君は薔薇より美しい
突然、王子様に掻っ攫われました
突然、王子様にかっ攫われました。
「ぶはぁっ!?」
目を覚ましてまず飛び込んできたのは真っ赤な天蓋。
それからおそろしく滑らかなリネンの肌触り。
そしてなにより気になるのは床一面余すことなく敷き詰められた……
薔薇薔薇薔薇。
咳き込みそうなほどの甘い香り。血の海のような薔薇
「こ、ここは…?!てか、すずしっ!!!」
繻子織の羽衣をぎゅっと体に纏う
しかしそれにしてもめちゃくちゃ豪華な部屋だ。
調度品のすべてが黄金に輝いている。
匠の意匠が余すことなく施され、ため息の洩れぬものは無い。
あらゆる家具に宝石が散りばめられている。
深紅のカーテン。薔薇を象ったシャンデリア。
「起きたかいマイスイートハニー!!!」
ばーんと金縁の巨大な扉が開く
満面の笑みの青年が姿を現す
もんのすごっい美形だ
「ああ、瞼を開けた君はなんて美しいんだ! 今日からここが俺たちの愛の巣だよ!!! さあおいで! キスしてあげよう。この俺様が直々に! どうだありがたいだろう! はははは。早くこないと襲うぞ」
なんだこの、美形なのにうるさい人は!?
美青年が両手いっぱいに抱えたバラの花束を放る。
ベッドの上に薔薇の爆弾が弾け散る。
暁の瞳が私を射抜く。夜明けの星空の様に美しい瞳。
その瞳はうっとりと私をロック・オン
宝石のような瞳に見惚れていて、青年が身を寄せた事にも気づかなかった。
気が付けば、お互いの瞬きすら聞こえそうな距離
あ、と思う間もなくベッドに押し倒される
薬指の長い手のひらがきゅっと、ローズの指に絡む
熱い吐息にうなじを炙られる。
いや、はうっ、吐息じゃない!
なめられてる!
犬かこいつはー!?
「ああ、愛している……! 君は薔薇より美しい!!!」
女の欲望を知り尽くした、低い美声。
うっとりと青年が首筋に顔を埋める、髪の香りを嗅ぐ。のしかかる。熱い胸板が私の柔らかな膨らみを潰す。
薔薇の海に身が沈む。ベッドがギシっと軋む。
背中にしっとりと濡れた花びらの感触がする
ちょっ、ちょ、ちょっとまってーー!
待ってください!! わけが、わけがわからないです!!!神様!
一体なぜこんなことに…
なぜ……なぜ……
必死に記憶を辿る
***
富も貧も分け隔てなく平等に、じりじりと焼け付く太陽が降り注ぐ
ここは情熱の国、熱砂の国
「ローズ、ローズ、ロザリンド、ロズ、愛しい私の娘!」
「お父様、名前をもじらないで。ローズは一人だけですわ。」
葉露のこぼれる音まで掬う、ローズの優れた耳へ、父の呼ぶ声が届く
熱砂の国の偉大なる王がローズへ駆け寄る
「ローズよ、今日も城下へ踊りに行くのかい? 気を付けるのだぞ、仮にもお前は姫なのだからな」
「大丈夫よ。この国の人は皆優しいわ。我が国の民を信用なさいませ」
「ああ、愛しいローズ。お前に危害を加えるものは赦さない。即刻打ち首にしてくれる。悪い虫はいぶりごろしてやる。海の様な深い瞳、薔薇のつぼみの様に美しいローズ……」
「お父様は大げさですわ」
ローズが笑う。腰まで届く薄紅色の三つ編みが揺れる
しかし悪い虫が付いたのだ……それもとびきり、世界一の……
***
熱気に満ちた市場
町中に点々と白い花が咲いている。百合の花
なんと今年は砂漠にまで百合が咲いているらしい。
何の奇跡かと人々が噂している。
刺すような日差しをものともせず咲き誇っている
「こ、こんなところにまで百合が……悪夢だ……」
忌々し気なうめき声が響く。
可憐な花を愛でるとは思えぬ怨嗟のこもった声
みやると擦り切れたフードを纏った男が忌々し気に百合をびょんびょん弾いている。
旅の男だろう。
砂漠の国には珍しくもない光景だ
しかしそれにしても酷く疲れているようだ。
路傍に身を預けてぐったりとしている。
この酷暑なら仕方がない。慣れぬものにはつらいだろう
「旅のお方、さぞお渇きになられているでしょう、どうぞ喉を潤してくださいませ」
思わずローズは冷たい井戸の水を汲んで差し出してやる。
陽の光を浴びてキラッと滴が輝いた
驚いたように男が少し顔を上げる。
まだ若そうな青年だ
だがフードを目深にかぶっており表情を窺い知ることはできない
キラリと、フードが揺れて射る様な眼光が煌めいた
あっと、ローズは声をあげそうになった。
吸い込まれそうなほど美しい瞳。
夜明けの星空の様な一面の紫
美しい瞳に星が流れた
「…………た。」
男が小さく呟く
「え?」
ガッと青年が杯を掴んだ
物も言わずに一気にあおる。がぶがぶと喉ぼとけが上下する。
艶めく唇を拭って立ち上がる。衣が滑り落ち、隠されたおもてが露わとなる
今度こそローズは声をあげた
凄まじい美丈夫
キラキラと太陽に艶めく黒髪。神さまが定規で測りつくしたように整った鼻梁。
時間を止めてしまいそうな美しい顔立ち。
異国の王子のような純白の衣をまとっているが、暑いのか胸まではだけている。彫刻の様な肉体美。
男でも卒倒しそうな色気。砂漠の民でも敵わぬ鋭い眼光。
そして、瞳の色と同じ大きな水晶の耳飾り。
美貌の青年はギラギラと輝く瞳でローズを見つめ
ビシッと指を突き付けると……
「お前に惚れた!!!」
そう高らかに宣言したのである。
***
それからあとは、全く、瞬きする間もなくあっという間であった
「な、なんだお前は!?!?」
慌てふためくお父様を意にも介さずに、美青年が謁見の間に踏み込む。
ローズを小脇に抱えて。
居丈高にお父様をねめつける。
「私の名はアクセル。お前の娘に魂を奪われた。花嫁として娶ってやるので挨拶に来てやった」
挨拶に来たにしては凄まじく偉そうだ
「な、なんだ貴様!?いきなり私の可愛い娘を娶るだなんて許すわけないだろう…首をハゲタカにつつかれたいのか! だいたいお前の名前なんてしら…しらな…アクセル…?アクセル…さ…ま? あの…西の超大国の、第二王子の…」
お父様の顔色がさあっと変わる
凄い。血の気の引く音が聞こえた
「アクセル様ー!? あ、ああああ、あの、悪名高……ちがっ、名高きアクセル様―――!? お、お噂はかねがね……!!! いやはやなんでも、世界中の女を食い尽くす旅の途中だとか、いいえっ、花嫁探しの旅の途中だとか!!!こらっ、ローズ!! 頭が高いいいい!!! 土下座だ土下座!! すみませんアクセル様、なにぶん世情に疎い娘でして!」
突如めり込まんばかりに土下座し、額を擦り擦り擦りつけ出すお父様
お、お父様!? どうしちゃったの!?
