第9話 一本橋(音響・ミキサー)
主題歌 佐々木 清次 「 負けてたまるか 」
( 1 )
子猫が鳴いていた。ずっと鳴いていた。
その鳴き声は、新川真由子の耳には、はっきりと聞こえていた。
「子猫が鳴いているよ」
真由子は、母親の時江の手を振りほどき、立ち尽くして何回も云った。
「子猫?」
時江は、真由子の声に引きつられて自分も立ち止った。
数秒、耳を傾けた。しかし何も聞こえなかった。
「もう嘘つかんといて」
時江は、真由子の手を再びつないで、歩こうとした。
「ほんまに聞こえるて」
真由子は、子猫と同じように泣きたかった。
こんなに 鳴いているのに、何で母親は気づかないのだろうか。
母親の耳は、悪くなったのだろうか。
「どこでよ。どこから聞こえるのよ」
「ここ、ここ」
真由子は、道端のコンクリートの表面に覆われた隙間を指さした。
「もうこの子は、ええ加減な事云うて」
時江は、そう云いながらコンクリートの隙間に目をやった。
子猫の光る黄金色の目と目が合った。
「ほんまや」
真由子のおかげで、子猫は暗渠排水管から助け出された。
事あるごとに時江は、この時のエピソードを真由子に話した。
もう今から三五年前の話だ。
四十歳の真由子にとっては、その記憶はなかった。
「真由子は、他人様より数倍耳がええのよ。しやから、今の仕事は天職やと思う。やめたら、あかんよ」
この台詞は、時江から度々云われる。
真由子は、「みやこサウンドカンパニー(MSC)」と云う音響会社に勤めていて、主に南座の芝居のミキサーを担当していた。
真由子自身が、他人よりも耳がよく聞こえると自覚し出したのは、小学校に入学してからである。
一番前の席に座っているのに、一番後ろの席の子供の話し声がすんなりと耳に入る。
家では、ゴキブリの足音が聞こえる。
最近では、電気自動車の近づく音に気付かない人が事故に遭う記事が載っていたが、真由子は二十メートル後ろから聞こえる。
振り返らなくても自転車が、何台来てるかわかる。
樹木の中に小鳥が何匹鳴いているかわかる。
鳩とカラスの羽ばたき音が違うのもわかる。
逆に、何で一般の人はわからないのだろうと思う。
中学校に入り、英語の授業が始まる。
日本人は、「R」と「L」との発音の違いが一般的に聞き取りにくいと云われる。
しかし、真由子にはすぐに習得出来た。
そのおかげで、英語は得意科目となり、中でもリスニング(聞き取り)が得意となり、TOEIC受験したら、一回目で九百九十点満点を取った。
英語は喋れるので、あとフランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、中国語、台湾語、韓国語を次々と習得した。
どんな外国語でも、聞き取りが完全に出来るから、あとは単語と文法を覚えるだけである。
中国語、台湾語は一週間で喋れるようになった。もちろん全部聞き取りも出来る。
これは耳がいいせいかもしれない。
耳の感度が、他人よりも数倍、いや数十倍よいのだ。
この特異体質で、得してよかった事なんて一度もない。
二十歳の頃、つきあっていた彼氏が、耳元で、
「好きだよ」
とささやかれた時があった。
彼氏としては、その場を盛り上げるために、ささやいたつもりだろうが、感度のよい耳を持つ真由子にとって、苦痛以外の何物でもない。
彼氏にとっては「ささやき」だろうが、真由子にとっては「絶叫」に等しかった。
音の拷問である。鼓膜が破れるかと思った。
「やめて」
軽く云って、真由子は、彼氏から離れようとした。
しかし、彼氏は何を勘違いしたのか、それが「いいわよ」のサインだと取り違えて、ぐっと抱き寄せて、今度は、真由子の耳の穴へ舌を挿入しようとした。
次の瞬間、
「やめろと云うてるのが、わからんのかい!」
と叫んで、力いっぱい彼氏の顔をこぶしで殴り、投げ飛ばしていた。
それ以来、恋愛は大の苦手となった。
耳がいいから、電車の中は苦痛である。
一般人には、しんと静まり返った車内としか、聞こえない情景でも、真由子にとっては、本のページをめくる音、スマホの画面をスライドする指の擦れる音、女が髪の毛を振り回す音、長いまつ毛のまばたき音、半径五十メートル範囲のすべての人の吐息、息遣い、咳払い、鼻をすする音、舌を叩く音、指の関節音、靴音、リュックサックと服との擦れる音、貧乏ゆすり等などが同時に耳に打ち寄せて来る。
スマホでのイヤホンからこぼれる音楽は、一般人には、「シャカシャカ音」にしか聞こえないが、真由子には、歌手と曲名がわかる。
前に、こぼれシャカシャカ音があまりにも、うるさかったので、
「すみません、その西野カナの(トリセツ)と云う音楽のボリューム下げて貰えますか」
と云った事がある。
云われた当事者は、口を半開きにして目を見開き、驚愕の顔を浮かべ、周囲の人からは、小さなどよめきが起きた。
これらの音に、車内での小さな声でのすべての会話が、サラサウンドで同時に増幅されて、打ち寄せる波のように、真由子の耳を襲う。
だから電車に乗るときは、真由子は耳栓を一つの耳に二つねじ込んでいる。それでも聞こえる。
真由子の小学校のあだ名は、「地獄耳」だったが、会社勤めを始めると「神の耳」となった。
真由子のこころは、今、重い。鉛の固まりを呑んだように、腹の底に沈み、何度も深いため息をついてばかりだった。
とても天職についているのには、見えなかった。
これから賀茂川ホテルで、歌舞伎役者三河犬之助との打ち合わせがあった。
それが憂鬱の種である。
犬之助は、二年前コミック漫画原作「スリーピース」を歌舞伎化。
これが大ヒットした。東京新橋演舞場、大阪松竹座、博多座などの大劇場で大入り満員の記録づくめのヒットとなった。
主人公が、わらで作ったスリーピースを着て、世界販売していく、壮大なサクセスストーリーである。
この漫画の相乗効果で、百貨店、専門店の紳士服の売り上げが、前年度比三五パーセントも急上昇した。
おじさんばかりでなく、若者の間で、スリーピースを着るのが大流行した。
スリーピースとは、ジャケット、ベスト、スラックスの三つを云う。
流行の波は、男性ばかりではなくて、女性にまで及び、女性用スリーピースまで登場。これも大ヒットした。
犬之助は四代目で、先代が作ったスペシャル歌舞伎を踏襲した。
その第一弾が「スリーピース」(仕立て篇)だった。
来年、第二弾(販売篇)が上演される予定である。
