愛の宴

愛の宴は結構うるさかった


「お前の為に歌を作ってやったぞ、ひれ伏して鼓膜を打ち震わせて聞けー!」


アクセルがギターをかき鳴らす


指の動きが見えないほどの超絶技巧、凄まじいバリトン

人間離れしたビブラートに窓がバリバリ言っている

どんな女だって腰砕けだろう

変な歌詞でなければ


「お前と出会って世界の全てが変わった。お前と出会う前の世界灰色。でもお前の瞳の色藍色。俺のハートは愛色。愛は百合、薔薇、ラベンダー。世界中の全てが彩り豊かに息つく。むしろ息が詰まる。

あ、やべこれは心不全だ。おちつけー。焦るなー。まだ焦る時間じゃない。深夜だ…。」



「ここまでまっすぐバカな歌を初めて聞きました……」


「あれー弾き語りの方が良かったかなー? よーし、いまから凱旋門ライブに雪崩れ込んで衆目に広く我が心を聞き知らしめんぞ。お前はちょっと離れた物陰から熱視線を送る恋人ポジションをくれてやる!」

「やめてくださいどんだけ痛い青春の黒歴史エキスを抽出すれば気がすむんですか!」


まともな歌を歌えば世界一だろうに残念極まりない


「ああローズ、怒った顔も素敵だな。偉大なる女神の荘厳な膝下に傅いたようだ。」

「怒った顔しか見せた覚えがありません。わたしは158センチより膨張も収縮もしません。等身大の私を見てくれる人がいいんでお帰り下さい」


「そうはいかない」


ごとん。


ギターが床に転がる。アクセルがローズの手首をつかむ。


ふわっとローズの身体が宙に浮いて、柔らかなベッドに着地する。


ここからは二人きりの愛の宴……


こっ、これはまずい、これはあれでは!? 清らかな乙女が野獣に食べられてしまうと言う、わりと世界ではポピュラーな、しかし自分の身に降りかかるとなるとかなり危機的な状況では!?


アクセルがローズを見下ろす 


煌めく星空の瞳

満天の星に竦んで動けない


卑怯だ

どうして、こんなに美しいのかしら


「勘違いするな。俺は紳士だ」


アクセルが不遜に言う


「へ?」


「俺は決して手荒に女を抱きはせん! 親父の失敗談を散々聞いて育ったからな! この! 状況でも! 俺は決して理性を吹き飛ばして惚れた女に嫌われるような真似はせん! 俺の親父は我を忘れて途方もない失敗をした。手荒なことをしてすれ違いを繰り返した。なんと愚かな。俺はもっとスムーズかつスマートにお前をさらっただろう?ああっ、お前の父親の前でのそつのないご挨拶!俺がパーフェクツな紳士であることを感謝しろよ…あり? お前なんで裸なんだ?」


そう高飛車に言いながらアクセルは鮮やかな手さばきでローズをベッドに押し倒して服を剥いだ


言っている事とやっていることが全然違った


「うわー! 何するんですか!!!」


「あれ? おかしいな、身体が勝手に……。……ローズ、何ていい香なんだ。おいしそうだな……滑らかな肌だ……」


魂が抜けたようにうっとりとアクセルが呟いてローズを掻き抱く……

切なげな顔が近づいてきて……ローズの頬に唇を寄せる。耳をはむ。


「はうーーー!!!?」


うわー!

舐めるな齧るな吸いつくなー!!!!んんんぅ!!!?な、なんか身体がじんじんするー!!!……逃げたいのに、力が抜けて抵抗できない!うまい! 誰かと比べたことはないけれど、たぶん物凄くキスがうまい!!!キスをされたところが熱い!頭が真っ白になる……


「流石熱砂の民だな…情熱的で快楽に従順だ……」

蕩けた声が響いて、いっそうキスが濃くなる


「口づけは最後に取っておこう……」


火のように熱いキスがローズの身体を炙る。

女らしい体の曲線に沿って、耳の裏から頬、うなじ、横腹をツッと舌が這って、臍へ。腰骨を食み、何度もキスをし、更に下へ……。太ももを甘く齧るように深くキス、そして……


「うわーーーー!!!! でていけ!!!!」


ばん!!!


