舞踏会


部屋を赤く染める夕陽を背に立ち尽くす

夕暮れの瞳が途方に暮れる


「うそでしょ…」


ドレスを取られた


ちょっと目を離したすきに、クローゼットはすっからかん

舞踏会のドレスも……


「これじゃ舞踏会に出られない……」


今のドレスはお昼間用の簡素なものだから、とても舞踏会には着ていけない。生地からして違う

ただでさえ滅茶苦茶煌びやかな舞踏会。婚約して初めての公務

それはもう気合いの入ったドレスを一生懸命誂えた


「素晴らしいドレスだ。僕の髪と同じシルバー。君の瞳に良く映える。ああ、早く君と踊りたいな」

そう目を細めて、ナラヴァスが褒めてくれたのだ……

きっとそのドレスは、今夜エリナが纏う。


「はは、そうまでしてエリナさんと踊りたいですか……」

無意識に喉元を抑える。婚約の誓いのチョーカー

ただでさえ、惨めな舞踏会なのに。

それでも最後にナラヴァスと踊りたかった。

それでなんとか気持ちの整理がつくかもしれないと思った。


「………んじゃないわよ」

ユレカの瞳に怪しい光がさす。ヤケクソの光

「…舐めんじゃないわよ……このドレスで出てやるわよ……!庶民上がりのど厚かましさ舐めんな…!」


踊る相手がいなくてもなってやるわよ。

壁の花に。



***


とは、言ったものの、さすがにマジでやばいかも……。

ホールに近づくにつれ、どんどん増していく煌びやかさ。見えない抵抗の壁


遠目にホールを確認して若干気絶しそうになる

エントランスからしてやばい。目がチカチカするほどの黄金。セレブが庶民を本気で殺しにかかってきてる。

圧倒する黄金の壁面には、ミリ単位の精密な彫刻。匠の執念しか感じない。

一彫り一彫り総てにびっしり埋め込まれた宝石。もはや煌めきの暴力

庶民どころか貴族ですら格が無ければここで滅却されそうだ


震えをこらえてホールに踏み込む

誰にもエスコートされぬ舞踏会に


煌びやかなシャンデリアに荘厳なステンドグラス

月光のヴェールに透けて、この世界を覆うよう

黄金の大空洞を紺碧の窓が彩る


すいませんでした。こんな物凄い豪華なホールを汚してすみません。ものすごくUターンしたい。

壁っ!壁に張り付くしかない。突進する勢いで壁を目指す。隅に縮こまる。


楽しげにくるくる踊る人々。

キラキラ回る宝石のよう

きっとみんな世界一幸せな夢心地だろう

私の様に惨めな女の子は居ない……


「なんだ、いたのか。壁の花…ですらないな、なんだそのドレスは?くすんだグリーン。葉っぱのつもりかい?この豪奢な宮殿に失礼じゃないか!」


――ナラヴァス!! 


キンキラ装飾過多な衣装。片手にワイングラス、もう片方にはエリナ

「……まさか、あの言葉を本気にしてやってきたの!? はん、来るとは思わなかった!そんななりで!あまりに健気だから踊ってあげたいけれど……僕は可憐な花しか抱きたくないんだ。ごめんね」

ナラヴァスの胸元に抱き寄せられるエリナ

皮肉に口元を歪めて笑う。


ああ……。


この人はきっと女を捨てる時がいっとう楽しいのに違いないわ!

いままでそんな満面の笑みは見たことがない!


さっきまで、この世で一番惨めだと思っていた。


まさか不幸の底が抜けるなんて!

心のどこかで思っていた

舞踏会に行けば、二人で踊れば、ナラヴァスの心が戻ってくるかもしれないと……


――ユレカ、もっと現実を直視して。君は捨てられたんだよ


目を背けて見ないふり、強がった結果がこれですか

無様だわ


一層煌めくシャンデリアがおぼろに溶ける……


ナラヴァスが一層嬉し気に目じりを歪めて待つ

乙女の涙を

滲んだ涙玉が転がり落ちる、寸前……!