今日は打ち合わせである。
元々、音響は、MSC東京本社が担当していたが、その音響プランナーが、別の仕事の長期欧米公演のために降りた。
丸投げの形で、京都支社に来た。
真由子には、畑下と云う上司がいた。
しかし畑下は、古典歌舞伎、現代劇が専門で、スペシャル歌舞伎は苦手、さらに犬之助とは、昔大喧嘩したので、はなから引き受ける気がなくて、さらに丸投げされて真由子の担当となった。
打ち合わせは、賀茂川ホテルの個室ラウンジで行われた。
七月の梅雨明けと共に、京都特有のあのじめっとした、ぬめりのように肌にまとわりつく、夏の日差しが照り付ける。
町を歩く人の顔は、拷問を受けている下手人のように、歪み、顔、身体から汗の噴水が作動し、衣服をべっとりと汗で包まれていた。
行くと、畑下が犬之助と談笑していた。
大喧嘩したはずの二人が話している。
これには真由子も理解不能だった。
「お早うございます」
「あんた待ちやで」
畑下は、真由子の顔を見るなり云った。
約束の時間までまだ三十分もあったのに、この言い草はないだろう。
真由子はこころの中で、十三回舌打ちして、
(死ね死ね死ね、畑下!)と絶叫していた。
しかし、顔はこころとは、裏腹ににっこりとほほ笑んだ。
「これが、今回、音響担当の新川真由子です」
「新川です。よろしくお願いいたします」
「真由子?あなた、男性ですよね」
犬之助は、真由子を凝視して聞いた。いや、聞いたと云うより確認に近かった。
「いえ、一応これでも女です」
真由子が云った途端、畑下が大笑いした。
「男前ですやろう、犬之助さん」
「でも女なんですよね」
「まあ生物学上は」
下卑た笑いをまき散らし、畑下が答えた。
一瞬、真由子は畑下の頭を一本三十五万円するンニーのワイヤレスマイクで、真上から三十五回殴る妄想に取りつかれた。
(やばい、やばい)
「女かあ・・・」
犬之助の如実にわかる落胆の声だった。
世間では、硬派で知られる犬之助だったが、実はおねえだった。
犬之助の隣りには、今回の舞台の主題歌、劇中歌を担当する「いよかん」の二人がいた。
「いよかん」のメンバー北浦太朗、森本隆が真由子に紹介された。
「いよかん」の二人は、愛媛県松山市の出身で、松山一の繁華街「大街道(おおかいどう)」商店街で路上ライブを行っていた。
たまたま、東京のライブプロデューサーの目に留まり、メジャーデビューを果たした。
デビュー曲「いよかんの恋」がいきなり、ユーチューブ再生回数、六億回を記録。
CDシングル売り上げ、五百万部突破。
また翌年NHK大河ドラマ「夏目漱石・坊ちゃん」の主題歌「走れ!坊ちゃん」を担当。これもCD売り上げ六百万部売り上げ、人気を不動のものとした。
また、春の選抜高校野球の大会行進曲に採用された。
その大会の優勝校が、愛媛代表「松山東高校」で、二人の母校と云う、二重のラッキーに恵まれ、さらに人気が爆発した。
昨年のNHK紅白歌合戦にも出場を果たした。
「じゃあ、さっそく始めましょうか」
犬之助の声かけで始まった。
北浦が持参したパソコンを立ち上げて、オープニングの主題歌を流した。
「スリーピース・販売篇」主題歌 (僕らは売りまくる)(いよかん作詞・作曲)
♬
わらで作った スリーピース
涼しい 嬉しい みんな欲しい
それ来て どこへ行こうか
行き先なんて 決めてない
聞け!歌え! 俺たちの歌!
フレフレフレ! スリーピース
フレフレフレ 俺たちのこころ
さあ行こう、 進もう、友と行こう
あの地平線まで 太陽の光受けて
ラララララ ラララララ
フレフレフレ! スリーピース
フレフレフレ! スリーピース
軽快で、一度聞くと耳に馴染む歌だった。
(やべえ、いよかん、こいつら天才だ!絶対ヒット間違いなし!)
と真由子は思い、口ずさんでいた。
「いいなあ、さすがは(いよかん)の歌だよ」
犬之助はご機嫌だった。
「有難うございます」
北浦と森本は答えた。
「これ、わくわくするよね」
犬之助は、自分のこころの底から湧き出る興奮を理解してほしくて、身を乗り出していた。
「しますね」
畑下も笑顔で答えた。
「で、この歌に蝉の声がかぶさるんだ。サンプル音持って来たよね」
「はい」
真由子もパソコンを立ち上げた。
「一度、主題歌とミックスして流してよ」
「わかりました」
真由子は、その場で音源をメールで貰い、すぐにミキシングした。
真由子のパソコンの操作を一同は見守った。
「出来ました」
「じゃあ流してみて」
「はい」
真由子は、エンターキーを叩いた。
先程の主題歌に合わせて、真由子が作った蝉の声がかぶさる。
蝉の声が最高潮に達して、主題歌も終わる。
しばしの沈黙。
今まで目を閉じて聞いていた犬之助は、うっすらと目を開けた。
「いいけど、何か違うよね」
犬之助は、再び畑下に同意を求めた。
「違いますね」
あっさりと畑下は認めた。自分の部下よりも犬之助の肩を思いっきり、持った。
(おいおい、二人が喧嘩したって、本当か!)
真由子のこころが、再びゆっくりと目を覚ます。
「いよかんのお二人はどう」
「はい違います!」
(そんなにニコニコして!しかも大きな声で云うな!ボケ!)
真由子のこころは、バキバキ音を立てて、仁王立ちした。
「どう違うのでしょうか」
「オイオイ、いきなりあなた、私に聞き返すの?」
犬之助は、きっと真由子を睨みつけた。
「すみません。蝉の数、増やしましょうか。百匹を五百匹にしますか?」
「蝉の数⁉」
犬之助は、そこで言葉を切り、もう一度真由子を睨んだ。
帰り道、畑下が、
「蝉の数、増やすて、真由子らしい発言や」
と云って笑った。
「じゃあどう聞いたらいいんですか。教えて下さい」
「せめて蝉の種類増やしますかが、限度やなあ。相手は、あんたの(神の耳)の事知らんさかいな」
畑下はニヤリとした。
あれから、犬之助の駄目出しの集中砲火を浴びた。
(べたな音の広がり)
(ダイナミックスに欠ける)
(盛り上がりが、いまいち不足)
(曲に合わせた蝉と風音と何かのミキシング)
(やかまし過ぎるのも駄目)
次回打ち合わせまでの宿題となった。
最初の部分だけで、これだけ云われた。
これが、三幕二五場の全編だとどうなるか。気が遠くなり、滅入る。
「私、寄る所ありますから」
真由子はそう云って、畑下と別れた。
畑下がこの仕事を受けなかった理由がわかった。
犬之助の執拗な性格がわかっていたからだ。
改めて貧乏くじを引いたと痛感した。
