王宮生活


結婚式の翌日の朝食ももう豪華絢爛だった


朝からフルコースを召し上がれといわんばかり、食卓を埋め尽く贅の至高!

きらっきらに磨き上げられた銀食器が美形一族の手元で嬉しそうに輝いている。


超大国の王族の朝は家族揃って食卓を囲むのがルールのようで、またしても美形一族がぐるっと勢ぞろいしている。


もちろん恐怖の大王様も同席だ。飯がのどを通る気がしな……。


「えーーー、コホン。我妻よ、今日で結婚してから6728日目の朝だが、お前の気持ちに後悔はないか?」


「はい、あなた、今日も大好きです。昨日よりもっと大好きです。あなた」


「おまえっ!!おまえー!!!おまぁぁぁえええええええ!!!!! 愛してるぞ~!何という愛おしさ!!!おまえおまえおまえ愛してる耳たぶ美味しいハフハフ」


え!?


ニコニコの王妃様をぎゅーっと抱きしめてとろけ顔の国王。唇やら頬っぺたやら耳たぶやらうなじやれ駄犬のごとく舐めまくる国王。目尻が下がりすぎてへにょへにょになっているしなんかよだれ出てる


えっ恐怖の大王は、昨日の威厳のある人はどこにいった


『いやーとおさまかあさまはきょうもラブラブだねっ!』双子達

「バカップルだろう。プルを抜いた方が的確だ 」極厚ステーキを切りながらアクセル

ラブラブチュッチュの嵐で星屑が飛んできそうだ。眩しい。

こんな国に負けたのか…

昨日とは別の意味で強烈だ。


「あれっ」


見間違いかしら


いや確かにない。


洗練された所作でフォークを口元へ運ぶアンリ。のしなやかな手首。

昨日ぐるぐるに巻いたはずの包帯が取れて、かさぶた一つない滑らかな肌が覗いている


――こんなかすり傷明日には治っていますよ


アンリの声が頭に響く



「りりー、昨日はよく眠れた?」

凛々しい黒髪を揺らして、アクセルが問いかける


「まさかアンリが寝かせてくれなかったなんてことはねーだろうな。リリーは俺が奪うんだから純潔はとっとけようぐっ」


突然アクセルが銀匙を落とす


「行儀が悪いぞアクセル」

アクセルの向かいのアンリが悠々とパテを塗っている。しかしテーブルの下では何か物騒なことが起こっているらしい。おもに長い脚が凶器となっている模様。


「兄貴こそ、結婚式の直前まで女とあいびきだったそうじゃないか。すました顔して一番えげつねー」

「あぐっ」


こんどはアンリが顔をしかめてバゲットを落とす。痛いところを突かれたらしい。


「リリー、こんな真面目系屑むっつりスケベ男なんてやめて俺にしろよ!俺と結婚しろ」


『じゃあ僕もリリーと結婚するー!』


続く双子達


もはや何が何だかわからない

くじ引きの結婚だったはずなのに、なぜ超絶美形王子たちから取り合われているんだ。しかし多分モテているわけではない


「まあまあ、お姫様は大変ねえ」

ニコニコ顔の王妃様

「繁殖第一。孫の顔が見られればなんでもいいぞ。ハフハフ」

王様は王妃様の黒髪をハムハムする方にご執心だ


***


めくるめく王宮生活がはじまってしまった


食後の紅茶も飲みほして、アンリとアクセルは公務に行ってしまった。なぜか二人とも靴が脱げて、裾が擦り切れている。


『リリー、お城を案内するよー!』

双子達が張り切ってリリーの袖を引っ張る

『ここがテラス!』

キラキラのピカピカである

『ここが大広間!くるくるおどるんだよ!』

キラピカである

『ここがサロン!みんなで毎晩楽器を弾いてお歌をうたったりするんだよー!父様が母さまへの愛を歌うんだ!』

『とっても音痴なんだよ!』

音痴なんだ……


ふかふか深紅のソファに身を沈ませて3人はおしゃべりした

「ねえ、アンリ様ってどんな人?」

蒲萄を象って椅子に埋め込まれた宝石をくるくるなぞりながら、リリーが尋ねる

「お兄様はねえ、とーっても強くて!」

「剣も銃も最強なんだよ。お父様でも敵わない!」

「だけどとっても頭もよくて!」

「どんな古文書もスラスラ読めるし、エリオルより賢いんだよ!」

「後兄弟で一番真面目!」

「まじめまじめっ」


きゃははと双子が笑う。


「真面目?結婚式の前に女の人と抱き合ってたわ」


それでも真面目かしら?


