薔薇の下の真実

帰りはちゃんと馬だった。



白馬の騎士団が荒野を進む


「アクセルのバカ。なによ。あんな男…。」


いきなり攫われて酷い目にあった

解放されてせいせいしている。


はずなのに…


お腹が空いたみたいに胸がスカスカだ

大嘘付きのアクセル。しつこいアクセル。変てこなお歌が好きなアクセル。笑顔が世界一不敵なアクセル


笑顔の裏に何を隠していたの?



―― 一人で踊って楽しいですか

――お前となら楽しかったな。



私も


私もアクセルと踊って楽しかった…


ああ、そうか


星の流れる瞳に捕らえられて

一目で恋に落ちていたのは私の方…



うわあああああ!!!


驚愕の事実に思い至ったローズの悶え声ではない。騎士団の先頭が崩れる。



「な、何!?」


慌てて馬車から身を乗り出したローズを黒い影が覆う



大地に落ちた巨大な影

巨大な翼。


ぱたぱたと雫が頬に落ちる


ローズの頭上に迫った巨大生物の涎…


本の挿絵で見たことがある


その恐ろしい怪物の名は…





***


ひゅう……


どこか悲しげな風の音で目が覚めた


「動かない方が良いぞ。へへ、ざくろのようになりたくなければな。お嬢さん」


しゃがれた野太い声が響く


「……!?……!!!!」


眼下に広がるパノラマに一気に血の気が引く


ローズは巨大な竜の背中に乗って、遥か雲の上を飛んでいた。


後ろ手に縛られている


遥かに黒点が揺らめく


空気が痛いほどに冷たい。


毛むくじゃらの男が一人、手綱を引いている


「あの王子サマに気に入られたのが運の尽きだな…飛龍盗賊団を壊滅させた、憎いあの小僧から身代金をたんまりいただこう。ま、無事に返してやるとは保証しないがな」


男が下卑た笑いを浮かべて刃を舐める


「へへ、たっぷり可愛がってやる。あのお美しい王子様がお顔をぐちゃぐちゃに歪ませて、悔しがるようにな…」


お生憎様。アクセルは露ほども悲しまないわ。

どんなに抱いてもひとかけらの情もわかないんですって。


恐怖よりも皮肉めいた可笑しさが先にたつ


視界がぼやけて溶ける


溢れた涙に黒い鳥が映る


うん?


違う、鳥じゃないわ!


猛烈なスピードで何か飛んでくる!!!


鉄の鳥!


バラバラバラバラバラバラ!!!!!


巨大な鉄の翼。二翼の翼に風車が回っている。

凄まじい轟音をたてて猛スピードで迫りくる


陽光に輝く操縦席にアクセルが噛り付いている。


『おい貴様! 死よりも痛い目に遭いたくなければ、ローズに指先ひとつ触れるな!!!』


えええええっ!?


ものすごい大音響がわんわん大空を揺らす


『あー。貴様は包囲されている! 無駄な抵抗はやめてとっとと投降する様に! 繰り返す…』


地上を見下ろすと王族搭載ぎゅう詰めの車が疾走している



「うわあーーーーっ!怪物王子め!!!」


男が腰を抜かす


ア、アクセル!?何で!?もう二度と会えないと思っていたのに。 っていうか飛んでる。まさか、昨日空が飛びたければ飛ぼうとか言ってたけどあれ本気だったの? あれに載せる気だったの?


『はははは! ローーーズ!!!! 3日で返してやるとは言ったが追いかけないとは言っていない。一言も言っていない!俺は割としつこいぞ!!!地の果てでも追って行く! 手始めにめちゃくちゃカッコよく助けてやるからな! 惚れ直す様に!』


『本当は息ができなくなって取り乱してごろごろ転がってたくせに…』


エリオルの野次通信が入る


『う、うるさいっ今取り込み中だ!』


『ごめん緊急事態、ネジ一本はめ忘れてた。……割とマジでごめん…』


『うううううー! これだからエリオルの実験機は嫌なんだ!!!』


アクセルの悲鳴も巻き込んで、たちまち翼からもくもく黒煙が上がる



『ちなみに竜というのは古代文明の実験で復元されたジュラ紀の翼竜の遺伝子改変種で……』



誰も聞いていない通信はそこで途絶えた




ばーーーーーーーーん!!!!