真由子は、知恩院からほど近い、白川にかかる一本橋に向かった。
石で出来て、幅が三十センチばかしの細い橋だ。
別名行者橋、阿闍梨橋とも呼ばれている。
比叡山の行者が、ここを渡るとも云われている。
近くには、木造造りの休憩所が、川にせせり出ていた。
真由子は、高校、大学時代、いつもこの橋を渡って通学していた。
少し遠回りだが、渡らないと気が済まない気がした。
若くても、細い手すりもない幅の狭い橋だから、多少緊張する。その緊張がよかったのだ。
あの時代、何の緊張感もない生活の中で、唯一、橋を渡る時だけ、ほんの小さな緊張感が身体の中に小さく芽生える。
今は、橋を渡ってみたが、昔持っていた緊張感は、その欠片さえ漂っていなかった。
何の緊張感も生まれない。
さきほどの犬之助との打ち合わせの中での緊張感が、こころの壁をえぐるように、刷り込まれたからだ。
所々、染みついたままだった。
真由子は、智慧(ちえ)の道を、真っすぐに突き進む。
知恩院の三門まで、緩やかな坂が続く。
知恩院の三門が見えた。二代目徳川秀忠公寄進のものだ。
三門真ん中に掲げられた「華頂山」の扁額は、畳二畳以上の大きさである。
高さ二四メートル、横幅五十メートルの巨大な三門である。
知恩院では、「山門」ではなくて、「三門」である。
三門とは、「空門」「無相門」「無願門」で、三解脱門の悟りを意味してる。
その三門をくぐると、正面に急な階段がある「男坂」が現れる。
階段と云うより、そそり立つ絶壁、壁だ。階段の数は、三百は越える。
まるで、参拝者を、物量ではねのけて拒否するかのような圧倒的力が、オーラが人を呑み込むかのように、眼前に姿を現す。
一方、右手には、緩やかな坂の「女坂」がある。
それは、まるで男坂を見て、参拝するのをあきらめかけた人間に、救いの手を差し伸べるかのように、優しげな微笑みのようだ。
京都には、「女坂」がもう一つある。
東大路から京都女子大、女子高に通じる道である。
通学時間帯は、女子高生、女子大生で溢れ返る。
今日は、疲れていたので、「女坂」にしようと思った。
周囲は、樹木で覆われて、蝉が鳴いていた。
その鳴き声は、気ぜわしく、追い立てるかのように、人を梅雨の扉をこじ開けさせて、本格的な夏の到来を知らせを告げていた。
目の前を母子連れがいた。
「お母さん、蝉が仰山鳴いてる」
男の子が云った。
「ほんま、仰山鳴いているねえ」
優しく母親が云った。
「あの木に、蝉さん何匹鳴いてるの」
「さあ何匹やろなあ、仰山鳴いてる」
「何匹」
しつこく、男の子が聞く。
「そんな数まで、お母さんわからへん」
「なあ何匹か数えて」
男の子は、母親の汗で濡れた上着のすそをひっぱり駄々をこねだした。
真由子は、すくっと二人のそばまで行った。
「あの樹木には、四三匹鳴いてます。こちらの桜の樹木には、三七匹、あちらの樹木には五六匹鳴いてます」
「お兄ちゃん、凄い」
男の子は、大喜びだが、母親は、奇妙な物体を見る怪訝な目つきになった。
「どうも」
母親は、足早に男の子の手を引いて、急いで女坂を上がる。
十メートルばかし差をつけて後ろを振り返り、安心したのかこう云った。
「あんな変なお兄ちゃん見たら、すぐに逃げなさいよ」
「何が変なん」
「蝉の数が云えるて。変に決まってるでしょう」
「そうなん」
「こっち向かって来る。急ぎましょう」
もちろん、その二人のやり取りも鮮明に聞こえる真由子だった。
「お兄ちゃんやのうて、お姉さんと云って欲しかったよお。ブツブツ、南無阿弥陀仏」
真由子は、帽子を取り、吹き出す額の汗を手でぬぐった。
( 2 )
犬之助が、真由子に近づいた。
真由子は、後ずさりするが、もう岸壁の端に追い込まれた。
そこから数十メートル下には、荒波が幾度も岩を打ち砕き、かぶさり、剥ぎ取り、畏怖の顔を覗かせた。
もうこれ以上一歩たりとも、動けない。
それを見て悟った犬之助は、にやっと笑い、さらに一歩前に真由子に詰め寄った。
「もう来んといて!」
真由子は泣き叫ぶ。
潮風が髪の毛を逆立て、顔を幾度もこすりつける。
「蝉は何匹かな」
犬之助が真由子の耳元でささやく。
しかし、そのささやきは、絶叫に等しかった。
突如、雲の切れ目から、蝉の大群が、急降下して、真由子の身体だけにまとわりつく。
瞬く間に、蝉の縄しばりで身体が、全く動かない。
「やめてくれえ!」
しかし、犬之助が真由子の身体をがっしりと押さえた。
「一緒に数えようか」
犬之助の生温かいぬめっとした舌先が、真由子の耳の穴へ侵入する。
犬之助の舌は、伸縮自在に細長くどんどん長く伸びて、耳の穴の中へ侵入する。
ぞくっとする快感の光が一直線に貫く。
「あうっ」
不覚にも真由子の口から、快楽の喘ぎ声が出た。
久し振りの快楽曲線が、急上昇していた。
「一匹・・・」
「やめろおお」
「二匹・・・」
「やめろおおおおお」
「三匹」
真由子は、叫んで思いっきり犬之助の顔を殴った。
そこではっと目が覚めた。
一生懸命、枕を殴っていた。
夢だった・・・
何か耳元で、がさこそいっている。
耳の穴へ指を突っ込み、払いのけた。
枕元に、黒い物体がぽとっと落ちた。
よく見ると、それはゴキブリだった。
「ギャー」
現実の真由子の絶叫だった。
まったくもって、嫌な夢だった。こんな夢を見たなんて、誰にも云えない。
ましてや、自分の耳にゴキブリが、這っていたなんて、決して云えない。
絶対に畑下には、云えない。そうでなくとも、日頃から、
「蜘蛛の巣、はう前に結婚しろ」
「蜘蛛の巣、身体中、至るところにあるやろう」
「おっちゃんが、はらいのけたろか」
毎日、セクハラ、パワハラの毎日である。
この世界、セクハラ、パワハラのオンパレードである。
よく世間で、セクハラが紹介されるが、この世界に比べたら、全く可愛いものである。
お尻を撫でられたり、軽く叩かれるのは、挨拶代わりで、しょっちゅうだった。
「だった」と云うのは、もう誰も真由子にしなくなった。
あれこれ、されるうちが、花である。
三十歳過ぎてから、誰もしなくなった。
「夏の火鉢」である。そのこころは、「誰も手を出さない」
今、四十歳になった。
傍らで、二十歳の若い女が、
「いやん!」
と男に媚びを売る声を聞くと、いらっとして、むかつく。
女の敵は、女なのだ。
烏丸御池のМSС京都支社へ行く。
あれから、「いよかん」から劇中歌の音源がメールで届いた。
