誓いのキス


「新婦入場!」



結婚式場ももちろん金々ピカピカのド派手教会だ


あり得んくらい豪奢。まあ天を仰ぐ柱のすべてが金!象牙!大理石!


これは国民はきっと菜種油の様に搾り取られて死にかけているに違いないわね

詰めかけた町人や村人たちが小声でヒソヒソやっている


「いやーとれてとれてこまる今年は大豊作だったから、金が余ってしゃあないなあ」


「王様が産業革命を起こしてから私等なーんもせんでも生きてける様になったなあ」


「またクソ暇になるなあ。」


「チーズ転がし祭りに全力をあげよう」


「しかし王様には世話になっとるから贅沢をして権威を示してもらわんと。あの王妃様はすぐに質素にしたがるから困る」


「おお、うなぎ登りの豊作がこわい!」

「溢れかえる金脈も怖い!」


バブリーな会話だった



祭壇で、さっきのイケメンが端正な顔で新婦を待っている。


豪奢な教会に全く見劣りしない。むしろ飾りのように黄金を纏って一層際立つ美しさ


琥珀の瞳がまっすぐリリーを見つめている。


こんな人と結婚するのか。いまさらちょっと震えてきた。一人でゆっくりとバージンロードを歩く。

新郎と並んで大司祭の前に立つ。


ヴェールがふわりとかけられる。聖布が二人を包み、観衆から視線を切り離す。

聖布をもって聖域とし、司祭の前で永遠の契りを交わすのだ。 


「さあ、誓いのキスを」


検分人の大司祭の声が響く。


美しい瞳で射貫かれる。


魔性とはこの人を表す言葉だろう。


見るものすべてを魅了して離さない。魂まで虜にする美貌。


た、頼むからそんなに見つめないで。いやしかし、それどころかその麗しすぎる顔が近づいてくる。


そりゃそうだキスするんだから。


キッ、キス!?


ああっ、私のファーストキスーー!


もう覚悟を決めるしかない!


リリーはきゅっと目を閉じて息を止めた



ちゅっ



へっ



キスが降りたのは


ほっぺた


だった


それも、触れるか触れないほど。さっと逃げる様に離れてしまう


へっ?

へっ!?


これはつまり、

混乱する頭でとっさに思い至る

私なんて歯牙にもかけていないってこと?


