愛からは目を逸らせない


ぐいぐい手をひかれて転がる様に回廊を駆ける


「えっえっ、何処に行くの?」

「もちろん君と踊るんだよ」


果てしない回廊が開けて、黄金のダンスホールがさあっと覆う

黄金の大空洞にステンドグラスの天窓。乱反射する巨大なシャンデリア


気絶しそうなほど豪奢なホールに再び立ち向かう

魂奪われそうなほど美しい王子にエスコートされて


漆黒に寄り添ってステンドグラスの元へ。月光のヴェールが二人を包む


まるでヴァージンロード


ざわざわ、ホール全体にどよめきが走る


「あれは…………エリオル様!? エリオル様だわ!」

「エ、エリオル様-!?あの、公務という公務をご欠席されるエリオル様!?あまりの希少生物ぶりに超大国のオコジョと呼ばれるあの!?」

「ああ、しかし……何とお美しい!」

「この目に拝めるとはありがたや。きっとご利益があるに違いない!」


一心不乱に拝みだす一団。信仰の始まる瞬間を見てしまった


「だれか!妻が失神した!気付けのブランデーを!」

慌てて妻の目を隠す夫たち。

しかしご婦人方は殿方の手をスイッスイ逃れて凝視だ


やがて興味は隣の花に移る

「ねえ、寄り添う女の方もとても可憐だわ!とっても素敵!」

「でも、あのチョーカーは……北の大国王家の婚約の証じゃなくて?スキャンダルの予感!」

「ドレスに比べてあのチョーカーだけ何だか貧相ね」


い、一応これでも国宝級なんですが……。圧倒的豪華なドレスに見事に埋没してしまったらしい。


本当に、こんなに豪華なドレスを身に纏っていいのかしら……?


月の光を帯びた柔らかなイエロー。雲を梳いて重ねたかのような幾重ものレース、細部までいたるところに綿密な錦糸の刺繍。

匠の意匠もすべて無駄に終わる。

びっしりまぶされ、きらきら主張するダイアモンドが眩しすぎて


「ごめんね、そのドレス……急ごしらえだったから、100億ルーネくらいしかつぎ込めなかった」

エリオルが本当に申し訳なさそうに謝る


「う、うちの国家予算…」

ぽつっとおひげのお貴族様のつぶやきが聞こえた

どこぞの国の国家予算を身にまとっているらしい


「でも、月の色は君の瞳にとてもよく似合う、ぼくの黒髪にもね」

微笑むエリオル。

ばたばた、また何人かが夫の腕に倒れ込む


「な……これは一体……!?ユレ…カ!?」

突然夜の底を塗り替えてしまった鮮烈な二人に、あんぐり口を開けて固まるナラヴァスと、浮気相手エリナ。

棄てた女がいきなり大変身して超絶美麗王子と登場したら……まあ、そういう顔になるだろう


あれ?

よく見れば、エリナは私のドレスを着ていない…私は桃色のドレスは持っていない


「あ、ごめんね、ユレカのドレスはみんな捨てちゃった。あの男に寄り添うために選んだドレスなんて、許せないもの。代わりに僕の特選ドレスでぎっしり埋めておいたから許して、ね?」


溢れんばかりの笑みで、ドス黒なセリフを吐くエリオル

この人、お腹の中まで真っ黒だ


エリオルがナラヴァスに向き直る。首を傾げ、長いまつげが値踏みする。

「ふーん、君がユレカの婚約者? 大したことないんだね! どんないい男かと身構えて損した。嫉妬するのももったいない」


にっこり。侮蔑たっぷりの微笑み。

殺気を孕んだ目がナラヴァスを打ち抜く。ガラスの膜があってよかった。

無ければナラヴァスを殺していたかもしれない。

この人の瞳は美しすぎる。


続いてエリナに冷たい流し目をくれるエリオル。ぞっとするほど美麗。

思わずクラっと魂を手放しかけたエリナを、ナラヴァスが大慌てで抱きとめる。くすくすエリオルが嗤う


「どうやらそちらのお嬢さんの心も獲っちゃったみたいだね。そんなつもりはなかったんだけど。君よりずっと魅力的でごめんね?」

「なっ……」

「でも僕が欲しいのは世界中でこの子だけ」


エリオルがユレカの頬を掬って……


キス

見せつけるようにキス

名残惜しそうに唇を離して

氷の様に凄絶な笑み


「婚約破棄の正式発表が舞踏会の後でよかったよ。だって、」


ぷつっ、

チョーカーが切れて落ちる


「こうして堂々と奪うことができるものね。」


しゃらん

かわりに首筋に冷たいチェーンが這う

三日月のダイアモンド


「首を締め付けるよりも月で飾るほうがずっと美しいよ」


かつ。

無抵抗に床に落ちたチョーカーを踏みつける。踏みにじる


ぐりぐりぐりぐりだすだすだす!!!!