プロデューサーから添付ファイルで台本が、これもメールで届いた。
まだ決定稿ではなく第三稿である。
犬之助公演の場合、決定稿まで、二十稿ぐらい行く。
さらに決定稿から、稽古で十回から二十回の書き直しが発生する。
だから脚本家は、原稿の左上に日付と、第何稿か書いてある。
真由子が顔を出すと、社長の飯村儀一がいた。
本来、東京本社にいて、京都に顔を見せるのは、年末の南座の顔見世興行の初日、楽日ぐらいである。
「飯村社長、来てたんですか」
「犬之助にいじめられたんだって」
と飯村は云って、
「イッヒヒヒヒ」
と忍び笑いをした。
「どうせ来るんだったら、昨日来て、打ち合わせに参加して下さい」
「社長に、そんな上から目線で、物云うたらあかんがな」
振り向くと、畑下もいた。
普段、畑下は、午前中滅多にいない。出社は早くて、正午を回る。
今朝は、飯村が来るのを知って、早めに来たのだ。
朝から、嫌な気分に襲われた真由子だった。
とにかく、この二人は口は出すが、手助けは一切してくれない。
一刻も早く、この輪から抜け出したかった。
「出来たんか」
「今からやります」
「スタートからこけてたら、あかんで」
「はいはい」
「はいの返事は一回だけでよろしい」
「はいそうですか」
後ろから、畑下の首を力いっぱい締めあげて、たるんだお腹に回し蹴りを十一発食らわせる妄想のこころが、目を覚ました。
「まあ新川さん、座って」
結局三人はソファに座った。
「何でしょうか」
「犬之助が僕に昨日、電話して来てね」
「はい」
ここで真由子は姿勢を正した。
「今回のスリーピースの音響担当を」
「交代ですね」
真由子はぎゅっと口角に力を入れて云った。
「じゃなくて、あなたを応援するから、どんな失敗をしても代えないでくれと云われました」
「飯村社長、それマジの話なの」
畑下が、珍しく真顔を見せて聞いた。
「マジです。それから、昨日犬之助さんのお弟子さんが、うちの東京本社に犬之助さんからの預かり物を私に渡してくれました。これを真由子さんに渡してくれって」
「それで、わざわざ、飯村社長、京都まで」
「いつも真心込めて、イイムラ宅配便です」
飯村はおどけて見せた。
飯村が、背広の内ポケットから透明の袋に入った預かり物をテーブルの上に置いた。
「何ですか、これは」
真由子は、身を乗り出して見つめた。
「ボタンのようです」
よく見ると、赤いバラの花びらが細かく描かれていた。
「これを私に?何のメッセージですか」
「さあ、それは聞いてません。ただ大事に持っておくようにと」
「大事にねえ」
横から畑下が、ひとりうなづいた。
真由子は、人差し指と親指でその袋をつまみ上げて、目の前に持って行った。
ボタンは、全部で四つ入っていた。
何の意味かわからなかったが、その場をとにかく切り上げたかったので、ボタンを受け取った。
「おねえの犬之助に、一応女のお前が気に入られるて珍しいなあ」
畑下は、それでも合点がいかない様子だった。
「あれなんじゃないの」
飯村の口元に、笑いの導火線に火をつけたのを、浮かび上がらせた。
飯村が畑下に顔を向けた。
「ああ、あれねえ」
二人は顔を見合わせて笑い転げた。
「あれって何ですか」
大体二人の想像した事は、わかっていたがあえて真由子は尋ねた。
「決まってるやん。新川さんは、犬之助から見れば、(おとこ)なのよ」
「自分でもわかるやろう」
畑下がとどめを刺す。
と同時に今度は真由子は、畑下を今年二六回目の刀でとどめを刺す妄想をこころの画面にくっきり描く。
真由子の顔は、浅黒く、化粧はしてない。若い時からすっぴんで通している。
ショートヘアに眉毛が太く、目は二重で鼻も通っている。
(イケメン)の顔立ちである。
初対面の人の九割が男と認識する。
元々、まつ毛も長く、化粧しなくてもいける。
昨年、巡業中、高松で、女子スタッフと銭湯に出かけた時だった。
番台のおばさんが、
「こっちは女湯。ちょっとお兄さんは入ったら駄目」
とストップされた。
「いえ、男違います。女です」
真由子は、当然の如く抗議した。
「またまた。近頃多いのよ。女装して女湯入る輩がいてるの」
「いえいえ、ほんまに女です」
すったもんだの末、仲間の女子の証言で入湯出来た。
それでも、番台のおばさんは、真由子をじっと裸になるまで、凝視していた。
時江に、
「あなたも女性なのだから、化粧ぐらいしなさい」
と云われて渋々、口紅を塗って出社した事が一度だけある。
「おいおい、どうしたんや。何かあったんか」
畑下がその口紅の顔を見るなり、早速突っ込んで来た。
ちょっと油断した隙に、写真を撮られた。
五分もしないうちに、飯村社長から電話がかかって来た。
「新川さん、何かあったんですか。イッヒヒヒ」
畑下がラインで、写真を飯村のスマホに転送したのだ。
(口紅を塗ったぐらいで、わざわざ東京から電話して来るか!)
真由子は憤慨した。
「京都で地震が起きなければいいんですけど」
「私が口紅を塗ったぐらいで、地震が起きるんですか」
こころのマグマがすでに幾度も噴火していたが、努めて冷静に聞いた。
「京都千二百年の歴史ですから」
飯村は、わけのわからない返事をした。
「何か悩みがあるんやったら、いつでも相談に乗るでえ」
畑下がにやつきながら云った。
それ以来、二度と口紅を塗らなくなった。
「なあ、何か面白い事ないか」
いつも畑下が、真由子のデスクに近寄って、言葉をかける。
ある時、あまりしつこく云うので、
「フルメイクして来ましょか」
と云った。
「いや、それだけはやめてくれる。笑い死にしたくないから」
畑下の言葉はいつも、こころに突き刺さる。
その度に、日本刀が畑下に突き刺さる。
もう真由子のこころの中で、畑下は、百回は殺された事になっている。
畑下が事務所を出た。
真由子は妄想を中断して、仕事に取り掛かる。
「いよかん」からは、劇中歌百曲も送られて来た。
その中で真由子が特に感心したのは、舞台転換で使用する事を前提に作られた曲だ。
「スリーピース・劇中歌」「舞台転換の歌」(いよかん作詞・作曲)
♬
俺たちは大道具
これから始まる 舞台転換をお見せしよう
バラシ、バラシ、バラシ
俺たちは、そう呼んでいる
なぐりで、パキン、ドキン、ドサッ メリッ
舞台セットがなくなる。 飛んでいく
吊り物がスルスル 降りて来る
パネルが 出て来る
「早くしろ!」
「時間がないぞ!」
それそれ急げ!早く!急げ!
