王家の事情



「……うちの王家の秘密はご理解していただけただろうか」

「は、はあ……わかったようなわからないような」


美しい夜明けの瞳に覗かれ、ドギマギしながら答える


カップにゆらゆら揺れる琥珀色のお紅茶

金の縁どりに見事なトケイソウ


この城はとんでもなく豪奢で美しいと思ったけれど……

なるほど、こういうお美しい方々の使用に耐えるために荘厳華麗なのか


第二王子アクセル……と名乗ったのは、艶めく黒髪に凛々しいお顔立ちの美青年


目元、頬、顎、眉、どの線も完璧。神は細部に宿ると言うけれども、どこまでも精密に作りこまれて美しい。

神様はこの人を作る時一切の手抜きしなかったに違いない。


その婚約者のローズ様も可憐な薔薇の様に美しい。

だが、なぜかお二人ともお顔は蒼白でひきつり、若干身を引き気味だ。


そしてその視線の先はエリオル……と紹介された第三王子をチラチラ伺っている


物凄く美しい人だ


日を浴びずに育ったのかしら、真っ白な肌

柔らかいのに、凍り付きそうな笑顔

銀の眼鏡

薄氷の様なガラスの膜の下からは、キラキラの熱視線


「ユレカ……ユレカユレカユレカ」

愛しそうに手にスリスリされる。おおう、もちもちのお肌


今までナラヴァス……が世界で一番イケメンだと思っていたけれど、……世界は広い。

愛しの婚約者をあっけなく蹴落として、脳内イケメンランキングに超大国王子2人が殿堂入りだ


「えっと、…それで、あなたたちの王家の血脈は超人類で神話で…熟練の恋?」

「宿命の恋」

「そうそれ、えーと、うん、その、つまりエリオル…さん…はイデンシ?に定められた……宿命の恋とやらで私に一目惚れをしたってこと?出会って3秒で?」


「ただの一目惚れじゃなくて、生涯魂を燃やし尽くして命を捧げる恋だよ、ユレカ」

すりすりすりすり頬に擦りあてたままエリオルが訂正する。着火せんばかり


「……まあこの通り、うちの第三王子は君に……激烈で電撃的で永続的な一目惚れをしたわけだ…。5回転半捻りほど拗らせまくっていた、女嫌いをあっさり克服して…!信じられないことに。」


「ああ、ユレカ、早く結婚しようよ僕のユレカ。挙式はいつにする?早く大司祭様にご紹介したいな。君の瞳はとっても美しいね!きらきらひかる夕焼け空を閉じ込めた瞳……」

ガダッ!っと椅子を引いてエリオルから遠ざかるアクセル。

美しいお顔が歪み切っている。

危険な未確認生物を警戒する目だ。しっかりローズ様を庇うのを忘れない


一体何がこのお方をそんなに怯えさせているのかしら

しかし、気にしている場合ではない


「あ、あの、大変申し上げにくいのですが、私は婚約者がおりますのでお断りさせていただきます」

あれ、その婚約は先ほど破棄宣告を受けたんだった……。とっさに言ってから苦い現実を思い出す


「ふうん、そうなんだ。じゃあ破棄して。」


何でもない事の様に言葉がほうられる

「へ?」


「だから婚約破棄して」


やっと唇から離した手をぎゅっと握って、にっこりほほ笑むエリオル。

無垢な天使のよう。

なんの邪気もない笑み。

キラッと瞬く眼鏡


「大丈夫!後腐れないように僕から圧力をかけまくるから。轢死がいい?毒殺?うんと苦しいのがいいね。あっ、ごめん、お葬式に出るのは面倒臭いよね、謎の失踪にしよう!絶対に死体が見つからないやつ」


婚約者殺す前提!?

まって、つぶらな瞳からは程遠いその物騒な文言はなに!?


「ま、待ってください、私は婚約破棄するつもりは……。……私、には、婚約破棄するつもりはありません。せめて……帰国するまでは……」

「帰国? そんなの許さない。ユレカと一秒だって離れたくないもの。パスポートは没収するよ」


カシャン、カップが揺れる。ぐっと引かれて頬を掬われる、

光る眼鏡の底には氷の瞳。

口づけせんばかりに射貫かれる


「ユレカ、君、誰に見初められたかわかってる? 世界最強の権勢を誇る超大国の王子に、言い寄られているんだよ。つまり僕。世界を統べる超大国の力を思い知りたければ、僕の求愛に反抗すればいい」


