14日間の異世界


ここは、

スァルト・ヴェートという世界にある都市の1つ、

モストリア。


辺りは魔法の石レンガで作られた堅牢けんろうな壁と、

幾重いくえにもほどこされた強力な結界。

そして、深い森と高い山岳に囲まれている。


勿論もちろん、森と山岳の全てにも

魔法と結界が掛けられていて、

この都市は決まった方法以外では、

絶対に外部からは侵入できないようになっていた。


こんなに物々ものものしく防衛ぼうえいされている都市だが、

街中の様子は全然違っている。


湖があり、自然のあふれる大きな公園。

美しく整った街並みには、街路樹や花が植えられていて、

明るい日差しに満ちている。


道も全てがきちんと掃除され、

ゴミどころかちり一つ落ちていなくて清潔だ。




○     ○     ○     ○     ○




私のバイト先であるギルドは、

この都市の中心に建っている。


勿論もちろん、私以外にも、

所属しているヒトが大勢いる訳で。


(あ~・・。ラッシュにつかまっちゃったか。)


大通りはギルドに出勤するヒトで、

大混雑が起こっていた。


何とか潰されないようにと、

ヒトの流れに合わせて歩いていると。


「おーい!リョーカ!」


と、聞き覚えしかない声が聞こえてくる。


その方向を向くと、

予想通りの相手が元気いっぱいに飛び跳ねながら、

自己主張をしていた。


「おーっす!今日から出勤だな!」


「うん!おはよー!!」


此方こちらも負けじと手を大きく振ると、

彼はそのままピョンピョンと器用に跳ねながら、

ヒトを上手くけつつ私の側までやって来る。


「お前、ちゃんと飯食ったか?」


「来る前に食べて来たよ。」


「なら安心だな!」


そう、まんまるな体をプルプルと揺らし、

大きな瞳の可愛い外見とは反対に、

ニカッと彼は漢らしく笑った。


彼は、私の友人のムーオ。

800歳のムニム族の青年である。

(ムニム族とは、ゲル状のプルプルした体を持つ種族だ。)


彼は、私が初めてこの街に来た時に、

道や店が分からなくて困っていたのを助けてくれた。


それ以来、

彼とは互いの家を行き来するほど仲の良い友達に。

(ただし、彼の家に1人で行くとしかられる。

「嫁入り前の娘が、簡単に男の家に来るんじゃねぇ!」

と言われるのだ。)


久しぶりの友人と出会えた事で、

すっかり私は上機嫌になった。


中々前に進まないラッシュ時でも、

この友人と話す時間が増えたと思えば気分も晴れる。


私達が互いの近況報告も兼ねて、

会話に花を咲かせていると


「リョーカちゃ~ん!」


と、もう1人の友人の声が聞こえてきた。


「お、ガレスだ!」


おーい!!


その声のした方に、私は大きく手を振ってこたえ、

ムーオは高く何度も飛び跳ねる。


すると、私達を見つけていた彼は、

ヒト波をなんとか泳ぐように進んできた。


近づくにつれ、

ズシンズシンと重い地響きが足元を揺らし、

大きな影が頭上に掛かる。


体の鉄レンガを朝日に鈍く輝かせながら、

登場したのは私のもう1人の友人、ガレス。

640歳のゴーレム族の青年だ。


「おはよう、ガレス。」


首が痛くなるほど見上げながら、

私は笑顔で挨拶する。

すると彼は


「はよーっす。

・・あ~あ、休み終わっちゃった~。

今日から仕事とか、マジ勘弁かんべん。あ~、ダリぃ~。」


超メンドいと頭をきつつ、

彼はそのかたい表情(鉄レンガ製ですから。)をだら~っと

ゆるめながら言った。


そんなやる気のない彼に、

足元のムーオが飛び跳ねながら怒鳴る。


「ダラダラしてんじゃねぇ!

それに、オレっちへの挨拶は無しか!」


すると、ガレスは頭に手を当てたまま、

足元のムーオに軽く会釈えしゃくした。


「あ、ムーオ先輩ちーっす!」


「ちーっすじゃねぇ!挨拶ぐらいちゃんとやれ!」


「え~?ボク、現代っ子なんでぇ~。」


ヘラヘラと笑うゆるいガレスに対して、

徐々にムーオの怒りのゲージが上がって行くのが分かる。


私が止めようかと思っていると、

ムーオの体から魔力を帯びた燐光りんこうあふれ出した。


「・・融解アフタムすんぞ・・!」


見た目の可愛さに反したドスのきいた声で、

彼が告げた瞬間ガレスが直立姿勢を取り、

素早く頭を下げる。


「サーセンっした!!それはマジで勘弁かんべんして下さい!!」


ボクから守備力無くしたら、いいトコ消えちゃう!!