パタン、ガタン、キュー
はい、出来ました
「では次の幕の始まりです」
拍手!拍手!パチパチ パチパチ ♬
これもリズミカルで、覚えやすい曲だ。
一般観客に受ける曲だとすぐにわかる。
舞台転換と云う、ややもすると観客が、現実の世界に引き戻される瞬間を、「いよかん」マジックで見事に繋ぎ止める。
真由子にとって、今の仕事はつらいけど、この世の中で一番先に、「いよかん」の新曲を聴ける、至福の時だった。
舞台転換の曲だけで、十曲も送って来た。
改めて「いよかん」の才能がわかった瞬間でもあった。
( 3 )
八月初旬、「いよかん」が再び京都にやって来た。
下旬に開催される、平安神宮コンサートの下見である。
これは、いよかんが毎年夏の京都で行っている野外コンサートで、昨年は仁和寺(にんなじ)で行われた。
今ではすっかり京都の夏の行事に定着した。
今年の平安神宮コンサートでは、花火を五万発打ち上げるそうである。
いよかん夏のコンサートでは華麗な花火がつきものである。
今では、他のアーチストもやっているが、野外コンサートに大掛かりな花火の演出を持ち込んだのは、いよかんが最初である。
昨年は、花火で「伊予かん」の絵柄を夜空に浮かび上がらせた。
真由子には、次から次へと脚本の修正、差し込み、がメールで送られて来る。
まだ稽古も始まっていない内からの、度重なる変更にかなり真由子もまいっていた。
その都度、音楽・音響プランも変わる。
本来、脚本に音響のト書き(説明)を書いて来る脚本家は、滅多にいない。
そこで、台詞のやり取りを読んで、効果音楽を考える。
音響作りのヒントにト書きが、隠されていることもある。
例えば季節だ。
春なら、べたな表現なら、鶯の鳴き声。
夏なら、当然「蝉」「花火」「風鈴」
秋なら、虫の鳴き声
冬なら嵐、風の音。強い風で様々なものが音を立てる。
ドア、窓ガラス、枝葉。
これに「生活音」を足して行く。
我々が生活して行く中で、色々な音を聞いて生活している。
「救急車、パトカーのサイレン」「オートバイの爆音」「ヘリコプター」「電車の警笛、通過音」「踏切の音」「街の中の宣伝音」「スマホ、電話の呼び出し音」「廃品回収車のお知らせ音」「灯油売り」等など。
反対にこの世から消えてしまった「音」もある。
その筆頭は、物売りの声だ。
「物干し竿売り」「豆腐売り」「ロバのパン屋」「こうもり傘修繕売り」「風鈴売り」等など。
これらの物売りの声は、せいぜい使って昭和四十年頃まで。
平成が舞台では使えない。
打ち合わせは、祇園円山公園の中にある「長楽館」で行われた。
ここは、明治の煙草王、村井吉兵衛の洋館で、当時京都財界の迎賓館的役割を果たした。
「長楽館」の命名は、伊藤博文である。
天井が高く、窓には色鮮やかなステンドグラスがはめられていた。
椅子やテーブルも格調高いものがある。
今は、喫茶室とホテルになっている。
今日の打ち合わせは、「いよかん」とで、犬之助は来ていなかった。天敵畑下、飯村社長もいない。だから、幾分か気が楽だった。
「お仕事はかどってますか」
「開口一番、北浦が真由子に声をかけた。
「変更につぐ、変更で参ってます」
真由子は正直に吐露した。
脚本が代われば、当然挿入歌、音響も変わる。
今まで作って来たものが、全てパー。また一から作り直しである。
「申し訳ないですが、こちらも劇中歌差し替えて貰えますか」
今度は遠慮がちに森本が云った。
目の前が真っ暗になった。三日徹夜した作業が全て徒労に終わった。
思わず思いため息をついた。
「あっ、すみません」
それに気づき、慌てて口に手をやった。
暗澹たる気分で、曲目リストと音源を貰う。
「販売の唄」「幸せの唄」「怒りの唄」「拍手・喝采」「春」「夏」「秋」「冬」「嵐」「神がかり」「出発」「凱旋マーチ」「勝利を祝う」「再起」「復活」「生きる!」
延々と続くと思われた。後で、数えたら二百曲だった。
「もちろん、これらの曲、全部使うのは無理です。どの場面で、どう使うか、さびの部分だけとか、切り口、編集も全て真由子さんに任せます」
笑顔で北浦が云った。
「もし犬之助が、何か云って来たら、これは(いよかん)さんからの指定ですと云っても構いませんから」
森本が付け加えた。横で、北浦も大きくうなづいた。
「本当ですか」
真由子の目は輝いた。
(いよかん)の二人は、真由子に全幅の信頼を寄せていると云えた。
「ところで、犬之助から、何か貰いませんでしたか」
「ボタン貰いました」
「やっぱり貰ったんだ」
二人は笑った。
「あのボタン、どんな意味があるんですか」
「実は僕らも、スリーピース初演の時に貰いました」
「ネタバレになるから、あまり云えませんが、心配ご無用ですよ」
「教えて下さい。何ですか」
「もうすぐわかります」
「真由子さんにとっては、悪い事じゃないです」
北浦がウインクした。
「いよかん」の平安神宮奉納コンサート関係者用チケットを真由子に渡したいと、犬之助が云って来たのは、コンサート三日前だった。
「賀茂川ホテルへ取りに行って来い」
と畑下に云われた。
「何で郵送しないんですか」
「郵送やったら、自分の思い、遂げられないやろう」
「それどう云う意味ですか」
「行ったらわかる」
畑下の意味深な言葉が、少し引っかかった。
事務所を出て行く真由子の背中に、
「怪我だけは、させるなよ」
と投げかけた畑下の言葉も気になった。
一瞬振り返り、真意を聞こうとしたがやめた。
このやり取りで、また時間とエネルギーを消費したくなかった。
(怪我するなよなら、まだわかるが、怪我させるなよとは、どう云う意味だ)
こころの真由子がつぶやき出した。
音響の仕事をやり出してから、独り言、つぶやきが多くなった。
一人、音響ブースでじっと黙って「音作り」の仕事をしていると、自分が声を失った錯覚に襲われる。
下手すると、一日誰とも喋ってない日々も多い。
「おいおい」
「くそう!畑下死ね!」
「飯村社長の馬鹿野郎!」
「飯村、お前のイヒヒヒ笑い、気持ち悪いんじゃ、ボケ!」
防音壁とガラスで外と遮断されている。
幾ら叫んでも、外には聞こえない。
音だけ遮断されているのに、自分自身の存在さえも世間から遮断されてると錯覚に陥る時が、たまにある。
自分を覚醒し、存在意義を確かめるためにも、声を上げるのだ。
毎日絶叫していると、絶叫ネタが切れる。
(ダメダメ、やっぱりストレスかなあ)
再び真由子のこころがつぶやく。
電車に座っていたおじさんと目が合った。
見ると、真由子の周囲三メートル、そのおじさん以外誰もいなくて、遠巻きに見られていた。
変人扱いされていたのだ。
(いかんいかん)
またつぶやいてしまった。
はっと真由子は、口を押えた。
賀茂川ホテルへ行くと、一人のホテルの案内係が満面の笑みを浮かべて近づいた。
「みやこサウンドカンパニーMSCの新川真由子様でいらっしゃいますね」
と声をかけて来た。
「はいそうですけど」
「三河犬之助様が、お部屋でお待ちです。どうぞ」
案内されて、八階のプレミアム・スイートルームに行く。
「新川真由子様をお連れしました」
「はい」
すぐにドアが開いた。
「ああ、きみちょっと」
犬之助は、去ろうとする案内係に、ポチ袋を握らせた。
「すみません、どうぞお入り下さい」
「お邪魔します」
恐る恐る真由子は、部屋の中に入った。
「誰もいないから、遠慮しないで」
(誰もいないから、怖いんじゃ、ボケ!)