「うーん僕たちそういうのわかんない」

双子達が上目遣いに眉根を寄せる。


「ごめんねリリー、どうしてそんなに悲しそうなの?」


「えっ、私そんなに悲しそうだったかしら」

リリーはあわてて笑顔を作る。


「ねえねえそうだリリー、本当に僕とけっこんしてー」

「駄目だよロキ!僕と結婚するんだよー」

「じゃあ僕たち二人と結婚して!」


『重婚してー!』


双子達がきゅるんっと迫ってくる。


ふぉぉぉぉおう可愛い。


ふわっふわの銀髪美少年が太ももむき出しハイソックスで2セットとか最強すぎる。

思わず「双子美少年に愛されて甘美な王宮生活」にくらっと沈みそうになったとき、双子が声をあげて手をふった。

『あっ、サーシャだ!』

『ルカにエリザだー!あとリーネにマルグレーテにナナリー!!』

見やると遠くから女の子の大群が押し寄せてくる。

「お、お友達?女の子の友達が多いのね」


『恋人だよー!』


四つの澄み切った無垢な銀の瞳。


『僕達はぁれむ計画中なんだ!』


『お父様とお母様みたいにいっぱい繁殖するんだ!』

『ねえ、リリーもハーレムしよっ!』


こ、この双子、倫理のタガが外れてる!


くらり


思わずリリーは眩暈を覚える


「え、遠慮しますー!」


「あ、待ってリリー!」

確かにこの中ではアンリ様が一番真面目なのかもしれないわ!


こ、この超大国の美形にはショタでも絶対に気を許してはならないわ……!!!!


***


果てしない金の廊下を泳いで自室前にたどり着く


「ぜーぜー。ひろすぎ。もう部屋に閉じこもって引きこもり嫁になろう……」


「待っていたよ子猫ちゃん!」


巨大な女神像からひょいっと艶めく黒髪美男子が現れる。


一番あかんやつ来たーーーー!


狼系第二王子アクセル!


逃げねば、と身を翻すリリーの腰が丸ごと掻っ攫われる。かかとがむなしく宙を蹴る


そして声を発する間もなく壁ドン顎クイ


この間0.2秒


速くなってる!!!


「昨日は邪魔が入ったからな。きょうはじっくり、味あわせてもらう……」


リリーのクルンと巻いたカールをひとふさ掬って、味見するように鼻を埋める。


「かぐわしい香りだ。砂漠に咲く花のよう。コリタスの花。旅人を惑わせて虜にする…。」


腰骨まで響く低音。強引な腕とは裏腹に、アクセルはそっとリリーの首筋に唇をよせる。甘い、触れるか触れないかの吐息。はぁう! 思わずぞくぞくっと全身の産毛が逆立ってしまう。


「私には夫が!夫がおりますから!」


「夫? あのかりそめの夫が真実の愛だというの? 貴方に焦がれた哀れな俺はどうなるの。どうか嵐になぶられた哀れな羽虫に恵みのキスを…。それに」


アクセルがニヤリと笑う


「人のものを横取りする方が燃える」


ぎゃあーーーーーちーーーーーかーーーーいーーーー!

今確実に哀れな羽虫なのは私だ。がっちり食虫植物にホールドされて動けない!

「可愛いほっぺだ。じっくりとろかして残さず食べてやるからな!」


ひー! 骨の髄までむしゃぶられる!


たっ、助けてー!

アクセルとリリーの濃厚な粘膜的接触まであと一ミリと迫り、リリーの脳が気の早い走馬燈上映会を開始しだした

瞬間!


どかぁぁああああああん!


凄まじい轟音と共にアクセルがぶっ飛んだ。


***


「えっ、なに、戦争!?」

開放されたリリーは、広くなった視界で轟音の出所をみやる

回廊の彼方まで、もくもくとのぼる白煙の中が一点きらっと光った。眼鏡だ

続いて人影が浮かび上がる。


真っ白な肌の美しい青年。

他の兄弟とは一線を画すのは、憂いを帯びた漆黒の瞳。


あっ、昨日ちらっと視界に映って居たような。たしかエリオルとかいう王子様だわ。

もうお決まりのように美青年である。リリーの目はここ2日で肥えてしまった!


ふっくらとした頬は、淡雪のように白い。王妃様譲りの漆黒の髪を、ゆったりと肩口で編んで流している。繊細そうな双黒の瞳。その瞳を隠したいのだろうか、銀縁の眼鏡を装備しているが少しもその美貌を削ぐことはできない。