これでもかとばかりに嫉妬を込めて靴底をぐりぐりするエリオル

相当憎かったらしい


蒼白なナラヴァスがなんとか言葉をひりだす

「こ、こんなことをして、国際問題だぞ……! 戦争…あ、あの生意気な双子がどうなるか…わかってるのか!?」


「はいこれあげる」

軽く凶器に出来そうなほど分厚い冊子を手渡すエリオル


「な、何だこれは」

「ナラヴァス様写真集だよ」


パラパラめくるナラヴァスの顔からさーーっと血の気が引いていく


「君、そのお嬢さん以外にもいっぱい女の人がいるよねえ。僕理解できないなあ、でも思い出って大切だろうから超画質の写真集を作ってあげたんだ。北の大国中にばら撒いたら唯でさえ支持率の低いナラヴァス様の権威は失墜間違いなし…あっ、それから国税を湯水のように私的流用してるよね、うちと違って国庫はひっ迫してるのに、国民は怒るだろうなぁ、革命が起きて殺されちゃうかも……もちろん僕は革命軍を全面支援するよ……君の首を合法的に落とせるものね」


エリオルの瞳がどんどんキラキラ輝きを増していく。完全に嗜虐者の瞳。獲物を嬲るのが楽しくてたまらない子猫の瞳。


「すみませんでした」


ナラヴァスはとても綺麗な土下座を決めた


***


ざあざあ


噴水の水音が頬に心地よい

水のカーテンに三日月が揺れる


「……」


噴水の庭園を、ただただ無言で手を引くエリオル

打って変わって不機嫌に引き結んだ唇。白い肌は一層血が引いて蒼白に近い

それもぞっとするほど美しい


噴水のほとりに倒れ込むように身を投げ出す。口元を覆う

「……………う。」

エリオル?


プルプルプルプルガタガタガタガタガタブルガタブル

雪山の遭難者もかくやという勢いで小刻みに震えだすエリオル


!?


「ああああああっ、女怖かった女怖かった女怖かった女怖かった…!!!!うぷ、もう限界、吐きそ、ゲボ…」

美しい唇から決して漏れてはいけない感じの音が漏れる

「すーはすーはーすはー……息、息が吸える! はぁっ、はぁっ、香水くさくない清浄な空気…!!!はーっ、はーっ……あ、ユレカいい匂い」


――こいつはものすごい女嫌いで女と同じ空間の空気すら吸えない……

アクセルの声がよぎる


も、もしかして、まさか、今までのは全部虚勢!?


嘘でしょ!?

あんな壮絶な瞳で喧嘩を売って、ギラギラパーティの主役になって

衆目を浴びて……こんなに……よれよれに……消耗して


「ねっ、ちょっとは気が晴れた? 元気出た?」

エリオルが弱弱しく微笑む。


「僕、慰め方が下手でごめんね。ユレカを言葉で励ます方法がわからなかったから。僕はこういう方法しか思いつかなかった…これでも一生懸命頑張ったつもり、なんだけど……なにかへまをしていたらごめん……キスも…怒ってる?」


さっきまでの自信に満ちた姿はどこへやら。

今にも消え入りそうなか細い声。

夜の見せた幻だよと言われても信じてしまいそう


「お、怒っていないわ………………げ、元気、出たかも……」

「……!良かった!」

ぱあっとエリオルが輝く。紅潮する頬。

うるうる瞳の端に煌めいて盛り上がる涙の粒


ああ、きっとこの人は本当に、頑張ってくれたのだ。私を励ますためだけに。


エリオルがためらいながらユレカの手を握る。冷たくて温かい手のひら

ぎゅっと握りしめた後に、じんと体の芯に温もりが灯る


「ユレカ、もう人を愛することが怖くなってしまった? もう恋愛なんてこりごり?僕の求愛は、ただの面倒ごとにしか感じない?あんな男で懲りないで、どうかぼくにチャンスをくれないかな。……僕はぜんぜん、口説き上手じゃないし、慰め方もへた…だけれど……」

どんどん弱弱しく消えていく語尾。


びょう

風が吹いて、水のカーテンが揺らめく。


ふいに、エリオルがまっすぐユレカを見据える。氷などトロトロ溶けきった銀河の煌めき。この世の情熱総て閉じ込めた瞳。まともに捕らわれて、星の洪水へ真っ逆さまに落ちていく。


「……だれかを愛するって怖いよね。誰かを愛しようと思えば、心は必ず裸になる……。君の前では、ぼくの心は全く無防備の裸だよ。僕は……僕は女嫌いを克服何てしちゃいない。実はユレカのこともとても怖いんだ。それ以上に抗いようもなく好きなだけ」


