本日の勤務地「サーウェスの洞窟」


眩暈めまいように一瞬景色がゆがんだ直後、

私の姿はすでに本日の勤務地きんむちった。


辺りは薄暗く、

とがった岩が氷柱つららようにぶら下がっている天井からは、

時々冷たいしずくが落ちてくる。


洞窟どうくつの中に自然に出来た、

このちょっとしたドーム型の空間が私の本日の仕事場、

「サーウェスの洞窟どうくつ」だ。


この洞窟どうくつは、

「サーウェス」という湖の側にある自然どうで、

最深部にはこの世界でもっとも純粋な水がき出している

地底湖がある。


その水を使用して作る魔法薬は、

質や効果が最高の物になるという事で、

薬屋や魔法薬の研究者にとっては

のどから手が出るほど欲しい物、らしい。


だけど、この洞窟どうくつは深い上に迷いやすいので、

一般人や研究者のように旅れない者にとっては、

とても危険だ。


そのため、ここで地底湖の水を入手する仕事は、

冒険者のギルドではほぼ毎日求人中なのだそうで。


・・つまり、毎日冒険者がやって来るって事は、

私達にとっての仕事場になる、という事だ。



一応、辺りを念入りに見渡し、

まだ冒険者が来ていない事を確認する。


その作業中にも、

遠くや近くから打ち合わせや挨拶あいさつわしている声が聞こえ、

それがどんどん増えている事から、

派遣はけんされてきた同僚どうりょう達がそれぞれの場所で準備をしているのがわかった。


「私も準備しないと。」


そう呟いて目を閉じ、

私は全身を使って大きくびをする。


爪先や指先、頭の天辺てっぺんまでゆっくりと、

血液をめぐらせる事を意識しながらびを続けていると、

せまかせからはなたれる様な感覚が体中に広がっていった。


そして・・それに合わせ、

普段の自分のなかには無い様々な感情も、

血流に乗って全身をめぐっていく。




今日出会う、冒険者の強さへの期待きたい

予想が不能ふのうな、戦術への好奇心こうきしん

未知みちの相手と、戦いをおこなう事への高揚感こうようかん




好戦こうせん的な感情が意識を支配していく中、

それら全てを押し退ける強さを持つのはやはり。


・・たとえ相手が何者であっても、

決して敗北する事は無いと言い切れる、

竜族じぶんの強さへのほこりだ。


それが自分の魂の中心にするこの瞬間が、

1番みずからが竜である事を実感する。


「・・ふぅ~。」


暴れ回る激情をおさえるためにわざとゆっくり息を吐き、

そのまま静かに目を開けた。


すると、さらに良くなった視力が、

この空間のすみにある水たまりに映った自身の姿をとらえる。



巨大になった翼の色は、

根元は真紅しんくで先にいけば闇のような黒になるグラデーション。

(角と爪の色も同じ。)


全身をおおうろこも、

ふちが黒で中の方は真紅あかに変わっていた。

(1枚の大きさは巨大なたてくらい。)


瞳だけは見れた黒のままだが、

瞳孔どうこうに時々火花のように紅い光が散る時があるらしい。

(ムーオとガレスによる情報だ。

私は鏡でチェックしたが、1度も見た事が無い。)



・・この、一見すると禍々まがまがしい配色の体こそ、

私の竜としての姿だ。



実は、初めてこの姿になった時、

そのあまりの闇属性っぷりに、

戻る度に落ち込んだのはいい思い出です。

(友人や先輩方には好評なのだが、

ただ黒い竜がいないから見れていないだけだと思う。)


顔を右や左に向け、

たまりを鏡代わりにし、

全身を念入りにチェックしてみる。


・・うん。

何処どこにも不備ふびはない。


「よし!・・さてと。」


重い地響きをたてながら、

私はこの空間の中心まで移動した。


そこで、ゆっくりと座り込むと、

尾を抱え込む様に丸くなる。


「・・ふわぁ~。」


そこで、するどい牙のそろった口を大きく開け、

大きな欠伸あくびを1つ。


そして。


「おやすみなさーい・・。」


誰にともなく呟くと、

そのまま私の意識は眠りの中へ。


・・こうして、

与えられた場所で寝ながら待機たいきするまでの一連の行動が、

私の仕事の準備だ。


「仕事中に寝るな!」


と、言われそうだが、

これにはちゃんと理由がある。


私もふくめ、

ドラゴン族がこういう所で寝ているのは、

実は冒険者や他のモンスター達への配慮はいりょなんです。


・・ドラゴン族の闘争とうそう本能は、

実はどのモンスターよりも高く、

起きている間はずっと戦いにそなえ、

精神や本能がつね高揚こうようしている状態だ。


普通のモンスターのように起きて通路をうろついていると、

やがてその感情と闘争とうそう心をおさえられなくなってしまう。


そうなると、

後は冒険者も仲間モンスターも関係無く、

目についた生き物全てにおそい掛かるだけの、

凶悪な存在へとててしまうのだ。


だからそうならない為に、

ドラゴン族は持ち場に着くと眠り、

闘争とうそう本能を押さえつけるという行動をとる。


(今日は何人来るのかな?・・強いといいんだけど。)


ほんの少しのおさえきれない高揚こうよう感で、

牙の間からかすかにフシュウ、と炎と共に笑い声がれた。


(楽しみ・・。)


シュウ、と再びれた笑い声は、

辺りに静かに響いた後、

ぐに水滴の落ちる音の中へと消えていく。



・・さぁ、戦闘しごとの始まりだ。

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