***


言うのもくどくなってきたがお披露目結婚パレードももう滅茶苦茶豪華だった

地平線の果てまで埋め尽くさんばかりの群衆である。


勢ぞろいした王家一門がバルコニーから広場に手を振る


王妃様、国王様、さっき通り魔的に襲われたアクセル王子と双子達もいる。それからなんかこれまた眼鏡属性の美青年はなぜか蒼白だ。


リリーも仮初の花嫁としての務めを果たすべく、新しい夫に寄り添って手を振る


誓いの口づけすら拒んだ麗しの第一王子に。

まあ、いいんですけどね


「わが国民たちよ!」


国王が魔王みたいな声を発する。


このお方は滅茶苦茶怖い。

はち切れんばかりの筋肉に獣のような瞳。


おろらく信条は一日千殺だろう。もう纏ってるオーラがどす黒い。


恐怖の大王という言葉はこの人のためにある。たぶん睨み付けるだけで人殺せる。まさに超大国の元締めの名にふさわしい。


本能から畏怖を感じて屈服したくなる


父が土下座したのもわかるわー


「今ここに新たなる夫婦の誕生を祝おう!!!我が子、我が国の永遠なる繁栄を誓おう!!!」


恐怖の大王が吠える。物凄い威厳と声量だ


うおおおおおおおおおおおお。

国民の歓声が答える


物凄い歓声。もう悲鳴に近い。

感涙に咽び泣く女衆がハンカチをぶんぶん振っている


「いやあああアンリ様結婚しないでえええ、ぎゃああああ」


本当に悲鳴だった。ハンカチには涙やら鼻水やらが染み込んでいる

アクセルがきらーんと歯を輝かせて笑う


「第二王子のアクセル様も素敵――――!!!!!!」

「まだ第二王子が残ってるわーーーーーー!!!!」


不穏な怒号が飛び交う


アクセルがぽいっと観衆に投げた上着を女たちが奪い合う。あっという間にボロボロに千切れていく。あっこれなんか見たことある。ライオンに餌やるやつだ。


「第三王子のエリオル様も素敵―!」

「こっちむいてー!」


「オエっ、吐きそう」


「おい大丈夫かエリオル」


アクセルが蒼白眼鏡美青年の背中をさする


「ふふふ、この高度情報補正機能付きハイパーピンボケグラスをかけていれば女なんてみんなジャガイモさオエっ。うう、女怖いよお……」

「お前ほんと視力悪くなるぞ」



なにやら知らんが私よりも大変な王子もいるらしい

とにもかくにも、またしても歓声と怒号と号泣と飛沫の飛び交う中、新たな夫婦(仮初)が生まれたのであった


***


「つ、つかれたー……」


ばふっ


リリーはベッドに突っ伏した。


もちろんそのベッドも小さな国が買えそうなくらい豪奢だったが、もうそういう事は気にならない疲れていた。


「わたしうまくやってけるのかしら……」


入城早々襲い掛かってくる第二王子のアクセル様


結婚式直前に他の女とキスしてる夫アンリ様


なんか女嫌いそうな眼鏡美青年に、いたずら末っ子オーラ満載の双子


そしてすべてを統べるガチで恐ろしい国王様。


はなから土下座外交と覚悟こそしてきたものの、不安しかない結婚生活である。


「それにしてもアンリ様は誓いのキスすらしてくれなかったわ……私なんて眼中にないってことね。」

さすが政略結婚、これは愛人と遊びまくりの夫に放置プレイの新妻ライフというやつか。


「ははは、笑うしかないわ……そーよ。わかってたじゃない。笑ってお人形のように過ごせばいいのよ……」

けれど血の通った人間であるリリーはさすがにちょっと堪える。


ランプの火をもらいに行く気力も出ない。


何時間落ちていただろう


やがて月が昇り部屋が青く染まった。



コンコン



「アンリ様がお会いしたいと」


メイドが扉から告げる


うっ……!


リリーに戦慄が走る


きたーーー!まさか来るわけないと舐めていたらきてしまった


新婚初夜!!!


――あーーーっ!きっとこの丹精込めたドレスもビリビリに切り裂かれるんだワーーーー!!! そして歪んだ熱情を何度も注ぎ込まれ……


否応なくばあやのノンストップ妄想劇場が再生される。

ストップ、ストップ回想。ばあや劇場ストップ!


「き、今日は会いたくないわ。疲れているの……。」


思わず追い返す


メイドが何やら言葉を交わして、扉の向こうへ消えた。どうやら穏便にお引き取り頂けたらしい。

さすがに心の準備ができていない。


放置プレイ新婚生活から、性獣に三日三晩欲望をぶつけられるハードモード新婚生活ではイメージが違いすぎる。


うん、土下座外交は明日からにしよう。明日から本気出す


それにしても、山ほど愛人がいるらしいのに、ちゃんと妻もほったらかしにしないで訪ねてきて、まあなんと精力的……違う、律儀な夫だ。


ふうっと、リリーは嘆息してまたころーんと寝転がった。


ベッドがとっても広いのでくるくる転がって遊んでみた


ころころころころ


楽しい

夜風がさあっとリリーの髪を撫でた。


「リリィさん」


「ひゃあっ」


カーテンの向こうから突然澄んだ声が響いたのでリリーは度肝を抜かれた。慌てて声の出所を見やる。バルコニーに恐る恐る乗り出す。


「ぎゃっ」


何かいる


しかしよく見ると何かではない。先ほどお義理の誓いを交わした新郎である。アンリがバルコニーの柵に腕をかけて、ぷらーんとぶら下がっている。


筋肉が山のように隆起して男らしい身体だ。


男らしいが、人間離れしてないか

思わずリリーは階下を見下ろす。


ヒュー


崖底かと思われるほど遥かに絶景が広がっている。


え、ここ何階!?


二階とか三階のレベルじゃないよね。何十階ってレベルだよね。何十本もニョキニョキ生えてなかったら城じゃなくて巨塔だもの。ちょっと雲、かかってるし。


ここ昇ってきたの!?なんで!?

アルピニスト!?アルピニストなの!?そこに壁があったから上るとかそういう人種!?落ちたら死ぬってレベルじゃなくて破片も残らないかもしれないわよ


リリーの突っ込みをよそにアンリが穏やかな声で問いかける


「リリィさん、お疲れのところすみません。貴方が帰れとおっしゃれば無理強いは致しませんが、できれば上げていただけませんか。実は結構腕が痺れているのです。」


「は、はいー!」


しっ、新婚早々未亡人になっては困る。思わず引き上げてしまう


ひらっとテラスに降りたアンリが、パンパンと衣を払ってにっこりほほ笑む。


「よかった。上げてもらえなかったら帰りは飛び降りるしかありませんでした。」

考えよう!安全な帰り道はちゃんと考えよう!遠足は帰り道までが遠足だし崖登りも同じだと思う!


「あああああの、私に一体何の御用でしょうか……!?」


「ああ、そうです、これを」


アンリが背負っていた荷を解く。ぶあっと、視界が青白く染まって、匂い立つ香りにめまいを覚えそうになる。


よく見れば、アンリの山盛りに背負っていたもの、それは


「百合!?」


リリーの顔を埋め尽くさんばかりの百合の花束だった。


「あなたの愛らしさの足元にも及びませんが、受け取っていただけますか。私の可愛い奥さん」


膝まづいたアンリが、瞳を潤ませて問う。


透き通る肌が、お月さまに照らされて湖底の宝石のようだ。


ああ、この人は恐ろしいほど青が似合うなあ。


奥さん


本当に、本当にこの人が私の夫なんだわ


花の香に眩む意識の中で、ぼんやりとリリーは思うのであった。



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