「かまわん。我が妻となるのだ。無礼などない」
眉一つ動かさずに答える美青年
何この偉そうな人。お父様の頭を踏みつけそうなくらい高慢な物言いだわ。人に頭を下げられることに慣れ切っているわ。
「つ……、妻……! い、いいえ、大変誉高き事でありますが、しかしローズは私の大事な娘でして……」
「えーい! うるさい! 俺が惚れたと言ったからには絶対だ。それとも金か、金が足らんのか! 権力か石油か領地か! なんでも好きなだけ食らうがいい」
ぱーん!
し、信じられない。あのお父様を札束でビンタしているわ。札束ビンタ初めて見た。なすすべなく口にいっぱい金貨を押し込まれる父
「もごもが……ううっ、ええい、こうなってしまったら仕方がない。ローズよ、このお方と結婚するのだ……。大丈夫、この人ならお前を幸せにしてくれるだろう。……………たぶん」
「え、ええーーーっ!?」
蝶よ花よと育てられていきなり結婚。滅茶苦茶不安しかないんですが。お父様、眼をあわせてください
喉に張り付いた金貨を吐き出しながらお父様が戒める
「ローズよ、西の超大国は野獣の様に恐ろしい国王と、さらにもおっと残酷な魔女が統べる悪魔の様な国。私たちの国など寝ぼけビンタ一発で消し飛ばせるのだぞ。ゆめゆめ、無礼をして祖国を焦土にすることが無いように……。」
「そっ、そんな国に嫁ぐなんていやーーー!!!」
「わしだって嫌だー! はらわたが煮えくり返っとるわー!!!」
「えーい、ぐだぐだやかましい! 黙って俺の嫁にならんか!」
もがっ
ひやっと湿った布を鼻にあてがわれる
ぶつん
私の意識はそこで途絶えている
***
回想終わり
はっ!
いけない、一瞬走馬燈の様なものを見かけたわ
って、えええええ
「っきゃーーー!!! 人さらい!!!!!」
ばふばふばふばふばふばふ!!!
ローズはありったけの力で枕を叩きつける
「はっはっは、初々しくて可愛い反応だな」
枕の下で爽やかにアクセルが笑う
「返して!!!! 帰ります! 私帰ります!!!」
「そうはいかない。お前は俺に見初められたのだから。こんなに栄誉なことはないのだぞ! 世界中の女がどれほどうらやむか。さあ喜んでむせび泣け。もちろん俺の胸で」
歓びではない方の涙は出そうだ。
「いきなり連れてこられて知らない男と結婚なんて、絶対、死んでもいや!!!」
「む。強情な女だな。死なれては困る。ならば七日だ。お前の長い人生の七日くれ。七夜でお前の心を虜にして見せる」
「七日でも嫌――――! 今すぐ返して!!!」
「えーーーい!! じゃあ三日!!! 三日でいい!!! 旅行感覚で三日ならいいだろう!!! 二泊三日豪華絢爛フルコース付き!!!! それとも祖国を俺の燃えさかる情熱で焼き尽くされたいか?」
まるで市場の値引き合戦の様な問答である。だいぶ割引された
「う……っ、三日ね、三日我慢すればいいのね。三日たったら、絶対に帰りますからね!」
「安心しろ。約束は守る。お前は三日目には、泣いて帰りたくないと俺にすがるだろう。三日でお前の唇を奪う。もし三日目の朝に俺に焦がれていなければお前は自由、帰るといい。残された俺は悲しみに打ちひしがれて焦れ死ぬだろうが気にするな」
大げさな人だなあ。
「よーし! そうと決まれば皆に紹介だ!家族になるんだからしっかり覚えるんだぞ」
わはははとやかましく跳ね起きるアクセル。そしてぽんっとローズをお姫様抱っこで担いでしまう。ふわっと香る真夏の果樹の香り。
ちゅっ、
へっ!?
頬を齧られた
油断も隙も無いわ!
「お、降りますーーー!!! 降ろして!」
「だめだ、この国ではお姫様抱っこが基本なのだ!」
うそつけー!
ジタバタもがくローズをしっかり絡め、ざぶざぶ薔薇の海を割ってアクセルは歩き出してしまうのであった。
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