こつん、おでこが当たる。

さらさら流れていく黒髪。

ふんわり香る甘いハーブの香り

額をじんわり伝う熱。

瞬きの音。頬を擽る吐息。


「ユレカ。ユレカはいつでも致命傷を僕に負わせられる。僕に大嫌いだと一言言うだけで。僕はそれだけで簡単に焦れ死んでしまうんだよ。……この心臓も止まってしまう」


エリオルがユレカの手をおし当てる。どくどく。早鐘のように波打つ心臓の鼓動がたちまちユレカを満たす。

「僕は人の心を推し量るのがとても苦手だから。ユレカに嫌われても何が原因かすらわからない。わからないで死んでいく。構わない。でもユレカの事を大好きだって気持ちだけは、真っすぐ伝えたい。想いが伝わらないのは死ぬよりずっとつらいよ…。」


ずどん


胸が締め上げられて、ぐっと喉元に熱が灯る。

何かとてつもないものに抗いようもなく支配されていく……


二度目だから

すぐに理解できる


恋に落ちていくのだと……


だけど一度目とは遥か比べ物にもならない!

すぐに次の男に乗り換えるちょろい女?

そうね

この男の情熱をまともに食らって、息の出来る女だけ私を打てばいいわ


「わ、判らないで死ぬ……なんて、そんな悲しいこといわないで!傷つけあいそうになったら、そのたび話し合いましょう。私も、もういきなり怒ったりしないわ。嫌なことは言う。その代わりエリオルも気持ちを教えてほしいの。……心が離れる時も。もう、いきなり突き放されるのは嫌なの」


「言うよ。何度でも。この気持ちは絶対変わらない。科学的論証でも神話的アプローチでも脳科学でも哲学でもなんでも君が納得するまで徹底的に説明する。でもアクセルやアンリが言うに一番手っ取り早いのは……。」


凍てつく炎に情熱がうねる

優しい指腹が髪を梳って中へ

冷たいぬくもりに抱きすくめられる


噴水の音がざあっと広がって


揺れる水面に


キスの波紋と三日月


***


透きとおった晴れの空に鐘が鳴る


リーンドーン

リーンドーン


幾重もの鐘が嬉し気に王都を揺らす

結婚式の鐘


「うぅ、本当は俺の結婚式なのに……。こつこつ地道に根回ししてじっくり壮大な演出をプランニングしてたのに……」


アクセルが非常に恨みがましく文句を垂れる


「もう!まだぶちぶち言ってるの?王族ダブル結婚式なんてド派手でとっても素敵じゃない!」


花嫁姿のローズがひょいとアクセルの頬を挟んでキス

輝くばかり


「ああっ!ローズ!!めちゃんこビューティフル!!!げぱっ!」


たちまちだっくだく鼻血吐血に染まる花婿衣装

誓いのキスまでに幸せな失血死かもしれない


「大丈夫かしら、アクセルさん……」

「僕以外の男を見ちゃだめだよ」

ユレカの視界が塞がれる

エリオルの口づけ


「ああ。ユレカ、とっても綺麗……世界で一番幸せにするからね」

眩し気に目を細めて、うっとり最愛の花を見つめる


だがやがてふっと目を曇らせるとスチャっと眼鏡を装備


「さあ気合い入れていくぞー!!!今日の眼鏡は特注品!なんと雌雄判別特定画像フィルタリング機能付き!女はジャガイモ女はジャガイモ女はジャガイモ……」


呪詛のようにつぶやく

冷や汗がすごい。大丈夫か、大丈夫なのかこの結婚式


「大丈夫かしら……ちゃんと誓いのキスができるかしら。心配だわ。私はしてもらえなかったもの」

「ま、まだ責めるんですかリリーさん!私の人生で一番の失敗を……!そんな唇はずっと塞がなければいけませんね」

「んむーっ!」


「ダブルでめでたいな!おまえ!」

「ええ、とってもめでたいわ!あなた!」

憂いなど一つもなくなった国王様が王妃様に口づける。感無量だ


『めでたいめでたい!』

帰国した双子が花びらと宝石を惜しげもなくばら撒く

真ん中には、死闘の末仕方なく分かち合うことにした、恋人のマーガレット

背面で激しく小付き合う

  



愛し合う二組のつがいが神の前に進む

「エリオル、アクセルおめでとう。心から嬉しいよ」


壇上でウインクする大司祭様


そして……


「それでは……誓いのキスを!!!!」


割れんばかりの喝采が、国中を包む


天を焼き尽くさんばかりの花火


もちろんそれよりもずっと激しいのは……


大地に咲いた愛のキス!!!!


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