エリオル編

国王さまの憂い



今年も豊作だ

山も海も鉱山も採れて採れて困る!


国民は百合と薔薇と太陽が大好き!真っ白い歯で笑いみんな長生き


憂いなど何一つない超大国


天を突かんばかりの教会、をさらに飲み込む巨大な城! 天守閣には若干雲がかかっている

そんじょそこらの国の王なら卒倒せんばかりに豪奢な宮殿


「うーーーーーん」

玉座に、獣の唸り声のような地響きがこだまする

国王様の声だ


すわ、魔王降臨かと見紛う恐ろしい容貌。見る者に恐怖しか与えない。

世界を統べるにふさわしい風格と威厳。しかし愛する妻には全く頭が上がらない。


そんな国王様たった一つの悩みのタネ。それは可愛い三男エリオル


超大国には見目麗しい五人の王子


煌めく黄金の髪に獅子の瞳、長男アンリは百合の乙女と政略結婚、朝晩を問わず愛しい妻を愛で尽くす


艶めく黒髪に夜明けの星の瞳、次男のアクセルは熱砂の姫と熱い恋愛の真っ盛り。熱烈な薔薇と鼻血でお昼間から真っ赤に染まる。


四男五男、銀の双眸に銀の髪。瞬きまで瓜二つの双子達は、一つの花を奪い合って大騒ぎ。


けれども間っ子のエリオルは…!


大の女嫌い!


女の子の香りがするだけで、泣き惑って逃げる

超大国絶叫選手権ぶっちぎり一位の大絶叫

そして歪んだ情動は科学実験に叩き付けるときたから皆たまったものではない。


日がな一日、広大な自室にこもって怪しい実験。改造した研究室には、いつでも謎の煙と悲鳴があがる。時折、実験台にされたアクセルの悲鳴も混じる


「エリオル…いい加減、女の一人も作ったらどうだ、そんなに美しく健康に育ったのだから。そしたらもうちょっと…出ると思うんだ。落ち着きとかが!」


国王様が困り切った声を上げる


「僕はいつでも沈着冷静です!」

エリオルがキッと声を張り上げる。キリッと光る眼鏡。


繊細な漆黒の瞳には、双蛇のツルの銀眼鏡。

ガラスの膜でその美しい瞳が隠せると思っているのだ。

陶器のように白い頬は、ぷっくりむくれてふくれている。

ゆるく肩口で編んで流した黒髪

ゆるりと着流した純白の聖衣、胸元にも光る二対の蛇。


「女なんて要らない!僕は一生部屋に閉じこもって生きる。山でもいい。科学と聖書があればいい…宇宙の真理と神の教えだけが僕の寄る辺。」


「エリオル、神だって人を愛するんだよ。お前が一番良く知っているだろう」

「エリオル、愛はいいぞ!お日様の下で魂を洗われるよう!!!」


恋人のローズを抱き寄せるのは第二王子のアクセルだ。楽し気にくるっと無意味に一回転

今日の王子様ルックは珍しく紅の衣装


違う!


鼻血で真っ赤に染まった衣装!


「グフっ、ローズ、今日も美しすぎる……!! 愛は素晴らしい、燃え尽きそうになるのが玉に傷だ……。」

「見苦しい!付き合ってられません」

くるっと三つ編みを翻して、ツカツカ広間から出ていくエリオル。たふたふたゆむ法衣


「あっ、どこへ行くエリオル、まだ話は終わっとらんぞ!」


「山にこもります。皆うるさいんだもん!」


「おい、待て、お前本当いい加減にしろ。山籠もりなんて許さんぞ!お前絶対生態系破壊するだろう!!!」

慌ててアクセルが追って廊下に飛び出す

間もなく捕まえて羽交い絞めにする。もみ合う美貌の王子二人


「離せ!ふんぬー!」

「けばっ!」


兄のみぞおちにエリオル快心の激重肘鉄が決まる!

非常に低次元な戦い


だっ


アクセルがひるんだ隙に、エリオルが脱兎のごとく逃げる!

「あっくそ逃した!な、なんであいつ引きこもりのくせにスペック高いんだ!?」


ゆるく編まれた三つ編みがふわっと角に消えて


どんっ


跳ね飛ばされてふっとんだ!

衝突した反動をもろに食らって倒れ伏す


ッカーン!

双蛇の銀眼鏡が床に弾けた


続いて


「ああっ、すみませんすみません!」


鈴のような声

人影が倒れ伏したエリオルに駆け寄る。手を取って助け起こす


「あの、すみません、だいじょうぶですか? ……あの、お手洗いってどちらかしら?この城ってとっても広いのね!」


短髪。揺れるプラチナブロンド。

紅の目。ルビーのよう

ふわふわ淡いグリーンの……ドレス

ドレス。

――女!


まっ、まずい……!!!


アクセルに戦慄が走る

……近年まれに見る急接近だ!!!しかも思い切り手まで握られてしまっている!


うわあうわあ、また絶叫して泣き喚いて面倒なことになるぞ……

もうこうなったらやれることは一つ。

耳をしっかりふさぐ


「あたた……」

身を起こしたエリオル顔を起こして……


ぴしっ


硬直する

まん丸に見開ききる瞳。目玉が落ちそう

長いまつげの毛先まですべてがぴんと張って

たちまち真っ赤に染まる白磁の頬


はくはくはくはく

ひたすら口から不思議な音が漏れる

あまりの不意打ち急接近に悲鳴も漏らせないようだ


「あの?」

少女がかがんで覗きこむ


瞬間、エリオルに総ての時間が戻る。

「―――……っ!!!!!!」


どざざざっ

凄まじい勢いで後ずさって


ごんっ!

