夫との夜
華麗なる超大国王宮生活一日目は予想を斜め上に裏切って、悲鳴やら怒号やら噴煙やらビンタが飛び交う戦場のごとき開幕となった。
やがて荘厳な城が真っ赤な夕陽に染まると、すとんと夜の帳が降りる
月光のさざめきがゆらゆらと天守を照らす
コンコン
「リリーさん。こんばんは」
今宵も変わらぬ美貌の夫が尋ねてくる。穏やかな琥珀の瞳を潤ませて
今日も美しい顔が埋まらんばかりに一杯の百合がひしめいている。
「リリィさん、会いたかったです!今日は本当に忙しかったのです。ああリリー、なんて可愛らしいのでしょう。昨夜よりもますます愛らしくなられましたか?いったいどんな魔法を使っているのです。天使のようにあどけない唇。どんな宝石も敵わぬ瞳! 美の女神のように波打つ髪! ああ、貴方が幻でないと触れて確かめてもよいですか?」
お昼間の騒動で疲弊してちょっとカールのよれているリリーを、よくぞここまで褒められるものである。
アンリはニコニコと嬉しそうにリリーの頬を撫でようとしたが、さっと顔色が変わった。
とり落とした百合束が床に弾ける。
蒼白になって部屋に飛び込んで、ぐるぐる猟犬のように部屋を回る。ソファを撫でて何かを確かめると、美しい顔から血の気が引いた。卒倒せんばかりにリリーの肩を掴んで、詰め寄る。いつもの冷静さを失っている。
「エリオルを部屋に入れたのですか!?」
「なんでわかるの!?」
「匂いで」
匂い!?
「エリオルを入れたらいけないのですか?」
「だめ!!!!!!」
間髪入れずにアンリが叫ぶ
!?
肩に指が食い込んでちょっと怖いわ
リリーのたじろぎに気付くと、アンリはあわてて指の力を緩めた。落ち着きを取り戻そうとするかのようにふぅっと嘆息する。すがるような目でリリーを見つめたまま。
「いくらエリオルとは言え、男を部屋に招き入れてはいけません…。この部屋にはベッドがあるんですよ!あれだって男で、しかも、自分で言うのも嫌ですが精力旺盛な我が王族の血を引いているのです。いつ覚醒するかわかりません。その、あなたは、無防備すぎます色々と…。」
アンリが頬を赤らめて視線をそらす
無防備?そんなつもりはないのに心外だ
「その、とにかく、あなたは可愛らしくて魅力的だし、そのっ、だから普通の女ならなんでもないことでも恐ろしく蠱惑的で…。あうっ、なんでもありません。とにかくつまり貴方は私の……つま!妻なのですから!つま!」
つまって四回言った。って言うかまためちゃくちゃ褒められた。お世辞が上手だわ。さすが女遊びの達人はさらっとご婦人を褒めるわ。
そうね、妻
形だけでも妻ともなれば、上っ面の愛し方も熱が入るのね
本当は百億人に一人しか愛せないくせに。神前での誓いのキスすら拒むくせに
お上手で
罪な人
普通なら舞い上がってしまうが、昼間エリオルから王家の秘密を聞かされたばかりのリリーは醒めている。
アンリに気付かれぬよう一瞬ぷぅと頬を膨らませると、パチッと土下座外交良妻モードON
「アンリ様、申し訳ありませんでした。妻として夫以外の男を部屋に招くなんてあるまじき事でしたわ。今後は雄ネズミ一匹招き入れません。どうか哀れな妻をお許しいただけますか?」
ニコニコ営業スマイルでアンリを見上げる
「あうっ」
なぜかアンリは心臓を抑えてうずくまった
煌めく金髪がプルプル揺れている。
「っリリー、今の笑顔は、絶対に私以外には見せてはいけませんよ。」
ぎゅう
うおう!?
百合と大樹の香りが混ざり合って溶ける
アンリの琥珀の瞳が獅子の炎へと煌めきを増す。
大きなアンリの身体が小さなリリーにそっと覆いかぶさって……
ちゅっ
んっ!?
あ! やられた! しかしまたしても頬っぺただ
ちゅ
いや違った、2回だ!今日は左側のほっぺもかじられた!
「いけません、しつれいいたしました」
無礼を詫びた割には、名残惜しそうに髪をフサフサやって香りをすんすんしている。
びっくりした
そ、そうか、一応夫婦だからスキンシップもそれなりに取るのかもしれない。
頑張らねば。
それにしても美しいアンリがこうも近いと、どうしてもとどぎまぎしてしまう。
そしてそんなにみつめてくれるな。
麗しい瞳に甘い声。
きっとあなたの瞳は、見つめるものすべてを魅了する誘惑者。
なのだが……
だが、顔が。アンリの顔が。
めっ、めちゃくちゃ赤い!!!
溶岩のように真っ赤に発熱している!
「アンリ様!? 大丈夫ですか!?」
「あ……らいじょうぶれす!」
え、ええ―――……!?
なんか語尾だけ「!」ってついてるけどろれつ回ってないしあんまり大丈夫そうじゃない! なんか眼もうつろでトローンとしてるし、っていうか壮絶な目つきになってきたぞ。目が坐っている。アクセルの色気なんかぶっ飛ばすほど凄い色気を帯びた瞳だ。琥珀の瞳なんかじゃない!獣だ、獅子の瞳だこれは!助けて。
「っ、すみません、今晩はここで失礼いたします……っ!」
咄嗟にアンリが美しい指先で口元を抑えてヨロヨロと壁をつたう。息が上がっている。
公務が忙しかったと言っていたから、お風邪でもめしたのだろうか。それにしても急激な発症だ。耳の裏まで赤い
「そ、そうだ、リリーさんこ、これを、、、これだけは……。」
アンリが小さな塊をコロコロと渡す。
「これは?」
「催涙弾です。今度アクセルが貴方に無礼をしようとしたら投げつけてやってください。思い切り」
思い切り、の所にぐっと力を込めてアンリが言った。
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