閑話

エリオルのトラウマ ★


みんなニコニコ王宮一族の唯一の闇シリアスっぽい部分。それはエリオルの女嫌い……


「本当にエリオルの女嫌いは困ったわ」

王妃様が美しい眉根を寄せてため息をつく


一同が会して午後のお紅茶を楽しむ。今日の議題はエリオルだ。

雌雄反転ナノマシンを国中に散布しようとしてしこたま怒られた午前である



「どうしてこんな事になったのかしら、幼い頃は女の子が大好きだったのに……」


ちょんと顎に人差し指を当てて小首を傾げる王妃様。エリオルにしっかり受け継がれた黒髪がさらりと流れる。もちろんそのひと房は国王様がもぐもぐしている


「どの口が言えるんだ、母様……!」

わなわなと肩を震わせて、眼鏡が怒りに乱反射する

忌まわしい記憶がたちまち聡明な頭脳に嫌でも蘇る……



***


エリオルは目が良いねえ

みんなが僕の目を褒める

兄弟で一番目が良い

あのアンリ兄様よりも!


エリオルは賢いねえ

みんなが褒める

そうだぼくは賢い!


乾いた砂地に水がしみ込むように、たちまち知識を飲みつくしてしまう。



この先生も、あの先生の授業も。もうすべて吸い尽くしちゃった。早く新しい先生来ないかなあ。僕はいろんなことを知りたい。

どんな真理だって、ぼくの目と頭脳からは逃さない


「何て賢い子なの! もう教える事はないわ。これ以外は……」


思えば、3日で知識を奪い尽くされたカヴァネスの仕返しだったのかもしれない。

真っ白な大人の女の肌がエリオルに覆いかぶさる。

露わに剥けた胸元


あ、と思ったときにはもう遅くて。何が起こっているのかもわからなかった

気付いた時には、動物の様にしならせて声を上げる先生。


痺れていく脳


こんな先生の声知らない……! 知らない、知らない、こんなことご本には……。


「なにするの、やめてよ…!」

「気持ちよくなあい? 体は正直よ」

「!」


こんなこと知りたくない!

身体が竦んで動けない。ポロポロと涙が頬を転がって宙を舞う。長いまつげに粒となる。女の腰がとんと響いて、ころりと落ちていく。


「やめてよ……」

最後の呟きもむなしく零れ落ちて、エリオルは未知の痙攣に達した。必死で息をして、瞳から光が消える。涙だけが真珠のように煌めく


えぐえぐ


「やめてって言ったのに…!!!!」


突如、ドスの効いた声が響く

がっと、エリオルがカヴァネスの手首をつかむ。くるりと押し倒す。繋がったまま。押し出された白濁がくぷりと溢れる。押しつぶす。気にも留めない。快楽のまま腰を激しく打ち付ける


「ちょっ、まって、エリオル様、あああっ、そんなにされたらおかしく……っ」

慌ててつながりを解こうとするカヴァネス。しかしもう遅い

エリオルの耳には届かない。目をぎゅっとつむり、涙をぽろぽろこぼしながらひたすら快楽を追い求める。

何度も……

何度も何度も……


何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…………!


エリオルは理性が飛ぶと一番獣だった!


「おーいお前ら何やって……うおっ、なんじゃこりゃあ!?」


爛れた匂いの立ち込める部屋でアクセルが見たものは……

やり潰されてトロトロに崩れているカヴァネスと、部屋の隅で真っ白に燃え尽きてプルプル震えているエリオルであった……


「お……女の人怖い……」


エリオルが兄の腕にすがる


アクセルはしばし無言で部屋を見渡して……

「あっはっは、お前何言ってんだ? これだけ凄い事になってて! おまえ結構やるな!」


バシバシ弟の背を叩く。アクセルは理解がなかった!


エリオルは女嫌いになってしまったがさして誰も気にしなかった


この国の者はみなオープンで楽観的である

エリオル脱童貞おめでとうパーティまで開催される罰ゲーム


それどころか、アンリもアクセルも気兼ねなくエリオルの前で女遊びをする様になってしまった

隠されていた兄たちの一面は凄かった。


僕おかしいのかな?


アンリもアクセルも楽しんでいるけれど、僕は心にもない人に迫られるのは嫌だ

パーティから逃げ出して、噴水のほとりで涙にくれる


揺らめく水面に涙の波紋が落ちる


「大丈夫? エリオルくん……君はおかしくなんてないよ。突然びっくりしただろう。……災難だったね」


ポンと頭を撫でられて、優しい声がふわりと降りかかる。親しみのたっぷりこもった声

この声は……


「アスクレー様!」

ぴょこんと跳ね起きて振り返る

にこにこ。優しい目元が、お空の三日月よりも細く弧を描いている。


大司祭アスクレー様! 僕の大好きなアスクレー様!

お父様の旧知の忠臣。


「おいでエリオル」

アスクレーが腕を一杯広げる。ばふっと法衣の中に飛び込む

大司祭様がぎゅっとだきしめてくれる。


「さっき着いたんだ。暫く王都にいるから、これからは僕が君の先生だよ」

アスクレー様が!?

なかなか会えないのに!


嬉しい!


女は嫌い。人間も嫌い。でもアスクレー様は心の支え

腰まで流れる銀の長い三つ編み。この人に憧れて僕は髪を編んだ。輝く銀の髪までは真似出来なかったけれど……いつも濡れ羽色の僕の黒髪を美しいと梳ってくれる。


アスクレー様……



***


夢のような一月が過ぎた

アスクレーは教え上手で、ほめ上手で、どんなことでも知っていて……。

エリオルは嬉しくて嬉しくてどんどん知識を吸収した

そう、エリオルは一月でアスクレーの生涯に渡る研究を……


「完璧だ」

アスクレー様が困ったように目を細める

「エリオル、お父様も大変優秀だったけれど、君は遥かに優れている。もう教えることは無いよ」

「そんな……!」


そんな、嫌だ、もっとアスクレー様のお側に居たい!