真由子のこころが、目を覚ます。
部屋の中にバーカウンターがある。
トイレと風呂がそれぞれ、独立部屋で、二つずつある。風呂は、日本式で天井から流れ落ちる「滝」も備わっていた。
部屋の片隅に螺旋階段があり、二層作りになっていた。
目の前のベランダは、奥行きが十メートルはある。そのベランダも二層作りで、ここにも螺旋階段がある。
もはやホテルと云うより、超高級マンションだった。
後で、真由子はネットで確認したら、一泊二百万円だった。二十万円ではない。
(一体どんな奴が泊まるんや)
と思ったが、そのうちの一人が犬之助だった。
ソファに座る。
「どう、音の方は」
「はい、着々と出来てます」
「一幕のラストね、花火打ち上げようと思うんだ」
(来た来た来た)と思った。
犬之助の思いつきプランは、スタッフにとって、それは恐ろしいものである。
「花火ですか」
「そう、舞台、客席全体を花火を打ち上げて野外コンサートみたいにしたいんだ」
最新照明で、3Dスーパームービングライトがある。一台千五百万円する。
プリズムとコンピューター制御で。立体的に映像を見せる。
花火ネタもある。
複数の花火映像を同時に映し出し、それぞれ遠近感を出す。
花火の大きさ、色彩、光沢、現出時間、距離感も自由自在に出来る。
さらに、流星のように、前後左右に飛ばすことも出来る。優れものである。
2020年東京オリンピック開会式でも、さらに改良された同等の機器を搭載した「ドローンムービングライト」五千台を上空に飛ばす噂もある。
「アメリカのラスベガスのショーで使ってたんだよ」
「そうなんですか」
「もし使うとなったら、花火の音、頼みましたよ」
犬之助は、年に一度一か月の長期休暇を取る。
その時は、ラスベガスへ行き最新のショーを観劇する。
自分のスペシャル歌舞伎で何か使えるものはないか。勉強のためでもある。
休みの時でも、頭の中は歌舞伎の事しか考えていない。
いい意味での「歌舞伎バカ」だった。
「あのう、いよかんのチケットですけど」
一刻も早く、この場を立ち去りたかった真由子は、自分から、要件を切り出した。
「ああ、そうだったね。ちょっと待って」
犬之助は、螺旋階段を登った。
しばらくして、
「新川さん、上に上がって来て」
犬之助の声が聞こえた。
真由子は、ゆっくりと立ち上がった。
螺旋階段を、一歩ずつ踏みしめて上がる。
広さは、二十畳ぐらいあった。
大きなベッドと応接セット。
真由子の身体のサイズなら、四人並んでも十分に寝れる広さの特大キングサイズのダブルベッドだった。
ベッドの真ん中に犬之助が座っていた。
窓のカーテンは閉められ、部屋の明かりは消され、枕元のLEDスタンドの明かりのゲージは半分以下に抑えられていた。
部屋の天井の四隅に、小型BOSEスピーカーSHⅡスペシャル型があり、音楽が重低音で天井からゆっくりと時間をかけて降りて、床を這うように流れていた。
ジョニーピアソンの曲だった。
犬之助の恰好は、芸妓のかつらを被り、着物を着ていた。
わざと着崩して、真っ赤な襦袢の裾を見せていた。
ばっちり化粧もしていた。
「いらっしゃい」
口紅の色は、濃紺の紫色で、妖しく光沢が所々浮き出ていた。
「あのう、チケットなんですけど」
真由子は、さしたる驚いた様子も見せず、まるでその演出をあらかじめ、知っていたようだった。
そんな真由子の態度に、犬之助の方が驚いた。
「チケットなんですけど」
もう一度云った。そして近づいた。
犬之助が鋭い力で、真由子をベッドの真ん中に抱き寄せた。
がつっと腰を鷲掴みにされた。
それからの事は、よく覚えていない。
断片的に覚えているのは、回し蹴りで、犬之助の顔を横から蹴り上げて、かつらが宙を舞った事。
さらに、拳で、犬之助の股間をどついた事。
さらにとどめを刺すために、背中を思いっきり頭突きした事。
ベッド横のテーブルにあった「いよかん」のチケットをちゃっかり貰って帰った。
ホテルのロビーを早足で横切りながら、突如、天から畑下の言葉が降って来た。
(怪我させるなよ)
ああ、この事だったんだ。畑下は、真由子が空手と合気道の有段者である事を熟知していた。だから、すべてお見通しだったんだ。
でももう遅い。後悔したが、何も解決しなかった。
事務所に戻り、正直に畑下に報告した。
「わしの悪い予感は、当たるんや」
畑下は、弱弱しく笑った。
いつもの下卑た豪快な笑いとは、正反対のものだった。
畑下から連絡を受けて、その日のうちに飯村社長が、東京から駈け付けた。
次の日から、出社しなかった。
畑下から電話があった。
「どうしたんや」
「もう私、やめますから。ほっといて下さい」
「その件やけど、一度事務所に来て」
「何しに行くんですか」
「まあええから」
渋々、事務所に出かけた。
「誰でも一度は通る道だから」
またしても、わけのわからない飯村の説明が始まった。
「やめますから」
「まあまあ、新川さん落ち着いて」
「落ち着いてますけど」
化粧してない浅黒い精悍な顔つきは、どこから見ても「イケメン」だった。
「いよかんコンサート行きましょう」
飯村は、話題を変えた。
「行ってもいいんですか」
「もちろん」
真由子は、平安神宮コンサートに是非とも行きたかった。
そんなに大のいよかんのファンでもないが、好意はあった。
それに何より、その演出を見たかった。
「じゃあ、行きます」
相変わらず、無愛想な返事をした。
( 4 )
いよかんのコンサート関係者席に犬之助が、杖をついて現れた。
顔と頭に、包帯を巻いていた。
階段から、転げ落ちた事になっていた。
八月、一か月まるまる、元から休みだったので、舞台に影響が出るような事もなかった。これが、犬之助にとって、不幸中の幸いとも云えた。
八月のネタの夏枯れで、新しいニュースに飢えていたワイドショーにとって、犬之助の怪我は、恰好の「ネタ」いじりとなった。
レポーターが多数詰めかけた。
連日、ワイドショーが取り上げていた。
「その時の様子をもう少し詳しくお聞かせ下さい」
ワイドショーレポーターが聞いた。
「酔っぱらって、ホテルの部屋で、こけちゃいました。我々、舞台人が、こけるって云うのは、縁起よくないんですよね。お祓いします」
笑って陽気にインタビューに応じていた。
しかし、SNS社会、ツイッター上では、すでにホテルの一室での乱闘の一件についてささやかれていた。
「犬之助を、フルボッコにしたのはすげええ、女子音響ミキサーらしい」
「歌舞伎女アマゾネス登場!」
「スリーピース・アマゾネス・ホテル乱闘篇近日公開!」
「しかし、犬之助は確か、あっち系だったはずだが」