壁に頭をぶつける。くらくらしながら手をばたばた。何度か錯誤してようやく掴む


壁際に活けられた大輪の百合と薔薇を


ずぼっ


花瓶から引っこ抜く

と、と、と。よろよろ前へ


ばふっ


膝まづいて花束を少女の眼前へ捧げる

見上げた瞳がキラキラ

少女の瞳を打ち抜かんばかりの熱視線


そう、その姿はまるで……まるで王子様……

お忘れかもしれないがエリオルは王子様である……


そして……

そして……


「僕と…………結婚してくださあい!!!!」


天まで揺るがす雄叫びがこだました


エリオル16才、秋!

出会って3秒のプロポーズであった


***


あのエリオルが女の子と目を合わせて会話してる!?

しかも、い、今なんて!?

結婚!?

あ、あのエリオルが求婚してる―――!?

さっきまで一生山に引きこもるって喚いてた人間が結婚―――!?

こいつ生活力あるのか!?


信じがたい光景に愕然とするアクセルとローズ

日頃のエリオルからあまりにかけ離れた光景に頭が追いつかない

思わず互いをしっかと抱きしめ、正気を確かめあう

ラブラブである


「エリオル、おま……おま……ちょ、おま……え?ドッキリ?」


あっけにとられてはくはくするアクセルを差し置いて優雅に微笑むエリオル


「僕の愛しい人、お名前は?」

「ユ、ユレカ…です…けど」

「ユレカ!なんて力強く美しい響きなんだ。君の名付け親は天才だね!」

潤んだ瞳でキラキラユレカの手を握る。手をとって唇を寄せる


「誰だお前は―――――――――!?!?!?!?!?!?」

「エリオルじゃない!!!この子絶対エリオルじゃないわ!!!!!」


ブンブン頭を振るアクセルとローズ。

もはやパニックに近い


もっとざわめいたのは通りすがりのメイドたち(第三王子をひっそり影から応援し隊)である!


「きゃーーーーっあのエリオル様が女に求愛したわ!」

「っきゃー!信じられない!見て、あの情熱的な眼差し!!!美麗かつイケメンかつ可愛いわ!」

「いやーーーっ私も抱いてー!」


ひっそりからがっつりにあっさり鞍替えして廊下になだれ込む


途端


「うわあああああーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


地獄の釜が開いたようなお馴染みの絶叫


宙を舞うバラと百合


「女怖い女怖い女怖い女怖い結婚…女怖い」


廊下の隅にうずくまってプルプル震える小動物エリオル

よし!通常運転だ!


「よかった!エリオルが正気に戻った!」

「アクセル!怖かった!私怖かったわ!!」

やや取り乱し気味のアクセルとローズ

よほど怖かったのか、勝気なローズの頬にポロポロ涙が伝う

固く抱きしめあって愛を確かめ合う


「えっ、えっ、えっ?お手洗い、えっ?」


なぜ、お手洗いの場所を尋ねただけでこんな大騒ぎに…?

いきなり怒涛の如く展開されたはちゃめちゃな光景に、この物語の主人公、ユレカはひたすら戸惑うしかないのであった


***


この世で一番不幸な女の子

愛する男に惨めに捨てられた女の子

間違いなくユレカはそれであった

少なくともあの角を曲がるまでは


「残念だけれど婚約は破棄させてもらうよ。」


がっつり浮気相手を抱きしめながら、愛する婚約者ナラヴァスは言った。


北の大国の第四王子ナラヴァス

アルバイトしていた居酒屋で、お忍びで来ていたナラヴァスに見初められて、あれよあれよと婚約。

東の超大国を表敬訪問。それが熱々の二人の最初の公務……のはずだった。


外遊初日にクローゼットを開けたら熱々の情事の真っ最中

そのままあれよとあれよと別れ話に突入である


浮気相手は…召使の子かあ。うん、可愛い。つくづく庶民好きなんだな。


「帰国まではこの想いを隠しておこうと思ったのに、少々開放的になりすぎてしまったな。この国に染まってしまったようだ。」


ふっ、とシルバーの髪をかき上げ、はだけた襟元を正す。その首筋がとても魅力的だと思っていたのだ……。知らない人みたい。ぼんやり眺める


「この公務が終わったら正式に婚約を破棄する。辛いなら舞踏会にも参加しなくていいよ。エリナと踊るから。ああそうだ、それなら…」

「!」

首元に伸びた指先を反射的に庇う


「婚約のしるしのチョーカーを返して」


嫌! それだけは……


「……舞踏会には出ます!出ますから、それまでは、婚約者でいてください…。」

「そう、それで君の気持ちの整理がつくなら。最後に踊ってあげよう。どうせ時間の無駄だけど。」

この世で最も愛しいと思った男は、他の可憐な女の頬を掬って……


見せつけるようにキス

どっぷりディープなやつだ。


「…っ!!!!」


ばんっ!!!


転がる様に廊下に飛び出す。


逃げだ。


これは無様な敗走。証拠に忍笑いが聞こえる。

喉が熱くてぎゅうっとしまる


どこか遠いところへ!逃げこみたくて真っ赤な廊下を泳ぐ


ああ、なんて豪奢な城なの。

ナラヴァスと出会わなければこんな夢のような光景は一生目にしなかった…。

なーんて、浮かれ切っていた。さっきまで!


何て惨め!


黄金も真紅の絨毯も滲んで溶ける…。


…っ!


世界中で一番惨めな女の子

空気に触れたくない。こぼれてしまうから

晒したくなくて必死で逃げ場を探す。


どんっ


「おっ、お手洗いはどこですか!?この城ってとっても広いのね……」



とっさに、顔を伏せて、ぶつかった青年の顔を見もせず尋ねた




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