アスクレーの細目がさらに糸の様に延びる

「今日からは、教え子としてではなく僕の友としてそばにいてくれるかい? 神を友とは恐れ多いかな」


「とんでもない! 喜んで!」

ぱっと花が咲くようにエリオルの顔がほころぶ。あまりの喜びで朱に染まった頬を、アスクレーが撫でた。さわりと冷たい指が心地よい。僕に触っていいのはアスクレー様だけ……


「!?」

蛇の舐めた痕がエリオルの瞳にちらと映った


「アスクレー様、そのお怪我は!?」

「……! な、何でもないよ、ちょっと薬物の扱いで失敗してしまってね……」

さっと手首を隠すアスクレー


嘘だ!


薬物の取り扱いミスで縄の跡が付くものか!

エリオルの優れた目が一瞬で捕らえたもの

爛れるほどの傷

誰かが、アスクレー様を脅している?

誰? 教会の者? アスクレー様には敵が多い


エリオルの心がスッと冷えていく。お父さま譲りの冷酷な心。

アスクレー様を傷つける者は僕が容赦しない


***


三日月が天に吊り下がる夜半


城の者誰もが眠りに落ち、静かな夜の底を銀の蛇が這う

人目を避けるように大司祭が地下へと降りていく

猫の様に足音を消して、エリオルの影が続く

灯火などいらない。エリオルの目はどこまでも見通せるのだから


キイ……


アスクレーが扉の奥へと消えた。


扉にぴたりと額を寄せて決定的な証拠を待つ

細い月光に浮かぶ少年の吐息、瞳に落ちた長い睫毛の影まで美しい

だが、それを見る者はいない


そしてしばらくして……聞こえてくる男の苦悶の声。お昼に僕に優しく語り掛けてくれた、あの声が、今は苦し気に絞られている



誰が聞き間違えるものか! アスクレー様の、苦しそうなうめき声!

この扉の向こうでアスクレー様が脅されている!


現場を捕らえた! 言い逃れはできないぞ!

誰一人見逃すまい!

エリオルはかっと瞳を見開いて押し入った!


「アスクレー様!今助けま……」


もうこれ以上見開けまいと思った瞳がさらにまん丸に開く

エリオルの時がとまった

時間が宇宙の果てで引き伸ばされるというのならば、ここは今確かに宇宙の果てであった


「あ、アスクレーさ、ま……?」


どっと噴出した汗が顎からこぼれ落ちる


燃え盛る松明が凄惨な現場をあぶり出した


縛って吊るされて鞭打たれている無残なアスクレー

だが何か様子がおかしい


アスクレー様のお顔を踏んづけてぶっているのは…


お父様……!?


それに……、えーっ


お母様!?


鞭を持っているのは……アスクレーの奥様!?!?


「あわわ……」


みんな裸だ、いや、裸よりもいやらしい衣装。ハイヒール。ムチ、ローソク…


それに、何より信じ難いのは、アスクレー様のお顔に浮かんだ見たことのない恍惚の表情……


「うわーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」



嗚呼、この惨状をどう説明すれば良いだろう。筆舌に尽くしがたい。

そう、エリオルは、とってもハードなSMプレイに遭遇してしまったのだ…

しかも、よりによって、親の……



***



「いや、だって、まさか、息子が押し入ってくるなんてなあ……。」

ずずーっと茶をすする国王

「だーれも悪くないよね。ただちょっとみんな、性に奔放で正直だっただけさ」

全く悪びれていない大司祭様


「開けっぴろげすぎなんだよ。親が子作りするときは鍵は閉めとけよ……エリオルも、親のちょっと冒険したセックス見たくらいでガタガタ言うなよ。親が仲良くて言うことなしだろ」


「ううう、そんな事よりも、アスクレー様が豚のように縛られて鞭打たれていた姿が目に焼き付いて離れないんだ」


「いやだなあ、僕はあれで悦んでいたんだよ!」


「それが嫌なんだー! 僕の清潔で完璧なアスクレー様を返せー! あんな、節操なく豚のように縛られて!」


「失礼だな、僕だって縛られる相手は選ぶよ! 忠誠を誓った国王様にだからこそ気持ちよおーく縛られてだね、あっ、ちなみに僕が一番縛られたいのはエリオルだからね、いっつも君を見てハアハアしてるから。君を色んな意味で教え導く事こそが僕の永遠のライフワーク……」


「やめろ! それ以上頭のおかしいロジックを展開するなー! うわー!」

ぶんぶんと頭を振るエリオル。べちべちと三つ編みが己を打つ


「ううう、この国で僕だけがまともで繊細だ」

「断言してやるがおまえはまともじゃない」

きっぱり断じるアクセル


「エリオル、僕のことを嫌いになったかい?」

アスクレーがエリオルに問いかける。糸目がほんのちょっと垂れている。少し寂しそうな微笑みだ

「……。」

エリオルは暫く逡巡していたが


ひしっ!


ぎゅっと目を瞑るとアスクレーにくっついた! ぎゅうと裾をにぎりしめる



「「「なんでだーーーー!?」」」


「こいつの論理が一番破綻してる!」




エリオルはなぜかますます女嫌いになってしまった


まあ、ほっとけばそのうち治るだろう


楽天的な王族一家であった





何もかも見えてしまうこの瞳が憎い


何も見えなくなればいいのに


そうだ、ガラスの膜で世界を覆い隠してしまおう


真実ほど僕は見たくない

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