王宮生活2

 慌ただしく日々が過ぎていった。

リリーはエレベーターや板に入った小人テレビに仰天したり、ウォシュレット(もちろん便器は黄金)の洗礼、たまにアクセルなどに遭ったりしつつも、少しづつ王宮生活に慣れ、やがて驚きは日常へと変化していった。


 王族は夕食後サロンに集まって歌うのが好きだった。アンリがフィドル、アクセルがギター。エリオルと大司祭様が寄り添って竪琴、双子がアコーディオンをぶんがぶんが。

みんなどれもそこら辺の音楽師なんてぼっきり絶望してジョブチェンするくらい超絶技巧だ。


そして王様のお歌はちょっと音痴なのに凄く情熱的で、なぜか聞きほれてしまった。


夜にはアンリが尋ねてくる。


クッキーお紅茶、ありとあらゆる素敵なお菓子。抗えないほどおいしい。ダイエットの敵である。

この夫は私を豚かなにかと勘違いしていて肥え太らせる気なのではないか


「まさか! でもきっとふっくらしたリリーさんもとても可愛らしいでしょうね」


 アンリは愛おしそうに新妻のまぐまぐ姿を堪能する。


***


『アンリお兄様が剣の稽古をつけているよ!』

『やじうまやじうま!』


きゃいきゃいとはしゃぐ双子に手をひかれてリリーは訓練場へと赴いた。


剛腕な兵士たちがひしめき、怒号が飛び交う。


むさくるしい兵士の中で、舞い落ちた綺羅星のように舞うアンリが居た。


誰よりも桁違いに強い。

閃光のように並み居る兵士をぶっ飛ばしていく

太陽の煌めきを剣先に走らせて、汗の飛沫まで神々しい


「もう全員纏めてかかってこい!」


アンリが叫ぶ。バトルロイヤルだ。怒号をあげた兵士がアンリを押しつぶさんばかりに殺到する。またたくまに姿が見えなくなる。


紫電一閃走ったかと思うと黒山が崩れて、汚れ一つないアンリが悠々と現れる

最初出会ったとき、この人は神と悪魔の化身かと思ったが

きっと闘神でもあるんだわ。


はえーーー、すっごい。


「アンリお兄様つよーい!」

「ナナリーとマルグレーテとリナリアも連れこようかな。みんなでデートしよう」


「だめよ!」


「いーい? 恋人というのは一番好きな人一人だけなのよ。」

 すかさずリリーは双子に倫理観を教育しようとした。


剣の音が遠く響いて、春風に大樹がさざめいている


「お父様はお母様が大好きでしょー。はぁれむの中で一番好きな人はだれ?」

リリーは人差し指を掲げた

「みんな同じくらい大好きだからわからないよ」


双子が困ったように小首をかしげる。

ハの字眉の傾斜まで瓜二つだ


ああ、リリーは合点する。


この子たちきっとまだ恋をしたことがないんだわ。


本当の恋に思い悩んだとき、この二人はどう輝くのだろう。それともくすんでしまうのか。ちょっと、永遠に無垢な小悪魔のままで居てほしい気もするかも。


『リリーは?』


「へ?」


『リリーの一番大好きな人はだあれ?』


キラキラと、清流の煌めきのような瞳


「うっ……」

思わずアンリを見てしまう


「あんな男やめとけ」

低い声が響いた。


アクセルだ。


今日も真っ白王子様ルックが決まっている。世界で二番目にお美しい。しかし目つきはお父様譲りで悪い。


「でたわね」


早々壁ドンされてたまるか。あっ、しかも今日は壁が無いから樹ドンだ。樹ドンされてたまるか。

さっと催涙弾を構えるリリー


「やめろ、それはまじでやばい」

アクセルがひるむ。


「わかったリリー、もう手荒なことはしないよ。ねえリリー、ちょっとお話しするだけ。新たな義兄弟と親睦を深めることすら許されませんか」


ざんっ!


アクセルの前髪をしゅっと掠めて大剣が樹にささる。


!?


振り返ると、前のめり投剣フォームのアンリが猛烈な勢いでぶんぶん首を振っている。


許されないらしい。


数十メートルは離れているのに寸分たがわぬ見事なコントロールだ。


「また邪魔しやがって兄貴! もう今日は我慢ならねえ」


アクセルが剣を振りかぶる。


「お前が私の妻にちょっかいかけるからだろう!」

アンリが切っ先を受け流す

「なーにがツマだ! くじ引きじゃねーか。今からだってどうにでもなる。リリーは俺がもらうんだ!」

「決まったことにぐちゃぐちゃいうな!」

「むっつりクズ!」

「見境なしの獣!」

「雑兵の長靴に生えた水虫キノコ!!!!」

「チーズに湧いてピョンピョン飛んでくるウジ虫!」


カン!

キィン!

カキィン!


壮絶な舌戦と剣舞が繰り広げられる。闘神同士の戦いだ。舌戦の方は微妙に主旨がずれてきて低次元だ。


美形の戦いにたちまち黒山のギャラリーが形成される。メイドたちの黄色い歓声があがって、賭けが始まる。


「わーい! どっちのお兄様もがんばれー!」

「リリーもハーレムが作れるね!」

「いや、もう、ほんと何でもいいんで静かに暮らさせてください……。」


「愛しいリリー、絶対に落としてやるからな!」


アクセルの悲鳴にも似た怒号が澄んだ空にこだました。

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