労働には対価が必要です


帰還時刻きかんじこくギリギリだったぞ。」


「後少し遅かったら、

アテリオン様の説教だったのにな。」


そう、

笑いかけてくるゲート担当の先輩せんぱい達の言葉には、

苦笑しか返せない。

(アテリオン様はお説教が長い。

しかられるヒトは最終的に何故なぜか、

彼の日々の愚痴ぐちを聞きながらなぐさめる羽目はめになる。)



帰還時刻きかんじこく午後ホロー4時パネント厳守げんしゅ!』



これは、

ギルドのおきての1つだ。


この世界に季節は無く、

1年を通じて午後ホロー5時パノントになれば暗くなり、

夜になる。

(ここでの時間の呼び方は、

午前ホゼ午後ホローの後に時間を言い、分は無い。

・・細かい事は、またいずれ。)



『夜間のギルドの仕事は、

特例とくれいの場合をのぞき禁止とする。』



これも、

ギルドのおきて



緊急きんきゅうの場合をのぞき、

午後ホロー5時パノントから午前ホゼ6時パハントまでの間、

モストリア外への一切いっさいの出入りを禁ず。』



こっちは、

この街のおきてだ。


この世界では、

人間もモンスターも関係無く、

街の外への夜間の外出は禁止されている。

(人間側では冒険者や行商人用に、

夜間の街の外への外出を取りまる法があるぐらいだ。

破れば資格剥奪はくだつの上、厳罰げんばつらしい。)


人間達の間では、


「夜間はモンスター達が凶暴化するので、

不必要に刺激しないためだ。」


と、言われているけれど。


・・実は、

『逆』の理由であるという事は、

は知らないだろう。



○    ○    ○    ○    ○



暗くなり始めた窓の外を見ながらだったり、

向こうで元気良く飛びねている、

2人のアクア・ムニムに手を振ったりしながらも。

(あの2人も、お説教は回避かいひできたらしい。)


私はギルドの建物内を歩き続け、

そのまま出口のそばにあるカウンターへとやってきた。



帰宅するモンスターであふれかえっているこの場所は、

お給料を受け取るための窓口になっている。


毎日この時間は、

すごい量のヒトで長蛇ちょうだの列になっているのだが。


カウンターの数も、

応対する職員の人数も多いので、

長い時間待たされるという事はあまり無い。


となりで、

同じように並んでいるヒトと話しながら進んでいると。

(張り切っていたスケル・ナイトさんだった。


この後、

奥さんと赤ちゃんへお土産みやげを持って帰るそうです。


右腕に着けている、

奥さんからのプレゼントの腕輪を見せてもらいました。


・・すごく嬉しそうで、とってもなごんだ。)


私のぐ前に並んでいる、

グレーのスーツを着た狼タイプ獣人アニメンシュさんの番が来た。


「本日は、如何どうなさいますか?」


カウンターの向こうから職員さんが声を掛けると、

彼は黒縁くろぶちのメガネのズレを直しながら言う。


「今日は、全て肉にして下さい。」


少々、疲れてしまったので。


そう言って溜息をつく彼の前に、

10人前以上の肉のかたまりが置かれた。


「お待たせいたしました。

本日のお給料分の肉です。」


がとうございます。」


彼は嬉しそうに全部受け取ると、

尻尾しっぽらしながら帰って行く。


その様子を何となく目で追っていると


「リョーカさーん!」


と、名前が呼ばれたので、

あわててカウンターに近づいた。


「本日は、如何どうなさいますか?」


「えっと。」


そこで私は、

現在家にある食材の事を思いだす。


(魚も肉も少なかったはずだし、野菜も少なかったっけ。

・・あ、でもパンも買わないと。)


うん、それなら。


「半分を晶貨しょうか

半分を肉と魚にして下さい。」


私がそう言うと、

カウンターの上に今日のお給料として、

晶貨しょうかと肉と魚が置かれた。


「お待たせいたしました。

本日のお給料分の、晶貨しょうかと肉と魚です。」


がとうございます。」


晶貨しょうか財布さいふに、

肉と魚を持って来ていたエコバッグに入れると、

私はカウンターを後にする。


・・ギルドでのお給料は、

1日働いた分が帰りにもらえるシステムだ。

(つまり、日払ひばらいです。)


そのさいに、

通貨である『晶貨しょうか』か、

食べ物かを選べるようになっている。

(『晶貨しょうか』は、

水晶をコイン状にしたもので


晶貨しょうか』・『青晶貨せいしょうか』・『赤晶貨せきしょうか』・『緑晶貨りょくしょうか』・『魔晶貨ましょうか


の5種類があります。


晶貨しょうか1枚が約10円ぐらいで、

100枚で青晶貨せいしょうか1枚になる。)


一応、選択式せんたくしきにはなっているが、

大体のヒトが肉か魚を選んでいく。


理由はとても単純で、

私達モンスターにとっては『貨幣かへい』よりも、

自身の魔力と体力を回復する『食べ物』の方が、

はるかに価値があるからだ。


それに、

肉や魚は専門家によって魔力から作られているので、

(私達は獣や魚をって食べない。

昔から魔力で作られた物を食べている。)

どんな物よりも高価なのである。


・・まぁ、それでもパンや野菜などを買ったり、

雑貨を買ったりする時には必要になるから、

私自身は少しは晶貨しょうかを持つようにはしているけれど。

(全部自分で作れるヒトは、本当に必要無い。

・・私は不器用なので、絶対に無理だ。)



○    ○    ○    ○    ○



鼻歌を歌いながらエコバッグをらしつつ、

暗くなり始めた道を歩く。


星がまたたきだした空や、

あかりがけられ夜景が広がっていく街並みを見ていると。


「ルーテおわりー!!」


「へい!

オミリスタうおの丸焼きお待ち!!」


「こっちにリゴリ海老えびのタスメ追加でぇ~!」


「ヴィキーお願いしますー!!」


こんな風に、

あちこちの料理店からにぎやかな声や、

ぐだけで「美味しい」とわかる料理の強い香りがただよってきた。


空腹を刺激されるそれにじって、

家庭のあたたかな団欒だんらんの声と料理のにおいも、

ひかえめに流れてくる。


「・・。」


今度は、

ほんの少しのさびしさを刺激されたけど。


(・・明日の派遣はけん先は、何処どこだろう?)


と、仕事の事を考えて、

それに小さくふたをした。


すっかり元気を無くした翼と尾を連れ、

少しうつきながら家に辿たどり着くと。


(・・あれ?)


ドアの前にデン!と置かれた、

大きなバスケットに出迎でむかえられる。


頭に疑問符ぎもんふを浮かべつつバスケットを持ち上げると、

上に1枚メモが乗っている事に気が付いた。



『 パンがあまってたからあげるわ。


 追伸ついしん

 食事はちゃんとりなさいね。


 バランスのいい食事こそが、

 バランスの良い女を作るんだから。


             レリィ』



彼女らしいその文章に、

思わず笑いがこぼれてしまう。


がとう、レリィ。」


小さく言った感謝の言葉は、

きっと耳の良い彼女に聞こえているはずだ。


今頃


パン屋あのひとの仕事を、

手伝ってあげただけよ。

・・ホント、

私がいないと駄目だめなヒトなんだから。

リョーカもちゃんと買って頂戴ちょうだいね。』


なんて、

しっかりしているあの看板娘さんは

考えているにちがいない。


大きなバスケットと、

大事なメモ。


そして、

すっかり元気になった翼と尾を引き連れ、

私は明るい気持ちでいまだ暗い我が家のドアを開けた。



・・明日あしたも、頑張がんばろう。

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