捨てられた仔犬


超大国外遊二日目の朝は寝ざめ最悪だった。

一人寂しくベッドの上で、朝日に遊ぶ小鳥を眺める


昨晩、ナラヴァスは目も合わさず「別室にしよう」と言い放った

もうエリナとの仲を隠す気もなくなったらしい

朝食?もちろん一人でもそもそ食べました。昼食?聞かないでくれ


二人はお出かけお城探検デート

楽しそうにキャッキャウフフと駆けて行った

遭難するがいい


あてがわれたのは召使の部屋、浮気相手エリナとお部屋交換というわけだ。

まあ、少々狭くなったけれどそれでもめちゃんこ豪華だしい?

あのイチャコラ燃えたであろうベッドで寝るなんてまっぴらごめんだったから望むところだったけれども!!!


「はあ……。」

ため息は嘘をつけないわね。

一人むなしく、ベッドに倒れ伏して窓の外をみやる


果てしなく高い秋の空。澄んだ空気

心がズタボロでなければ、こんなに爽やかな光景もないだろう


ばんっ


「聞いたよ!君は捨てられたんだってね!!!」

もんのすごっく瞳をキラッキラさせて、美貌の第三王子がなだれ込んでくる。


ばふっ


問答無用で抱きしめられる。ふわっとたゆむ法衣に埋まる。清潔なハーブの香り

あまりに唐突な美形急接近。

一瞬で間合いを詰められて体も心も追いつかない


「うおっ……」


足がもつれて倒れ込む、

ベッドにばふっ!


ころころころころ。ころん


二人絡んで転がり落ちる。

落ちた先で腕の中に受け止められて、じっとり愛し気な眼差しに嘗め回される

こ、これは完全に襲われていると言って差し支えない光景なのでは。


なぜ悲鳴が出ない!?

猛烈すぎて完全にタイミングを逸した!


「ああ、ユレカ、どうして教えてくれなかったの!? もう婚約破棄が決まってるって!そう言ってくれれば話は早かったのに!」

「……婉曲にお断りするためです!お断りしたんです!貴方の求婚を!お・こ・と・わ・り!!」

「ユレカ、髪が短いんだねえ。北の大国の貴族はみんな長髪なのに。活動的な感じでとっても可愛い…! 宇宙で一番美しいプラチナブロンド。 もう絶対誰にも触らせないよ。」


質問したなら答えも聞けやー!!!


うっとりと髪をすいてすんすん嗅ぐエリオル。目が完全にトリップしている。

唇をそっと撫でられる、ぞくぞくする目つき。冷たい指腹はそっと首元へ。

誓いのチョーカー……。


「嫌!はっ、離してください……!」


ぱしん!


とっさに跳ね除けて、ぐりぐりのしかかるエリオルから身を捩る。


「離さないよ。」


エリオルが笑う。あどけなーい純真な笑み。

こ、この人はもう少し自分の美貌を自覚したほうが良い。

くらり、一瞬意識がやられる

ちがう、本当に身体が浮いてる! 


見事なお姫様抱っこ。


しっかとユレカを掻き抱く。ゆがみのない完璧な姿勢

華奢な身体のどこにこんな力があるのかしら?

花束でも抱えるようにかるがる抱く。


そのままくるーっと回ってベッドに軟着陸。

ユレカの隣にぱふっと腰かける


「お部屋も変えたんだね!それとも追い出されたの? 素晴らしい!あんな男と同じベッドなんて許せないもの。僕から圧力を駆けなくて済んだ……。あれ、でもなんか狭くない?物置部屋?」

「こういう狭い感じが落ち着くんです!!好きなんです!っていうか充分広いです!!!」


何この人?どうしてこんなに無神経なの!?人の傷抉らないと話せないのかしら


全く意に介せずキラキラ熱視線をユレカに注ぐエリオル。

キラキラがギラギラの欲望を帯びてきた

「ああっ!可愛いユレカ、愛しいユレカ、ユレカと二人きり。ユレカのいい匂いが充満した密室……。そしてここはベッドの上……。結婚前だけど……いいよね!」

再び高まって襲い掛かるエリオル。

一ミリもよくない!!!!

結婚どうこう以前に仲良くした覚えがない!


