私だって白馬の王子様に憧れた時期がありました

でもそれは子供の頃のお話し


「ん……」


真っ赤な薔薇が日差を浴びて揺れる

窓から差し込む日差しが柔らかい

砂漠とは大違いだ

太陽が高い


お昼近くまで眠りこけてしまったようだ


バラが取り替えられている


どざざざざ


せっせとアクセルが新鮮なバラを撒いている



「ああ、世界中のバラの粋を集めたって君の瞬き一つにも叶わない」


「こんなアホなことの為に摘まれた薔薇がかわいそう……」


「君のつま先を飾れて薔薇冥利に尽きるだろう」


アクセルがローズの土踏まずを包み込んでつま先にキスする


げし


「発情しないと生きてけないんですか」


「愛情表現だ。俺の恋慕は燃え盛っているのだから、小まめに発散していかんと!」


アクセルがパチンと指を鳴らす

瞬く間にところ狭しと並べられる超豪華フルコース。卵料理だけでも20種くらいある

「昼飯になってしまったな。」

見事に磨き上げられた銀匙を寄越して笑う


「ほれ、あーん」


しないですよ


「ちっ。まあよい。食い終わったら出かけるぞ!」


「どこに?」


「もちろん海だ」


鉄板ステーキをじゅうと切りながらアクセル


「昨日見たいと言っていただろう。デートのおねだりとは愛いやつめ」



***



移動手段は馬ですらなかった


生き物ですらなかった


流線的なフォルム。それは鋼の…


「なにこれ」


「車だが?」


鍵をチャラチャラ空中で弄んでいるアクセル


アクセルが車の扉を開けて傅く


「ローズ、君が望むなら何処へでも」

艶な目元が笑う


***



馬よりも何倍も早い不思議な「車」にのって、崖道を疾走する


ドライブというらしい


はたはたと髪をうって流れる景色



「君がいなければ、澄み切った空の高さも、鳥の名も知らぬまま


君と見ればどんな世界もバラ色


どんなに煌めく宝石も、君がいらないなら石ころと同じ


ああ。ローズラブー」



またアクセルが変てこりんな歌を歌っている



どうやら上機嫌なとき歌いだすようだ


王都が遠ざかり、トンネルを抜けるとさあっと海が広がる

海鳥が飛ぶ


砂煙を立てて車が止まる

おそるおそる、波打ちぎわをぎゅむっと踏みしめる。


海!


夢にまで見た海!

本当に私の瞳と同じ色

オアシスなど比べ物にならない!途方もなく、どこまでも水!


試しに舐めてみるととっても塩辛い。しゅわしゅわと弾ける冷たい波。海風が頬をなぶる


足跡がすぐに波間に消える


否応無しに気持ちが高ぶって、パシャパシャ駆け出してしまう


「あはは! 海! 海だわ! 嘘みたい!どうしよう」


「叫べ!」


「アクセルのアホー!」


「ローズ! 愛してるぞー!」


青空の下、ローズは生まれて初めての海を全力で堪能した


衣をたくし上げてひざ下までざぶざぶ踏み出して見たり

水しぶきを掛け合ったり、どこまでも砂浜を歩いたり


「危ない」


大きな潮にすくわれそうになったローズをアクセルが受け止める


「かすり傷一つつくることも俺は許さないよ」


「アクセルはお父様より大げさだわ!」


浜辺に寄り添って腰掛ける


「お前昨日の神話聞いとらんかったのか? ローズにかすり傷一つつくだけで俺は狂いそうになる。」


「よくわかりませんでした」


「うーむ、そういえばあの双子肝心のところはぼかしてたな。いらぬ気遣いを…。まあいい、難しいこと置いといて要するに俺たち王家の血脈は宿命の恋をするのだ」


「宿命の恋?」


「そう、宿命の恋。血に定められた恋。俺たち王家の人間は世界中から、たった一人、これと定めた女を抱いて命がけで生きる。一目見ただけで永遠の恋に落ちるのだ。他の女ではダメ。どれだけ抱いてもひとかけらの情もわかない。悲しくなるほどに…。」


ふっとアクセルが遠くを見る


手元の貝殻を弄ぶ


「そして、宿命の女に一生翻弄される。それすら叶わない時もある。恋が実らなければ死んでしまうのだから。古代の神が焦がれ死んだようにな。あの兄貴でさえ…。あのマメフグ女のいいなりだ。忌々しい。マジで忌々しい…」


ガリッと手を握る。握りつぶされた貝殻がサラサラと砂になってこぼれ落ちる


一目見ただけで…


星空の瞳に射抜かれた出会いを思い出す


恋が実らなければ……



「お兄さんが好きなのね?」

とっさに話題を変える



「兄貴は偉大だ! 兄貴ほどいい男はいない!」

アクセルがパッと顔を輝かす。


「…そ、そこまでかしら? 確かに不思議な美貌の人だけれど…。…アクセルの方が麗しいと思うわ。少なくとも顔は」

少なくともあのとろけきってヘニョヘニョにのろけている顔よりは凛々しいと思う


「へ!?」

錬金術に成功した魔術師のような驚愕の顔を浮かべるアクセル


えっ、そんなに驚くことかしら…?


「そ、そんなことは初めて言われたな、へへ」


えっ、照れてる!?

あんな歯の浮くセリフをスラスラ吐くこの男が、耳たぶまで真っ赤ではにかんでいる

アクセルがくしゃっと笑う。泣き顔のように見えたのはなぜだろう


「お前、いい女だな」

上ずった声

な、なんだろう、今までの褒め言葉とは違う気がする


二人の頬が夕日に染まる


キラキラとアクセルの瞳に星が灯る

水平線に一面金粉をまぶしたよう

波打ち際がダイアモンドのように輝く


「ローズ。」


アクセルが左耳の首飾りを外す。ローズの手に載せる


「受け取ってくれ」


夕陽に煌めいて、砕け散らんばかりに輝く大粒のクリスタル


「これは?」


「この石ころは、俺がこれはと決めた女に渡そうと持っていたものだ。ガキの頃から大事にな」


石ころなんてもんじゃないわ。さすがに私だってわかる


「どんな宝石も君がいらないと言えば石ころと同じ。どうか受け取ってくれ」


アクセルがローズを見つめて微笑む。クリスタルと同じ瞳


右耳にアクセルの指がそっととまって、耳飾りをあしらわれる。クリスタルが揺れる。重みに耳たぶが落ちる。


「ローズ、君が望むならなんだって叶えよう。なんだって、何処へだって。空が飛びたいというなら飛ぼう。君の喜びは俺の喜び。一緒にどこへでも行こう。」


沈みきった夕日の残滓が星空と混ざる



波のさざめきと溶けて、ローズの胸の音もわからない



アクセルの右耳のクリスタルが鋭く輝いた


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