鉄の鳥が弾け飛ぶ


「アクセル!」


叫んだローズのクリスタルが煌めく

爆炎の中がチカッと光った

片割れのクリスタル


アクセルの艶めく黒髪をしっかり飾っている


凄まじい爆風の中から白い衣が躍り出て体をひねり、竜の尾に食らいつく


「エリオル、まじ、吐くまでくすぐり地獄の刑!」

煤けた顔で元気よく叫ぶ


「うわあああ! 振り落とせ!!!!」


賊が慌てて鞭を打つ。悲鳴を上げて悶える様に竜がうねる。しかしアクセルは気にせずぐいぐい登る。


「あいつ竜をあんな使い方して!」

地上のエリオルが激昂する


「アクセル、叩きのめせー!」


「どちらが勝つか賭けようよ」


「それじゃ賭けにならないわ」


『アクセルお兄様頑張れー!』


「えーい、いっぺんに騒ぐな!誰が誰やらわからん」


地上からやんやの野次が飛ぶ



「今投降するならちゃんと法で裁いてやるぞ」

尾を登りつめ、背に飛び移ったアクセルが瞳をギラつかせる。


「痛い死に方をしたくなければローズを離せ」


「く、来るな化け物!」

ギラリと冷たい刃を首筋に当てられる


「くそ…っ」

アクセルが動きを止める


「この女の命が惜しければ、瞬き一つするな…。ひひ、武器を捨てろ」


「……下衆が」


アクセルがゆっくりと剣を放る。

なんで抵抗しないの!?

ああ、私のせいか…

私のため!?


「アクセル、構わず討って! 私なんかに構わないで! 足手纏いなんてごめんだわ!」


「ばかもの。惚れた女に怪我させられるか!」


「はっ、いい男じゃないか! 怪物でも女を気遣うとは可笑しい!気持ちがいいなあ!」

刃を握ったまま、男がローズを抱く。もう片方の手で、銃を構える


バンバンバンバンバン!


思わずローズは目を逸らした


幾筋もの鉛玉がアクセルの身体を貫く


「ぐっ……!!!!」


純白の衣に血の薔薇が咲く


しかしアクセルは身じろぎしない


暁の瞳でじっと男を見据えている


瞬き一つしない


漆黒の炎が燃えている


「ひっ……お前……何だ、何だその目は!! 気にくわない! そ、そうだ、目を、目を潰してやる!!!」


男が震える手で銃を構える


刹那


キィン!!!!


「ぐあっ」


悲鳴をあげたのは男の方だった

まっすぐ正確に、長い矢が男の手を貫いている


ふっと体が軽くなる。咄嗟にもがき逃れて倒れ臥す。


みやると、遥けき地上、豆粒大に矢をつがえた…


「兄貴!」


アクセルが破顔する


うそでしょ、この距離を穿ったの!?


