王家の秘密

「僕たちの恋は宿命づけられている」



リリーの部屋のソファにゆったりと足を組んだエリオルが、歌うように言った。

ソファの脚には真珠と黄金の蔦が装飾されている。


「リリー、この世界にヒトは何人満ちて居ると思う?」

「えっと、わからないわ」

「百億人だよ。おばかさん。」


人差し指を立てて笑う。初めて見る笑顔がとても美しいからか、不思議と腹は立たない。


「それでもね、僕たちはたった一人しか愛せない。いや、もしかしたら一人も出逢えないかもしれない。砂漠から金の砂つぶを探すようなものだ。誰も愛せない孤独がわかるかい?」

「エリオル様はそれ以前の問題の様な」

「うっさい」

「でもどうして?みんな恋多き人に見えるわ」

「それは見せかけ。本当は誰一人愛しちゃいない。父様以外はね……遠い遠い昔、人類が一度滅びる前、」

エリオルが歌うように言う。指先でタクトを振る


「完璧なヒトを作ろう、そういう実験があった。比類なく輝く金剛石のようなヒトを作ろう。たちどころに治る傷。異常な身体能力、一筋の無駄もなく、常人の何倍も頑丈な強化筋肉の繊維。人智を超越した演算能力。最も優れた遺伝子を最も最良の遺伝子と組み合わせ、人類をアップデートする。」


「アップデート?」

「進化するってことだよ。」

エリオルがソーサーを指先でくるくるまわす。重さなどないかのように、球形に回転する


「残念ながらその実験は失敗した。バグがあったんだ。まず、最良の遺伝子を求めるあまり、一生で一人しか愛せない。そして次が致命的。強烈に適合者に惹きつけられるようになってしまったんだ。恋煩いともいうかな。そして、これが最悪。恋が実らなかったとき、、」


「どうなるの?」


「死んでしまう。強烈な悲しみで命をおとしてしまう。要するに焦れ死に。せっかく成功した唯一の被験体も、焦れ焦れて死んでしまった。」


回転するソーサーをピンっと弾き、左の指先で受け止める。何事もなかったかのように回し続ける


「もう、誰にも忘れ去られた太古の話。悲恋ともいう。難しい話おしまい。」


エリオルが長い指を止める。勢いを無くしたソーサーが落ちる。ふっと音がやむ。時間が動きだす


「けれど、実験は本当の本当に失敗したわけれはなかった。ほんのわずかに、因子が残ったんだ。その因子が人類の中で長く受け継がれて、奇跡的に再び顕現したのが父様。そしてもっと奇跡が起きて生まれたのが僕達。僕たちは完璧な人なんだよ。信じるも信じないもリリーの自由だよ。もし信じてもリリー、僕たちを化け物だなんて言わないでね。」


完璧なひと。まっさきに一晩で跡形なく傷の消えていたアンリの腕が思い浮かぶ。次にこの世離れした美貌。何十層もの天守を登り切る腕力。なるほど、信じられない話だが納得するしかない


「僕たちはね、世界中でたった一人、最もハマる究極の遺伝子と巡り合ったとき、宿命的で電撃的で永続的な恋に落ちるのさ。」

「しゅく……? 具体的にどうなるの?」

「恋した人のことしか考えられなくなって骨抜きへにょへにょになって想い人なしには生きていけなくなって溶ける。父様みたいにね。永遠の愛といった方がわかりやすいかな」


おおう、わかりやすい。



「僕たち兄弟はみんな、本当の愛を見つけた父上母上に憧れているんだ。」

「アンリ様も?」

「アンリが一番憧れているよ!」

「遊びまわっているんじゃないの?」

「たった一人の想い人にたどり着くために、沢山の女の人に会った。僕がちょっと引くくらいに……」

遠い目をしてエリオルが呟く。


「だけどねリリー、アンリはきちんと恋人と決めた人が居る時は、浮気なんてしないんだよ。超大国王子の肩書きとあの容姿で耳目が集まって、有る事無い事尾ひれが付いて新聞屋に煽り立てられているだけさ。本人は真面目に恋愛をする男。ただし「真似事」のね。そうすれば形だけでも父様母様に近づけると思いこんでいるのさ。ほんとに誠実に「恋人のフリ」をする男だよ。遊びまわってるアクセルよりずっと残酷だと僕は思うんだけどな。」




私の可愛い奥さん。


月明かりに照らされた瞳を思い出す。


「恋人のフリ」、そんなことができる人なら

きっと、お国のために良き夫を演じるのじゃないかしら。


くじ引きの結婚でも

夫婦の仮面を被ってニコニコと


おかしいわ

どうしてこんなに胸が痛いのかしら

私だって同じこと思っているはずなのに

リリーの胸はなぜか締め付けられる


リリーの困惑をよそにポンと手を打つエリオル

「あれ、リリー相手だと全然お話できるな。どこまでできるんだろう。学術的探究の余地がある。ねえちょっとキスしよ」


エリオルは壁を乗り越えたら早かった!


「ぎゃー!」


ばちーん


兄嫁ビンタが炸裂する!


「やっぱり女は怖い」



女性恐怖症を新たに頬に刻印してエリオルは退散していったのであった


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