「私は貴方と一切の婚前交渉その他もろもろの親交を結ぶつもりはありません!!!!外交上の親睦以外は!!!もちろんお手て繋ぎも!ほっぺ擦り擦りもー!!!」

どごっ! なりふり構わず突き放す

ぶんっと掴まれた手を振りほどく


「わ、私の心を置いて話を進めないでください。大体ね、わたしは一応まだ婚約中で、男の方と部屋に二人きりなんてありえな……」


「はあ!?まだそんな寝言を言うの!?まさか、あの男がまだ好きなんて言わないよね!?!? あのクソボケ色情魔カス男がまだ好きなの!?」

エリオルが目を剥いて驚く。


「僕より!?僕よりあの男を好ましいと思っているの!?信じられない!あの男の全てのステータスをぶっちぎりで凌駕する僕より!?あんな仕打ちを受けて?」


「すっ、好き…好き……というより、なんというか、気持ちの整理が全くついていなくて……流石に未練というか…」

「はっ、未練! なんて無駄で非効率な感情!」

ピコッと萌え袖で人差し指を掲げるエリオル。そのまま眼鏡をクイッ


「よーしおっけー! 失恋の喪失体験から立ち直っていないんだね!そういう時は合理的に考えよう。あの男は君を愛しちゃーいない。一ピコグラムも愛していない。僕は君を世界一宇宙一愛している。そして僕はあの男より遥かに遥かに優秀な雄。よって君はどう考えても僕を選ぶべき。どう?」


ドヤっとばかりに胸を張るエリオル。さらさら流れる純白の法衣。

とても満足げなドヤ顔

眼鏡の蔓の蛇も心なしかドヤ顔


「どうっていわれても…」

そんなに簡単に割り切って次いけたら、世界中から失恋ソングは消えるだろう


「まだわからないの、ユレカ!!!もっと状況を直視して!」

エリオルががっと肩を掴む。ゆさゆさゆする


「君は捨てられたんだ!ゴミ屑みたいに!」

何の悪意もない無垢な声。

むき出しの傷口にぐっさりささる


「どんなに主人を待ったって、捨てられた子犬は拾ってもらえないよ。土砂降りの雨の中でふるえても飼い主は戻ってこない。それに比べて僕なら絶対に君を……」

「貴族風に髪を伸ばす間も無く振られたのよ」


ぽつり。低く淀んだ鈴の声。


「へ?」


「どーせ、どーせ私はゴミで捨てられた子犬ですよ!!!!」


ぎっ!と、ユレカがエリオルを睨み付ける。あまりの不意打ちに、エリオルはまともに食らってしまう。

ガラスの膜では到底防げない。涙にぬれた乙女の瞳を


ポロポロ

真っ赤な頬を大粒の真珠がこぼれて飾る


「現実を直視!? 目を背けて傷を癒したい時だってあるわ!!!真実が一番つらいときはどうすればいいの!?」

「えっ?あれっ?あれっ!?どうして怒るの?泣くの?」


乙女の涙の前にもろもろ崩れ去るエリオル砂上の強気攻め

あわあわ、取り乱して眉が八の字に傾く

ひたすらおたおた取り乱すが、どこにも助け船はない


震えるユレカの声がエリオルを無情に裂く。


「……生まれて初めて男の人に口説かれたわ。王子様と知って舞い上がった。舞い上がらない女の子なんて居ないでしょう!!?いきなり庶民から婚約して、あっさり振られて、また結婚?王族の気まぐれは、もうこりごりだわ!少なくとももっと慰め方のうまい殿方が、私は好みよ!でてってください!」


ばんっっ!


「ユレカ!僕は違う!気まぐれなんかじゃないよ!どうして怒ったの?ごめんねごめんね。ユレカを励ませなくてごめん……。」

エリオルの声にみるみる涙が混じる。ドンドン。必死に扉をたたいて赦しを請う。扉越しの振動がユレカの背中を伝う。目を閉じて耳をふさいだユレカの背中。

それもやがて弱弱しくなっていく……


「ユレカ……お願いぼくを嫌わないで……!」


「お願いあっちに行って!!!」


一人にして!


冷たい別れ話も甘い言葉も変わらない!


私の心をかき乱すのはみんな同じ!




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