「何でも、キムタクそっくりのイケメン女子らしい」
犬之助の姿を見た真由子は、走って、駈け寄った。
犬之助は、また真由子にどつかれると勘違いして、杖を、「勧進帳」弁慶が金剛杖を振り回すように、前に出して、
「許してくれええええ!」
としりもちつきながら、絶叫した。
「申し訳ございませんでした」
「きみ強いねえ、何か武道習っているの」
「空手と合気道、美容にキックボクシングを少々」
「先に云っておいてよ」
コンサートが始まる。
夕闇迫る中、5kWハロゲンライトとムービングライトで、ライトアップされた平安神宮が、スモークの煙の中ゆっくりと浮かび上がる。
拝殿前の「右近の橘」「左近の桜」の樹木の周りにはそれぞれ、幹の周りに、13台のムービングライトが、べた置きされ、様々な色と模様で樹木と葉っぱを投射していた。
これに、自然の風が偶然重なり、樹木が小さく揺れていた。
その樹木の動く陰影が、ステージ奥の白いホリゾント幕に照らし出されていた。
重厚な音楽が流れる。
カラスと鐘の音。
ヘリコプターの旋回する音。
一体いよかんは、どこから出て来るのだろうか。
客席は、興奮と歓声、嬌声が交差していた。
夜空に向かって、ムービングライトのサーチが、幾つも交差する。
それが、観客の興奮をさらに高めた。
そしてステージの背後、平安神宮の神苑、庭園から、花火が打ち上げられる。
神苑の庭園は、七代目植治こと、小川治兵衛が、明治時代作庭した。
ステージの背後に広大な空間がある事で、花火などの様々な仕掛けが容易に演出出来る。
さらに拝殿前に広がる空間には、絶好の二万人の観客席設置エリアが確保出来る。
平安神宮は、明治二八年(1895年)、平安建都千百年記念博覧会で、平安京朝堂院の建物、五分の三の大きさに模して造られた。
今で云うところの、万博パビリオンである。
博覧会終了後、撤去される予定だったが、これを惜しむ声があがって、平安京造営した桓武天皇から、京のみやこの最後の天皇、孝明天皇(明治天皇の父)まで、歴代の天皇を祀る神社に格上げして、第二の歴史を歩む事になった。
その聖地が、今、こうして野外コンサートとして使われているのだ。
京都人の先見の明と懐の深さを思い知る瞬間でもある。
オープニングだけで、二万発の花火が、夜空を照らす。
のっけから全開である。
遠い夜空から、二人の姿が見えた。
最近アメリカで開発された、空気の圧縮で自由自在に空中を飛べる装置を背中に背負っていた。
十数台のドローンに搭載された小型カメラが、空中で二人を取り囲む。
その様子が、ステージ左右のスクリーンに映し出される。
ドローンから、小型ビームライトも投射され、くっきりと姿が浮かび上がる。
(あっ近づいた)
と誰もが思った瞬間、突然、ライトの投射がカットアウト。二人が消えてステージの後方のホリゾント幕を打ち破って二人が飛び出た。
空中遊泳していたのは、ダミー人形だったのだ。
ホリゾント幕は、よく見ると縦長の白い伸縮自在のゴムが何百本も縦に吊られたものだった。
(やられた)と真由子は思った。
観客を裏切る出方、音楽、音響。
あっと云う間の、三時間のコンサートが終わった。
その日の夜。
祇園の犬之助の行きつけのバーで、いよかんを囲んでのささやかな宴が始まった。
「聞きましたよ、真由子さんの武勇伝」
北浦が来て喋った。
「すみません」
「もっとフルぼっこぼこにしてやれば、よかったのに」
「おいおい、俺を殺す気か」
犬之助が、笑った。
「いえ、裏鷲屋(うらわしや)(犬之助の屋号)は不死身ですから」
「真由子さん、裏鷲屋を殴ったそうですけど、気にする事ないですから」
「そうですか」
「実は僕らも同じ目に遭いました」
いよかんの森本が云った。
「それで合体したんですか」
少し冗談が云えるまで、真由子は回復した。
「いえ、その前に真由子さんと同じく逃げました」
「それで許して貰えたんですか」
「許すわけないだろう」
犬之助が、叫んだ。
「実は犬之助ひとり相手に、いよかん特別ライブしました」
「ね、いいでしょう」
自信に満ちた犬之助だった。
「犬之助さん」
真由子は、くるっと姿勢を変えて、犬之助に向き合った。
「何でしょうか」
「私、あの日螺旋階段の上であなたが、準備されてた事、わかってました」
「覗き見してたの」
「いえ違います」
真由子は、犬之助、いよかんに自分の耳が、他人より数十倍良い事を告白した。
「だから、階下にいても、かつらを被る音、着物を着る音、化粧する音、全てわかりました」
「真由子さん凄い!」
「座頭市ですね」
北浦が勢いよく答えた。
「何ですか、座頭市って」
「知らないの?勝新太郎が映画で演じた、盲目の刀の達人」
「目が見えないけど、その代わり他人の数倍耳がいいんだ」
「耳がぴくぴく動くシーンもあったなあ」
「いよっ、女座頭市誕生!」
一人興奮した犬之助が、拍手した。
その拍手に釣られて、いよかんも拍手した。
さらにその拍手の輪は、店全体に広がった。
よそのテーブルにいた飯村と畑下が飛んで来た。
「ねえ、ねえ何があったの」
飯村が聞く。
「内緒です」
ぶっきらぼうに真由子は答えた。
翌日から、気を取り直して、再び音作りに邁進した。
音の切っ掛けキューナンバーは、三千を越えた。
普通、切っ掛けが多いミュージカルでも千を越すのは、まれである。
「公演始まったら、誰がオペ(オペレーション)(操作)やるの」
醒めた目で、畑下が、真由子から出されたキューシート見ながら云った。
「さあ誰でしょう」
苦笑いを浮かべた。
「やり過ぎ。俺はやらんからな」
畑下は、しんどい事は絶対に手を出さない。
その一言にカチンと真由子は来た。
いつもの、つぶやきが殻をぶち破って、腹の底から、喉の奥を通り抜けこころの吐しゃ物を吐き出した。
「わかりました。全期間、私が休みなしでやります。それでいいでしょう」
畑下が持っていたキューシートをひったくって事務所を出た。
(またやっちまった)
帰宅して真由子は、何度も自室で舌打ちした。
その時、北浦からメールが届いた。
「お疲れ様です。
他人より耳がいいのは、それだけ多くの雑音が耳に入ります。
だから余計、他人よりも、疲れが多いと思います。
実は、僕も真由子さんと同じく、耳が他人よりも数倍鋭いです。
だから、電車移動の時には、耳栓は必須です。
あと音響の件ですが、あれもこれもとてんこ盛りはやめて、一般人の耳を想定してシンプルにまとめてみてはどうでしょうか。
他人の嫌な言葉には、こころにも耳栓をして乗り切って下さい」
世の中には、自分と同じ耳が数十倍よく聞こえる「鋭敏聴覚人間」がやっと見つかった。
しかも、こんな近くにいたなんて!