咄嗟にアクセルをたたき出して扉を閉める

がちゃん!!

急いで鍵を施錠する

「はあはあ、あぶなかった……!!!」


今ちょっと自分でも知らない未知の扉を開きかけた。恐ろしい男だ。

何とか服を纏い、へにゃりと脱力する


「叩きだすことはないだろう。」


「うわー!!!!」


星空のバルコニーから声が響いて、窓からアクセルの顔が覗く。え!? ここ物凄い標高の部屋だったわよね? 景色が雄大だったもの。 この壁をよじ登ったの? 落ちたら砕け散るなんてものじゃなくて破片も残らないわよ。砕け散ればよかったのに。


「しつこいわね!!!」

叩き落そうとぐいぐい顔を押す


「当たり前だ、三日しかないのだから割と焦っている」

ぐぐぐと押し入るアクセル。


「ローズ、マジで悪かった。本当にごめん。もう絶対に不埒な真似はしないから。舞い上がってしまった。僕は2夜しかチャンスが無いんだよ! お願いだから傍に居させて。一秒でも君の傍に居たい。指一本触れないから同じ部屋の空気を吸わせて」


弱弱しくしゅんとするアクセル。ベッドに正座してシーツを指でいじいじやっている。

心なしか艶めく黒髪もしおれている。


弱った動物にローズは弱かった。


「し、しかたないわね……」

「よっしゃー!」


ガッツポーズしてプルプル震えるアクセル。アクセルはローズにキスしたいがプルプル耐えている!


「そうと決まれば、添い寝してやる。ちこうよれ。苦しゅうない」

肩肘ついておいでおいでとするアクセル


仕方がないので最大限警戒しつつベッドの隅に滑り込む。うう、こんな豪華な宮殿で美形王子の涅槃に付き合わされるなんて、とんだ千夜一夜抄だ。


まあ、私は三夜もしないうちに帰りますけどね


「恥ずかしがることはない。これから一生同じベッド寝眠るのだから」

「あなたってすごーく遊んでるでしょう。あなたの嫁になったら物凄く泣かされそうな気がします……」


「失礼な! 俺はぜーーーーーったい、浮気せん!!! そのために遊び倒してきた! 身を固めるからには世界一誠実な夫となることを誓おう。浮気して張り倒された兄貴よりもだ!」

あのお兄さん浮気したのか……誠実そうに見えるのに意外だ


「ねえ、アクセルって旅をしていたんでしょう?たしか世界中の女を食い尽くす旅とか……」

「違う、花嫁探しの旅だ。世界にたった一人、宿命の女を探していたんだ。まあついでに世界中の女の顔も覚えたが」

「ふーん?どんな旅だったの 寝物語に教えてよ。」


「ガキが憧れる冒険はあらかた総なめしたな。海賊王もやったし国を救ったりもした」


「じゃあ、アクセルは海を見たことがあるのね? みんなが私の瞳を海の目だというけど、本物の海を見たことないのよ。どこまで見渡しても砂の海……!」

「もちろん。七つの海をまたにかけたさ。氷山の荒れ狂う海も、珊瑚礁の海も、サメの海も」


低くて穏やかな声。


アクセルが旅の話を始める。優しく囁くように。子供の寝物語の様に


落ちつく声だ。暖かく包まれるよう

一日の疲れがどっとでて、急速に眠りの波が押し寄せる


「旅の王子様がある海辺の町を訪れました。けれどその街の人々はみな暗い顔をして泣いておりました。そしてなにより、一人も若い娘がいないのです! なんと、恐ろしい盗賊が根こそぎ攫っていってしまったというではありませんか。可愛い女の子がいないことに激怒した王子は……違う、悪を許さぬ美しい心の王子は……」


ぼんやりと意識がほどけていく


柔らかな髪をくしけずられている。暖かくて心地よい。おでこをついばまれているが眠くて抗えない…指一本も触れぬと言ったのに嘘吐きだ……。眠りの水面をたゆたいながら、心地よいキスを無抵抗に感じている……


花びらが沈むように


ローズの意識はゆっくりと眠りの水底へと落ちていった……



こうして人生で一番大変なことがぎゅうぎゅう詰めにつまったローズの一日がやっと終わったのだった

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