漆黒の瞳が不敵に煌めく。暗く凍てつく炎。

ぞくっとする。氷のナイフを頬に当てられたよう


「おい、エリオルあんまり突っ走るな……」


「ちょ、超大国の王子様は……。力に物言わせて相手の心をねじふせるの?権力で女を攫って満足?」


紅が黒を穿つ

ユレカのまっすぐな瞳


「うっ……」


エリオルがたじろぐ。なぜかアクセルまでたじろぐ。じと目のローズ


がたん


緩んだ手を振りほどいて席を立つ


とにかく私は……私は


「もうお話は済みましたか? 部屋へ帰らせていただきます」


面倒ごとはこりごりだ


***


威勢よく啖呵を切って部屋に舞い戻ろうとしたものの……

黄金のドアノブに手をかけて現実に思い至る


この部屋から逃げ出した時、どっぷりディープなキスだった

もちろんあのまま雪崩れ込んで……


情事の真っ最中だったらどうしよう


可能性絶大だ


うっ……


流石にそれはご勘弁

「もっ、もう少しお城を探検しよう。そうしよう!そうしようそうしようったらそうしよう!やめやめ、やめー!!!ストップ、マイ想像力!」


思わず想像しかけたあんなことこんなこと、フルフル頭をふって叩き出す


青を孕んだプラチナブロンドがはらはら揺れる

ユレカは踵を返すと果てしない廊下に繰り出した


「楽しいお散歩!失恋お散歩!泣いてなんて居ないんだから!」

淡緑のドレスが紅の回廊に吸い込まれていく


***


ぜえはあ広すぎ、何なのこのお城。街一つ入るんじゃないの……

ちょっと散歩するつもりががっつり探検してしまった

認めたくないが遭難もしているかもしれない


赤と黄金の回廊の彼方から低い声が響く


「エリオル……困っ…ものだ…はあ。」


深刻な内緒話特有の、落として低めの声


エリオル、という言葉にぴくっと耳が反応する。

思わず扉にはりついて、そっと影から覗き見てしまう

真っ赤な玉座に深紅のマントの男が、どっかと足を組んで額を抑えている。

駄々漏れのどす黒いオーラ


も、物凄く怖そうなお人だわ!


……キンキラの王冠が載っているから、超大国国王様なのだろう、

たぶん、魔王ではなくて……。


玉座の元にはさっきお話ししたアクセル様と、エリオルが控えている。

そして壁際には、これまた物凄く精悍な金髪の青年


うおお、なんという局所的美形密集地


国王様がはあっと深いため息をつく

「エリオルの惚れた相手は北の大国の王子の婚約者か。よりにもよって……」


「何の問題もありません、父上」

キリッと引き締まるエリオル。キラキラっと輝く眼鏡


アクセルがエリオルをはたく

「いや、問題あるだろ。さすがにここまであからさまに婚約者を取られたら、北の大国も報復せざるを得ない。国際問題だぞ。おまえ、一人で戦争おっ始める気か?」

「それについてはアクセルは何にも言えないだろ」

「うるさい。」


「父上!北の大国は国土こそバカ広いですが、軍事力は我が国が圧倒しています。別に加担してくれなくたっていい。僕一人で惚れた女を奪い取って見せます。国軍を動かさなくたって僕一人で焦土にくらいできます」

「本当に軍は動かさせんぞ」


「僕の新兵器1発で充分です。なんの問題もありません。30秒でケリがつきます」

「おいまて、お前一体今度は何を開発したんだ!?」

エリオルの襟首をつかむアクセル。スッと目を逸らしてふゅーふゅー口笛を吹くエリオル


「だが、あの北の大国には可愛い双子が留学しとるんだぞ。留学などと言えば聞こえはいいがいわば人質だ。それはどうする?」

国王様がああっと天を仰ぐ

「あの双子が大人しく人質になれると思います?最近毒も効かなくなりました」


「まったく思わない」

天を仰いだまま止まる国王様。ただの深呼吸だったようだ


沈黙。


なんの障害も無くなったようだ


「皆、何をもだもだ言ってるんです。答えは決まり切っているでしょう」

あまり興味なさげに問答を眺めていた青年が腕組を解く


「アンリ」


「私たちの恋は宿命の恋。恋した相手の事しか考えられなり見境つかなくなって滅茶苦茶し出すのは、皆骨身どころかミトコンドリアに刻み込んでいるでしょう。こうなった以上はエリオルだって絶対に諦めない。」


こくこく激しくうなずくエリオル。


「仕方ない」


はあーっとため息をつく国王様。眉間の皺が一本増えている


「なんとか穏便に事が運ぶように計らうしかないな。こいつに戦争させるのだけは避けたい。多分地球が割れるだろうからな。ああ、誰に似たんだか……」



な、なにやら知らんうちに大国間の国際問題の中心人物になってしまったらしい


―――ユレカ、誰に見初められたかわかっているの?


氷の笑顔がよぎった


ひやっとするものが背筋を駆け抜ける



隣で笑う百合と薔薇に呟く。声は載せずに唇だけ

「これ以上、面倒ごとはごめんなのに」


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