そして、肩には巨大な砲塔をしょっている。


「やっぱり火薬にアルミニウム粉末を配合すると爆発的に威力が上がるな、うん」

黒髪色白美青年がゆらゆらゆれながら分析する。華奢なのにあんな巨大な鉄の塊をしょっているから重心が定まらないのだろう。


「エ、エリオル、血を分けた兄になにおぁ……」

10メートルはぶっ飛んだであろう。ヨロヨロとアクセルが身を起こす。真っ白な衣が焼け焦げて真黒だ。きっとボロボロでなければ黒も似合う男だろう。


「いやだなあ。実の兄だから遠慮なく新兵器の実験台にできるんじゃないか」

「お前はまともじゃない」

「はは、そんな、照れる」


「猫の爪アカほども褒めていない……」

そこまで何とか言葉を紡ぐと、アクセルはがっくり項垂れ、めしゃっと崩れ落ちた。


「リリー、今日の所は、これで勘弁してやる……」


吉○新喜劇の様な捨て台詞を吐いて気絶する

慣れ切ったチームワークで駆けつけた衛生兵に運ばれていく。哀れなり。合掌。

あっけにとられて、リリーは運ばれていく担架を見送ったのだった


***


「あ、あの助けてくれてありがとう」

とりあえずリリーはこわごわお礼を言ってみた。ぺこりとお辞儀する。たちまち眼鏡美少年の顔が恐怖に歪む。


「ひっ!女よるなー!」


エリオルがのけ反って跳ね上がった。


ずがぁんと鉄塊が床にめり込んでひびが入る。


「女怖い女怖い女怖い………」


ぎゅっと頭を抱え込んで蹲り、呪詛のようにブツブツ呟くエリオル。どうやら筋金入りの女嫌いのようだ。美形なのにもったいない。


「はぁはぁ、やっぱり女の匂いも怖い視線もこわい嫌だ見るな寄るな触るなあああああ!!!!」


それにしても開放的すぎる兄弟たちの業を全て背負ったとばかりにステ全振りで女嫌いなようだ。極端すぎだろ。

「こっ、こわくないわよ……!私は兄様の嫁だから無理やりあなたに触れたりしないわよ」

思わずリリーはかがんでそっと優しく語り掛ける。そう、野生の子猫をおびき寄せるように。


「ほんとに? 突然襲いかかってきたりしない? 脱がない? 縛らない?」


エリオルが涙にぬれた瞳を上げる


過去に何があったんだ。


どうやら女とイヤーな事があったらしい


「うわーっ、男も寄るなー! 僕はホモじゃ無い!」


騒ぎに駆けつけた兵士達にビクッと腰を抜かして後ずさる。

男とも嫌な事があったらしい


「はぁはぁ、山奥に引きこもって誰にも会わずに一生を終えたい……」

美形なのにいたたまれない生物だ。さっきリリーも同じような事をぼやいていただけに

複雑な心持になる


「こ、怖くないわよ!ね! 助けてくれてありがとう! ほーら、ちっちっちっちっ、おいでおいで、こわくないこわくない。あっ、ほらクッキーもあるわよ」


思わず餌付けを目論みてしまうリリー。大急ぎで部屋からクッキーを抱えて戻るとエリオルの鼻先に持っていく。

「くっきー?」


眼鏡がキラッと光った。黒髪がさらっと流れて疑り深い視線がリリーを品定めする。が正直な鼻がフンフンひくついている。

さては甘党だな。


「アンリ様がくださったのよ」


「あの兄が女のためにクッキー焼いたの?珍しいなあ。滅多にお菓子作らないのに」


そろっと細い指先が伸びる。つまむ。


かり


食べた!


小鳥が掌で餌をついばんだような達成感だわ


「あー。やっぱり滅茶苦茶においしい。論理が破たんするうまさ。兄さんのクッキー久しぶりに食べたなあ」


「普段は作らないの?」


「兄はね、何か思い悩むことがあると菓子を焼くんだよ。一番悩んでた時はそば打ち出した。」

料理で発散するタイプだ。


まぐまぐまぐまぐまぐ


しばし沈黙が降りる。

リリーもエリオルに並んでクッキーを食べる。


やはり無言で病みつきとなってしまうおいしさなのである。


甘くて、口の中でホロリと溶けて、そしてほんのり苦い


「君が兄様の嫁?豆みたいにちっちゃいね」

少し気を許したエリオルがおそるおそる餌の与え主に興味を示す。

「「昨日一緒にパレードしたじゃない。隅に居ましたよね」


「メス共がきゃーきゃー怖いから眼鏡をかけていたんだ。視界がぼやけて怖いものは何も見えなくなる……あと将来とかも見えなくなる……」


うわあ、残念な人


でも、いろいろ聞いてみよう。リリーは気を取り直す。この二日でリリーの精神は鍛えられた!


「ねえ、エリオル、この国嫁入り前に聞いた話と全然違うわ。圧政で民から重税を絞り上げている極悪王家って聞いたのに。いや確かにそっとーしそうなくらい贅沢なんだけど、みんなむしろお金が有り余って困ってるみたいだったわ。」

「そんなのプロパガンダだよ。ふつーに戦争している敵国を良く言うわけがないでしょ。戦意高揚のための情報操作は戦争の基本だよ。ちなみにうちの国は税金なんてないよ。」


少なくとも戦意高揚の効果は全くなかったようだ。そしてついに税金が無いと来た。


戦争している国をよく言うわけがない。

じゃあ、アンリ様の悪い噂も嘘なのかしら


「うーんそれにしてもクッキー、クッキーをねえ…。」


ふいにエリオルがリリーの瞳を覗きこむ

そのまましげしげと見つめられる。子猫が強い興味を示したような、真黒で大きな瞳。


「これはね、あんまり残酷すぎるから君には言わないようにしよう、ってみんなで決めてたんだけど。」


な、なに?


「王家の血の秘密を君には話しても良いかなーと僕は結論付けた」


ガラスのレンズでは隠し切れない、エリオルの深い瞳。


眼鏡の蔓に象られた二対の蛇が、怪しく光ったような気がした 


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