「やっちまえー!」

エリオルがぴょんぴょん跳ねている


アクセルが拳を握り締める

「月までぶっ飛ばされる用意はいいな? 三秒待ってやる」


「まっ、待て…!」


アクセルは待たなかった。


「絶滅危惧種と女には、優しくしろ!」



***



ふわりと竜が舞い降りる。揺るがない大地を確かめる。

拘束具を解かれた竜が、感謝する様に旋回すると山峯に消えていく


「ローズ、怖い思いをさせてすまなかった…。怪我はないか?」


かすり傷ひとつない


「良かった……本当に良かった」


「アクセル……泣いているの?」


「泣いてない」


ボロボロ泣いている。

ローズの膝に抱かれて。


瞳が潤んで星がポロポロ頬に溢れる


「ローズが死んでしまうかと思ったら、物凄く怖かった。生まれて初めて恐怖を感じた。本当にゾッとしたんだ。ローズ……、もう、一時も離したくない…」


「アクセル聞いて…私、私ね、アクセルのことが嫌いじゃないかも…。私の事、踊り子として置いてくれないかな?」


「もちろん! 毎晩踊りに行くよ」


くしゃりと笑って、アクセルの手がそっとローズの頬を撫でる


少しためらって、かじりつく様にキスする


甘い口づけを受け入れる





「うっ……生まれる、かも……!!!」

リリーがお腹を抱えて呻く



えーーーーっ



どよめきが走る


「孫か!?孫が生まれるのか?」


「うわー!早く帰らないと!ひっひっふー!」


『アンリがやってどうすんの』


「おい! アクセルの呼吸が止まってるんだけど!」


「きゃーーーっ!アクセルしっかりして!」


「今はそれどころじゃない!!!」



マメコバチの巣をひっくり返したような大騒ぎが、どこまでも高い大空に吸い込まれていった



***



「王家の血脈は容姿やフェロモンによって遺伝子を判別する。最適の遺伝子だと判断し、恋に落ちれば脳からエンドルフィン、ドーパミン、ハピネスホルモンもろもろが分泌されて盲目的な恋に落ちる。僕が思うに、アクセルの場合は濃厚な粘膜接触、つまりキスによって情報が伝達され、遅れて脳に変異をもたらしたんじゃないかな」


真っ白な部屋でエリオルが検査結果を分析する


「な、何を言っているのかよくわからないわ……」


「要するにアクセルは自分の恋心に、ものすごーく鈍感だったって事だよ」

エリオルが人差し指を立てて笑う


「アクセル、両想いおめでとう。」


「なんか俺、毎回物凄―く痛い目に遭ってないか?」


「怪我をできるのも幸運のうちだ。私がお前と同じ生き方したら千回は死んでる」

アンリがアクセルの頭を撫でる


『アクセルお兄様は兄弟一頑丈だからね』


ふやあふやあ


隣の部屋から生まれたての赤子の声がする


「あーい! いまパパが行きまちゅからねェ!」


さっとアンリが身を翻して駆けだす。遅れて王族ベイビー親衛隊(隊長アンリ)がぞろぞろと続く。初めての女の子にみんなメロメロだ

意味ありげな含み笑いを残して、最後にエリオルが消えた


二人きりとなる


「くそ。いいな。俺も赤子を抱きたい……」

アクセルが物欲しげに眉を下げる


「絶対安静ですよ。少しの我慢です。王族のお方は怪我の治りがとても速いんでしょう?」


「今すぐかき抱けなければ意味がない。抱きしめたいのは赤子だけじゃない。ローズ、こちらの方は少しだって我慢できないな。」


情熱を一杯に湛えた瞳に射貫かれる。いたずらで不敵な笑み


けれど耳の裏まで真っ赤な事に、ローズは気づいていない

歓びをかみ殺してねだる


「キスしておくれ。ローズから。俺は絶対安静なんだろう?」 


あーっ。もう、今日何度目だろう!

隙さえあればこれだ!

ずっと握ったまま手を離してくれない



「あたりまえだ。早く。ローズのキスがないと絶命してしまうよ。優しいキスをおくれ。女神さま」


何が優しいキスだ。快楽の海に引きずり込むくせに


だけどしたくてたまらない

この目がいけない。この瞳にやられたのだ


ええい、覚悟を決める


真っ白な部屋に燃える様な情熱のキスが咲く



***



夜まで待てない狼が間昼間から薔薇を食べる


真っ赤な薔薇、情熱の薔薇。


恍惚の中で幸せそうなアクセルの声が響く


嘘偽りのない真のこころ



「愛してるよ。ローズ、君が望むなら何だって、どこへでも……ああ、なんてこと! 君は薔薇より美しい!」













うっかり冗談で月に行きたいと言ってしまい、大発奮したエリオルに酷い目にあわされるのは、かなりだいぶ別のお話し

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