もし、「スリーピース」スペシャル歌舞伎の音響の仕事についていなかったら、もし主題歌に犬之助が、いよかんを採用してなかったら、色々な出来事が重なり合って、やっと出会った感じだ。
これからは、出会いを大切にしたいと思った。
でもその論法でいけば、畑下も飯村もその出会いのうちに入る。
大きなため息とあくびが、同時に出た。
首筋を伝っていた汗がなくなり、髪の毛の中の汗も蒸発し、腕、足首にまとわりつく汗の代わりに、湿気のない小さな風が包んでくれるようになった。
秋の風が、夏の背中をぽんと押して、季節の主役の交代を宣言した。
再び、音響の打ち合わせが、本番と同じ南座で行われた。
犬之助を始め、いよかん、真由子、畑下、飯村が集まった。
真由子は、一階客席の一番後ろの席の特設ミキサー卓にいた。
犬之助らは、一階客席前から七番目に座った。
足元には、長方形の長さ六十センチばかしの箱が置いてあった。
昔から、「とちり」の席は、芝居を鑑賞するのに、一番よい席と云われる。
その云われは、東京歌舞伎座も南座も改装前の席番は、前から
「いろはにほへと・・・」であった。
「とちり」は、前から七番目、八番目、九番目の席である。
最初の主題歌が流れ、真由子の作った蝉の声が、後方から聞こえて来たかと思うと、音がジャンプした。
昔の劇場のスピーカーと云えば、舞台の左右にあるだけで、音も音楽も前に一直線に広がるだけの、平面的な広がりだった。
南座は、平成に入ってから二度の改修工事を経て、設置されているスピーカーの数もけた違いに多くなった。
左右、フットライト、照明が吊ってあるボーダー、舞台奥のホリゾントと奥、左右の客席ウオール(壁)スピーカー、客席椅子左右、通路、大天井、客席後方の壁など。
これらの設置により、シネコンと同じように、音を天井から降り注いだり、音を客席の周りを走らせる、ジャンプさせる事も可能となった。
人間の耳は、どうしても、その構造上背後からの音を聞き取りにくい。
しかし、コンピューター制御により、色々なところからあるスピーカーの音のレベルを調整した。
真由子は、シンプルに音が奥から聞こえ始めて、段々前に出て来て、最高潮で大天井、左右、後ろのウオールスピーカーからあふれ出す仕組みを取った。
オープニングのラスト近く、蝉の声の大合唱。それが突然のカットアウト。
間。
静けさ。
観客に、
「ん?」
と思わせて、カットインでさらに蝉の種類、声を増幅させた。
「いいね、いいね。次」
犬之助が、催促した。
淡々と進む。
最後のシーン。
「スリーピース・大詰(出発の唄)」(いよかん作詞・作曲)
♬
俺がスリーピースを着る時
あなたが スリーピースを見る時
きっと世界が新しく 変わるだろう
それは希望と、夢が天から降って来る
さあ行け、歩こう、いや走り出そう
イエイ、イエイ、ホップ
ウオオ、ウオオ、ステップ
ヘイヘイ、ヘイヘイ、ジャンプ
さあ歩み出せ、まず一歩から
さあ行こう スリーピースワールド
さあ口ずさもう スリーピースワールド
スリーピース それは平和のシンボル
スリーピース 三つのことば
スリーピース 愛・自由・感謝
今、僕らは 未来に向かって旅立つ
さあ、皆、拍手して
さあ、皆、未来と云う名のテープ投げて
希望の街を作ろう
共に歌おう 共に歩こう
スリーピース スリーピース
さあ行こう スリーピースワールド
さあ口ずさもう スリーピースワールド
♬
この歌に合わせて、真由子は風の音と、竹林が風で揺れる音、太陽の光の強烈さを電子音で作り、かぶせた。
さらに最後に再び、蝉の大合唱を被せる。
そして、突然のカットアウト。
「間」
そして、フェードアウトした。
あまり自己主張して、レベルを上げると、歌がかき消される。
微妙なさじ加減が必要だった。
こうして、全ての音、音楽が終わった。
皆、犬之助を見た。
犬之助は、目を閉じていた。
目頭から一筋の涙が出た。
「俺見えたよ。ラストでいよかんコンサートで使ってたフライングエアーで南座の客席、舞台を自由自在に飛んでいる自分の姿が」
と云っていよかんの二人に固い握手をした。
そして立ち上がり、客席後方のミキサー卓に向かって走って来た。
犬之助は、白い箱を抱えて真由子の前に立った。
真由子は、両手は拳を握り、反射的に身構えた。
「おいおい、殴らないでくれ」
「はい」
真由子は、両手の拳をゆっくりと下ろした。
「きみのおかげで、音響、音楽が数倍、いや数十倍よくなった」
「有難うございます」
「稽古が待ち遠しいなあ。なあ真由子さんもそう思うね」
「はあ、まあ」
稽古が始まる前の、前段階でこれだけ色々あった。
稽古が始まれば、想像もつかないくらいの駄目出しが待ち受けているはずだ。
それを今から考えれば、こころも萎える。
しかし、その一方で少しは気が楽になった。
(ここまで、やって来れたんだ)の自負だ。
「ところで、真由子さん、私からのプレゼント受け取ってくれるかなあ」
「何でしょうか」
「これ、着てくれるかな」
犬之助がさっきまで足元に置いていた箱から取り出したのは、一着のスリーピースとネクタイ、ワイシャツだった。
「ちょっと着替えて欲しいんだ」
仕方なく、花道の揚幕の奥で着替えた。
そして皆の前に登場した。
「すげえ、ぴったし」
「似合うねえ」
「イケメン・アマゾネス」
皆が褒めたたえた。
いよかんの北浦が前に来た。
「真由子さん、ボタン、ボタン」
と云って、指さした。
贈られたスリーピースは、英国製の男物のブランドだった。
「あっ」
真由子は、小さく叫んだ。
男物のスーツなのに、ボタンの位置が反対の女性使用になっていた。
本来、男物は、右側にボタンが来る。
今着ているのは、反対の左側だった。
ボタンの大きさも女性用に一回り小さい。
「ああっわかった!」
声を上げた。
二か月前、飯村社長を通じて貰ったボタンは、本来、このスーツに取り付けられていたものだ。
それを犬之助は、わざわざ、取り外して、真由子のために、オリジナルのボタンに取り換えていたのだ。
犬之助のこの細やかな、心遣いに真由子は、感謝の二文字しか思い浮かばなかった。
さらにもう一つの謎が、ぽっかりと真由子のこころの中に浮上した。
「あのう、一つ気になっていたんですけど、どうして私の身体ぴったりのスーツ作れたんですか?スリーサイズ公表してないんですけど」
「ああ、それね、あの例の賀茂川ホテルの乱闘シーン思い出して」
ダブルベッドの上で、いきなり犬之助は、近づき真由子の腰にがっちりと手を回した。
「その時、私の頭のコンピューターが計算したんだ。あなたにぴったりのスーツの寸法をね」
「そのためやったんですか。改めて、すみませんでした」
「いいんですよ。それより、このボタン見て下さい」
三つのボタンには、それぞれ、異なった色鮮やかな花が描かれていた。
「一番上のは、ラベンダー。花言葉は(期待)です」
少し照れながら犬之助が説明し始めた。
「二つ目は、これは朝顔ですね」
真由子が云った。
「そうです。花言葉は(固い約束)です」
「そして、三つ目。これは(野ばら)ですね」
「そう、花言葉は(才能)です」
「期待、固い約束、才能」
真由子は、三つの言葉を繰り返した。
「その言葉を私から真由子さんに贈ります。それともう一つお願いがあります」
「はい何でしょうか」
「公演始まったら、ずっとスリーピースで操作卓してよ。本当にあなたのスリーピース姿、格好いいもん」
「喜んで」
頭の中に、先程のいよかんの「出発の唄」のフレーズが蘇って回り出す。
「未来と云う名のテープ投げて」
今、自分がどんな未来のテープを投げるかわからない。
しかし、今までそのテープを拾ってみようと云う気は、起こらなかった。
今は違う。両手の拳の中にテープを握りしめていた。
そして、投げてみようと思った。
必ず届くであろう、自分の輝かしい未来の世界に向かって。
真由子は、今、少しだけ「スリーピース公演」の舞台稽古が始まるのを待ち遠しい自分に気づいた。
( 終わり )
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