「おい、探したぞ!エリオルがやばい!!!」


突然割り込む低い声。ぐいっと腕を掴んで救い出される。

ふわっと香るシトラスの香り。夜明けの星空の瞳


「きゃあーーーー!!!アクセル様よ!!!」

「ああ!!なんて麗しいの!!!まさかお目にかかれるなんて!」 

黄色い歓声が上がる


「ばか、まさかフライングするとは思わなかった」。

「えっ?えっ?」

言葉の意味が解らずぼうっとアクセルを眺める。

シンプルなシルエットの衣装なのにどの殿方より華やか。

宝飾は片割れのイヤリングのみ。

その双眸が何より美しい宝石とばかりに。イケメンはずるい


「なっ!?なぜ第二王子のアクセル様がお前なんかに話しかけ……!? いつの間に王族とコネを作ったんだ!?」

瞠目するナラヴァス。グラスから零れるワイン


目もくれぬアクセル。

「目標を見つけたぞ!!! こっちだ!であえーーー!!!!」


パチンっと優雅に指を鳴らす、と……


どどどどど……


な、何か来る!

メイドだ!


何処からともなく押し寄せるメイドの大群!


「さあ行きますわよ!」

「こちらですわ! 急いで!」

「わっしょい!」


「えっ?えっ?えっ?」

抵抗する間もなく問答無用で担ぎ上げられる。もうそのあとはお神輿かという勢いでわっしょいわっしょい。担がれる。凄い。人に乗ってる。移動してる。それもみんな可愛いフリフリフリルの女の子だ。メイドの波をクラウドサーフィングでもりもり連れ去られる。


「よいしょー!!!」


ばんっ!

煌々と灯りのともる鏡面張りの一室へ拉致される

やっと何とか地に足がついたかと思えば、今度は歌劇場の早着替えショウもかくやという手際の良さでお着換え開始。ぐるんぐるんバレリーナのごとく回される


すぽんっ!!!

くるくる

ふぁさ……っ


「まっ!なんておブスメイク!涙で滲んでボロボロ!ダメよん!しっかり磨き上げてあ・げ・る」

筋肉ムキムキのお姉(兄?)さまが身体くねらせてメイク用具を引きずり出す

はたはた

顔を巨大なパフでくすぐられる。こしょばったい


きゅっ、と背中のリボンを結んで……


「撤収!!!」

「ふー、いい仕事したわ!!!」

「パーフェクツよォ!」


非常に満足げな顔の面々。イナゴの大群かと思われたメイドたちが去って行く

キラッキラにドレスアップされた私を残して

こ、これは一体……これ、私?

鏡に映し出された美少女に見入る。

お姫さまみたいな、ルビーの瞳の美少女

一体どんな魔法が使われたのか、ツヤッツヤに輝きまくるプラチナブロンド。

生地が見えないくらい宝石が縫い付けられて輝きまくるドレス。

うるうる艶めくリップは先ほど差されたばかりだ。


「おわった?」

こそっと角から人影が覗く

さらさらっと流れる黒髪

その声は


「エリオ……ル……?」


みやって、絶句する。

その人の、あまりの美しさに


そりゃあ、美しい人だとは思っていたけど

限度というものがあるだろう

ただでさえ世界一美しいと思っていたのに。着飾って磨き上げるなんてもっとずるい


「ユレカ、怒ってる?」

おずおずとユレカを覗く瞳

ちがう、見惚れているの


漆黒の双眸と黒髪に合わせたのかしら、全身を染める黒。

ゆるゆる純白の法衣を脱ぎ捨て、引き締まった闇に落ちれば、洗練されたシルエットが嫌でも浮き上がる。

品よく散りばめられたダイアモンドが星粒の様に煌めく。

夜の王子もかくや

対極にふっくらと白い肌。漆黒に包まれて浮き上がるよう

さらりと降ろされた長い髮。世界中の女の子が嫉妬するさらさらストレート。

ただただ美麗。魂を掬われぬ者はいないだろう


すっと、手が差し出されて戸惑う


「行こっか。僕のお姫様」


闇に煌めく星屑の瞳。



なんてことないようににっこり笑う



打ち抜かれる乙女の心なんて考えてもいない



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る