必死な彼の心の叫びに、

辺りにいたゴーレム族が頷いて同意した。



融解アフタム」とは。


ムニム族がAランクになった時から使用できる、

戦闘用補助魔法だ。


相手の守備力が高ければ高いほど

下げられる数値が多くなり・・

守備力が自慢のゴーレム族にいたっては、0になってしまう。


そんなゴーレム族だけど、Sランクからは

体を構成する鉱石が魔力を帯びた材質に変わるので、

こういったステータスにマイナス効果の付く魔法にも、

耐性が付いて効きにくくなる。


でも、ガレスはまだAランクだから、

魔法に対しての抵抗力が低い。


だから、そのまま守備力が0になってしまう。


そうなると、

猫に引っかかれただけでも、すごく痛くなるらしい。

(以前、融解アフタムを掛けられた後、

その場に偶然居合わせたレリィに引っかかれ、

涙目で彼が謝罪するという事件があった。)


だから、ガレスがこの呪文を嫌がるのは当然・・

なのだが。


目の前の彼が全身をきしませながら震え、

完全に怯え切っているのには、別の理由がある。


・・それは、

ガレスにとって融解アフタムがトラウマだからだ。


話は、私と彼が出会った時にまでさかのぼる。



○     ○     ○     ○     ○



ガレスと出会ったのは、

ムーオと友達になった後で、

私がまだこの街に慣れていない時。


日用雑貨が全然足りなくて、

困っていた私にムーオが


「お前、店の場所わかんねぇだろ?

オレっちが街の案内するから、

ついでに足りない物もそろえちまえ。

なぁに、荷物持ちならまかせときな!」


と、申し出てくれた。


そこで、2人の休日が重なった日に、

街の広場の噴水で待ち合わせをする事に。


当日。


私が待ち合わせの20分前に到着し、

彼を待っている時にガレスが話しかけてきた。


「ねぇ~、誰か待ってるの?

よかったら、ボクも一緒に行っていいかなぁ?」と。


・・つまり、ナンパ。


私は、

その時に初めてゴーレム族に話しかけられたのだが、

自分の中にあるイメージとのギャップに固まった。

(後から知ったが、ゴーレム族はみんなこんな感じだ。

ちなみに、ラミア族は極端きょくたんな寒がりで、

普段は着ぶくれ過ぎて雪ダルマみたいになっている。)


固まった私を彼が心配して、話しかけたり、

目の前で手を振ったりしている所に、

ムーオがやって来たのである。


彼はその状況から

「ナンパ男が自分の友達を怖がらせている」のだと、

完全に勘違いをしてしまった。


その瞬間ムーオはブチ切れ、

詠唱破棄えいしょうはき融解アフタムをガレスに向けて放ち、

守備力が0になった彼の鳩尾みぞおち目掛けて、思い切り頭突きをする。


流れる様な動作のクリティカルヒットの一連に、

ガレスは倒れて気絶し、周囲にいたヒト達からは

大きな拍手が送られた。


そこでようやく正気に戻った私は、

ムーオの誤解を解き、倒れている彼の手当てをしたのだが。


気が付いたガレスは、

ムーオが謝っても完全に怯えてしまっていて、

お詫びを兼ねてその日は結局3人で街を巡ったのである。


その日から彼とも友達になったのだが、

その出来事がトラウマになってしまったようで、

ムーオの事を「先輩」と呼び、

頭が上がらなくなってしまったのだった。




○     ○     ○     ○     ○




「まぁまぁ。

・・折角せっかく久しぶりに会えたんだし、

3人でギルドまで行こうよ。」


私がなだめた事で、

何とかムーオの怒りと、ガレスの震えは収まる。


「しょうがねぇな。

・・にしても、朝のこの時間は、

やっぱりヒトが多くて敵わなねぇ。」


「先輩、前見えてます?

よかったら、ボクの肩に乗りません?」


「・・自慢か?背の高けぇ自慢かそれは?」


「あ、いいなそれ。私は乗りたい。」


「いーっすよ!」


駄目だめだ!

嫁入り前の娘がはしたない真似するんじゃねぇ!」


「はしたない?」


「はしたないっすかねぇ?」


2人で顔を見合わせて、頭に「?」を浮かべていると、

キレたムーオに頭突きされる。

(私は頭、ガレスは鳩尾みぞおちに。)


「あいたっ!」


「痛ぇっ!!」


「きりきり歩け!仕事前の準備運動だ!」


「わ、わかってるって!」


「サーセンっした!」


騒ぎながらもヒト波に合わせて歩いていると、

前方に城のような立派な建物が見えてくる。


白い壁は全て魔水晶で造られ、

不思議な青い色の屋根は、

あらゆる守護魔法の掛けられたラピスラズリ製。


美しい芝生と木々に囲まれた、

街の中心にそびえ立つこの場所こそが、

この世界の私の職場。


モンスターの街、

モストリア最大の規模きぼほこるギルド


『冒険者用モンスターギルド「双子の魂ツヴィ・アム」』


だった。

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