀血。ちょっと血の塊とか混じってるガチのやつだ。だくだくリリーのドレスが深紅に染まる
リリー戯れの浮気宣言はアンリにとって死刑宣告にも等しかった
「死ぬ……」
淀んだ瞳で呟くと、ばったり倒れ込むアンリ。
「アンリ!!アンリ!嫌っ!アンリ、死んだら嫌ー!意地悪言ってごめんなさい!嘘!嘘だから!アンリ以外の人と絶対にキスなんて出来ないわ! ごめんなさい!どうしたらいい!?何でもするから!アンリのためなら何でもするわ!お願い目を覚まして!」
ぎゅーっ!
ぎゅーっ!!
必死なリリー、がむしゃらにアンリを掻き抱いてキスの雨を降らす
涙を一杯に溜めてアンリを掻き抱く
アンリの朦朧と霞む視界が、ふわっと真っ白な肌に埋まる
慎ましやかで柔らかなリリーの胸元
胸元
「あう!」
アンリは昇天した
ぐってり脱力して魂を手放す
「アンリー!!!」
もうどうしていいかわからず、ひたすらおろおろするリリー
更にポロポロ泣きながらぎむぎむアンリを抱きしめる
きゅんきゅんするアンリ。意識が回復しかけては幸せな感触を確かめて再び昇天してしまう
途方もない悪循環である
「ど、どうしたっ!?」
悲鳴を聞きつけて駆けつけるアクセル
一瞬ギョッと目を剥いたが、やがて事態を飲み込むとしらーっと目が死んでいく
「あほくさ」
たった一言放るとさっさと去っていってしまった
「まってアクセル!どうして行っちゃうの? 助け……あっ、むぐっ、はうっ…アンリ、んーっ!」
意識も朦朧のまま、猛然と食らいついたアンリに口を塞がれる
リリーの悲鳴が甘く蕩けていく。
それからあとは……さざめく百合の花達だけの窺い知るところ
燃え盛る獅子の情熱は、きっととっぷり日が暮れても消えないだろう
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