第7話 自己紹介
自己紹介はいたってシンプルだった。出身中学と自分の名前、趣味や特技など言うだけだった。俺は出身中学と俺の名前である”生田 夏樹”と答え、趣味に読書と述べたがそれだけでは味気ないと思い自分の身体能力を言うことにした。左手に15㎝定規を持ち、0cmのメモリを手首に人差し指を13㎝メモリに添えて。
「自分は瞬発力はありますが持久力がありません。しかし一度疲れ果てても少し休憩すればすぐ全開まで回復することができます。総合的な体力は多い方だと思います」
俺が言い終えると男子以外は歯切れの悪い拍手を送ってきた。女子達は総じて?マークを頭に浮かべており、渡辺先生も”こいつ何言ってんだと?”と怪訝な顔をこちらを見ている。普段を見る幼馴染の春香のようだ。あれ? この人こんなに美人だったのか。トゥクン(胸の高鳴る音)。
渡辺先生は「まあいいか、次」と言って目線を俺の後ろの奴へと移す。後ろの奴もその指示に従い立ち上がると自己紹介を始めようとする。
「どうした生田? 早く席に着け」
いつまでも俺が立ち尽くしていて後ろの奴が自己紹介を始めていいか決めかねているのを見かねた渡辺先生が俺に声をかけた。その声で我に返った俺は「は…はい。すいません」と言って席に着く。なんだこの胸の鼓動は、春香といるときとは少し違うこの胸のドキドキ。俺のこの苦悩などつゆ知らずにクラスメイトの自己紹介は続く。
「東中から来ました梅沢 郁夫と申します。趣味は映画観賞。私は、瞬発力はありませんが長時間動き続けることが出来ます。体力が切れればそこまで、それなりの休憩が必要ですがラストスパートの爆発力は誰にも負けません(クイッ)」
そう言って眼鏡を上げる動作をして何かをやり切った顔をして席に着いた。彼の人差し指は13.5㎝を指示していた。
バカだなぁ~こいつ。眼鏡かけてるやつは知的なイメージあるけど、ただ単に通常の人間より劣った弱視野郎なんだよなぁ~。
俺が眼鏡をかけている人を敵に回す差別的な思考をしているうちにも自己紹介は続いていく。その間、男子は俺に倣って自己紹介を行っているが、まれに15㎝定規を超える者が現れると「おぉ!」と男子生徒がどよめく。マラだけに。
自己紹介がクラスの半数分終わったあたりで徐々に女子の中でも俺たちの自己紹介の真意に気づく者が現れだし、”ある者、頬を染め”、”ある者、定規のメモリを見るたび嘲笑”、”またある者、我らが崇高な行いに憤慨する”その中でただ一人、愛くるしい天使のような微笑みを絶やさない女子生徒が今まさに自己紹介を行う。
「聖ヴァギナ・デンタタ学園 中等部から来ました。如月 鳳華です。弓道を嗜んでいます」
そう言って彼女は一礼するとお行儀よく席に着く。弓道をやっている割に高校一年生にしては豊満過ぎるパイオツしている。俺がそんなことを考えている間にクラスが少しざわついている。それもそうだ。聖ヴァギナ・デンタタ学園は小中高大一貫の女子学園である。金持ちの由緒正しきボンボンが収容されている。家柄と乳がデカい女がいれば話のネタにもなる。
「如月 鳳華て、あの如月医大病院の院長の如月 玄武のお孫さんじゃないか」
「それに如月さんのお父様である如月 朱雀さんはあの大手医療メーカーの如月メディカルの代表取締役社長よ」
「医療機器のシェアは国内外ともに№1。そんな住む世界の違う方と同じクラスになれるなんてお近づきになりたいわ」
俺のお金持ちの次元を超えていた。ていうかお前ら詳しすぎじゃね? 苗字と学校だけでそこまでわかるものなの? まず病院の跡取りもしくは大手会社のご令嬢が自分と同じ年て時点から把握してないよ。
そんなことを思っていると如月さんの前に赤毛のヒトデのような形をした髪型でヤンキー風の男が近寄っていた。
「よう如月さん。俺は、春岡 明夫ていうんだ。よろしくな。俺はアンタみたいな胸のデカい美人には目がないんだ。どうだ、俺の女にならないか?」
なんて奴だ、とんでもねぇ。あんなにどストレート女を口説いているところは見たことがない。どう返事をするんだろあの人。
「とても素直な告白ありがとうございます。でもごめんなさい。私、男性の方とお付き合いするつもりはございませんので」
そう言って頭を下げる彼女。
「そんなことを言っているのも今のうちさこれを見な」
春岡は左手に持っていた定規を彼女に見せる。突き出されている定規を見て場が騒然とする。そこには30㎝定規が握られていたからだ。
春岡は「ふふふ」と笑いながら彼女の前で人差し指を動かす。彼の指は15㎝から1㎝刻みに上へと移動する。彼の指が1㎝、また1㎝と上がるたびに場が静寂していくのがわかった。指がとうとう20㎝を指したとき誰かがポツリと呟いた。
「化け物だ…」
ああ、化け物だ。俺は胸の中でそう呟いた。あいつは今、告白した相手の前で定規片手に指を1㎝ずつ動かしているのだから。
静寂に包まれた中ようやく指の動きが止まる。23㎝。春岡の人差し指はそのメモリを指したまま微動だにしない。
静かだった教室は春岡の硬直により音を取り戻す。
「23㎝。なんて奴だ…」
「ねえねえ23㎝てすごいの?」
「さぁ、でも黒人は平均30㎝あるっていうし大したことないんじゃない」
「子供の時見た、お父さんのはすごく大きかったよ」
春岡の指した23㎝に対して話が行われる。平均30㎝とか人間じゃねえよ。ギャルのくせに初心者かよこの女…悪くね。そしてそこの君。お父さんの比較するのはいいけど…はぁ…俺は将来子供ができて女の子ならお風呂の時に前は隠すことを決めた。
静寂が解き放されて30秒ほどようやく春岡は口を開いた。
「ふふふ…どうだ見たか如月! 俺のこのビッグマグナムを見ればお前も気…」「…かわいいこと」「が…へ?」
春岡が自慢の一物の話を如月さんの言葉で遮られる。
「お可愛いこと」
そう言うと彼女は姿勢を正し、凛とした態度を皆に示す。一部始終を見ていたはずの渡辺先生は「お前たちなにをやってる。春岡も何を如月に突っかかっているんだ席に戻れ」と春岡を叱る。
先ほどの騒動で席を立っていた生徒は席に着き、心ここにあらずの春岡を男子生徒で手厚く介抱し自己紹介は再開された。
先ほどまで行われていた男子の体力自慢(仮)は一切行われなくなり、自己紹介は無事終了した。渡辺先生は一人「なんださっきまでしていた体力自慢はもういいのか? それになぜ定規を握りながらだったんだ?」と小首を傾げている。この人の感の鈍さにクラスメイト全員が”この人に恋愛相談はやめておこう”と心の中で固い結束が結ばれたのであった。
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