第3話 真夏は帰路の暗闇で
電車を降りた頃には、空は暗闇に覆われていた。周辺に民家はなく、街灯は何メートルも間隔を空けてやる気のなさそうに道を薄っすら照らしている。
「ここから十分くらいで着くから。」
彼女はそれだけ言い残すとまた無言になり歩き出した。
もうちょっと話してくれてもいいのに。そう思うなら自分から話しかければ良いのだが、話す話題も話しかける根性もなく、どうしようもできずただただ彼女を追うことしかできなかった。
最初はチラホラあった街灯も、だんだんと姿を見せなくなってきて、やがて消えてしまった。
どれほど歩いたのだろうか。後ろを振り向くと、街灯の光は遥か後ろにある。十分と言っていたが、もう三十分はゆうに超えている気がする。さすがに気になった僕は沈黙を破り聞くことにした。
「あのー…、あと何分くらいですか…?」
「そうねー、あと十分くらい。」
でた!昔家族旅行でよく父親に言われてたやつ。さっき十分って言ったのに!もうあと何分歩いてもこの十分が消えることはないだろうな。
うなだれながら歩いていると、ほどなくして彼女が足を止めた。
「ここを通るから。」
彼女は林に向かって指を差した。指差した先は木々が生い茂り、かろうじて人一人が通ることができるような獣道が奥へと続いていた。地面に生えている草達は足を踏み入れた途端に侵入者の足に襲いかかり絡みつきそうなほど土に繁茂している。
「こんな道通ったら本村さんスカートだし草で肌切っちゃいますよ!それにお腹空かしたクマとかイノシシが出てきたら…。」
「だってこっちの方が近道なんだもん。」
彼女はバックの中からジャージのズボンを取り出し、スカートの下に履きだした。僕は慌てて掌で両目を隠した。
「ちょっと!僕いますよ!」
「大丈夫よ、暗くて見えないから。」
確かに暗くて見えない。僕はほんの少し広げていた指の間をそっと閉じた…。
「ジャージの上着あるけど、ツルとかで腕切りそうだから着る?」
耳を疑った。いきなり女の子のジャージの上着を着る日が来ようとは…。だがそんないきなり受け取ることはできない。
「そんな受け取れません!」
「冗談に決まってるじゃない。男子に上着貸すわけないでしょ。」
僕は受け取ろうとほんの少し構えていた両手をそっと下ろした…。
彼女は携帯のライトを点け、平気な顔で獣道へと入って行く。僕はなんとも言えないモヤモヤした気持ちをどうにか押さえ込み、背中を見失わないように彼女を追って林へと入って行った。
森の中は舗装されていた道とは違い泥と土が入り混じっている。さらには急勾配のおかげでとても歩きにくい。汗が目の中に入ってきてしみる。もう最悪だー。何分も歩いてないのに歩くのが辛くなってきた。この時ほど日頃何も運動をしていない自分を心底恨むことはなかった。
帰ったらランニングでも始めようかな。そうこう考えているうちに彼女が急に立ち止まった。
汗で目の前が見えていない僕は、彼女の背中にぶつかって派手に尻餅をついた。
「痛ったー…。今度はどうしたんですか。」
「着いたよ。ここが私の家。」
なおも視界を妨げる汗を拭い、前を見た僕は言葉を失った。
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