第2話 真夏は電車の停車場で

 平凡な日常を送ってきた僕にとって、女の子から告白されることなど頭の片隅にあるはずもなく、御察しの通りそれに対する対処法など持ち合わせていなかった。


「ちょ、え、どういうこと…」


「なに、嫌なの?」


 可愛いらしい見た目とは裏腹に、高圧的な彼女の言葉が余計僕の頭の中をかき回した。


「と、とりあえず苦しいのでこの手を離してくださいませんか…」


「あらごめんなさい。」


 苦しさから解放され酸素が供給されたのか、ようやく脳が思考を取り戻す。


 一体なぜ急に告白なんてされたんだ…。イケメンだってスポーツマンだってこの学校に何人もいる。

 それなのにわざわざクラスの端にいるような男を選んだ理由は何なのか。まさか人生で三回しかないと言われているモテ期ってやつがきたのか?


「今日一緒に帰るから。完全下校のチャイム鳴ったら昇降口集合で。」


 僕の返事を待たずに彼女は教室を立ち去った。あまりにも一瞬の出来事で僕はあっけにとられるばかりだった。

 ただ一つわかったことは、 今日全校生徒憧れの彼女と帰り道を共にするということ。


 読みかけの小説が風でめくれ、早く続きを読んで欲しそうにしている。しかしそんな場合ではない。

 スマホで「女の子との喋り方」と検索するも、そもそも経験不足すぎて何の救いにもならなかった。

 誰か相談できる人はいないかLINEで友達を探すが、こんなこと相談できる友達なんていない。


 まぁそもそも親しい友達なんていないんだけどね…。なんだか涙が出てきそうだ。


 ただただ途方に暮れるしかない僕は、無用の長物と化した恋愛情報サイトを片っ端から読み漁るしかなかった。

 

 そんなことをしている間にも時計の針は淡々と時を刻んでいき、あっという間に彼女の部活が終わる時間を迎えてしまう。

 

 ◯


「お待たせ。じゃ行こっか。」


「ど、どこへ行くんですか?」


 いきなり告白してきた上にどこへ連れて行く気なのだろうか。


「決まってるじゃない、私の家よ。」

 

 今までの人生で女の子と付き合ったことがない僕でも、付き合った初日にいきなり女の子の家に行くことが早過ぎることくらいわかる。


「そんないきなりお家にお邪魔するなんてできません!」


「だっておじいちゃんが早く会いたいって言

 うんだからしょーがないじゃない。」


「おじいちゃん?」


 僕はどうやら今日彼女のおじいちゃんにお会いするらしい。


「おじいちゃん優しい人だから大丈夫よ。」


 彼女とすら満足に話していないというのに、何を話せば良いというのか。そもそもなぜ彼女のおじいちゃんが僕に会いたがっているのか。疑問が尽きない。


 彼女は悩んでいる僕を見てクスリともせず足早に進んで行った。


 正門は部活を終えた学生達の帰宅でごった返していた。

 この高校は田舎にあるせいで、電車やバスが都会に比べ頻繁に走っているわけではなく、多くの学生達が自転車や徒歩での通学を余儀なくされている。


 僕もその一員で、いわゆるチャリ通をしていた。もちろん彼女もそのどっちかなのだろうと思っていたが違った。家が遠い人だけが申請できる電車通学だったのである。


 高校から歩いたら一時間以上かかる最寄りの駅に自転車を止め、彼女と二人古ぼけたホームで電車を待っていた。


 夕焼け空を気持ちよさそうに風を受け飛んでいるカラス達の鳴き声が、辺り一面に響き渡っている。

 日中どんなに暑くても夕方になれば気温も落ち着いてわりかし過ごしやすくなるところは、この町の一番良いところなんじゃないかな。


 しばらくして、年代物の電車がけたたましい音を立ててやってきた。

 車両には数人しか乗っていない。特に顔を合わせることもないまま僕と彼女は向かい合わせに座った。


 ホームに誰もいないことを確認し、電車はガックンガックン揺れながらゆっくり動き出した。段々速度が上がっていき、窓から見える景色が流れ出す。

 

 乗客にとっては終点へ向かう各駅停車なんだろうけど、僕にとっては、さながら特急本村京子家行きであった。

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