朝の出勤風景


少しの違和いわ感の後、

私はゆっくりと目を開ける。


「うん。何時いつもの部屋だ。」


周りを見渡しても何時いつもの通り・・

がっしりとした木と、石のレンガで出来た、

本棚とベッドのみの簡素な部屋だ。


音を立ててカーテンを開けると、

眩しい位の朝日が差し込み、

今、夜が明けた事を告げている。


眠気の無くなった両目で、

しっかりと景色を眺めた後


「さあ、今日も元気に出勤だ!」


と、伸びをしながら部屋を出て、

階段を下りていく。


1階に着くと、

リビングの4人掛けのテーブルを通り過ぎ、

私はそのまま外へと通じる、

分厚い木の扉の取っ手に手を掛けた。


音を立てながら、扉を押して開くと



「おーっす!」


「よぉーう!」


「おっはよー!」


「オハヨー!」



昇る朝日によって輝きが増していく、

古い石レンガの街並み。


吹く風に柔らかく香る、街路樹や植木鉢の花々。


開店したばかりの店の前で、

店主が町行く人に挨拶を投げかけている。


未だ閉じている料理店からも、

仕込み中なのか、美味しそうな匂いが漂って来ていた。


「うーん!」


朝の清々しい空気を胸一杯に吸い込み、

伸びをしていると


「あら、リョーカ!」


と、薔薇ばらの香水の様に甘く、

あでやかな声が降ってくる。


「ん?」


少しばかり良くなった両目で

その方向を見上げると、

声の主は2軒先の、パン屋の窓辺にいた。


彼女が少々吊り上がり気味の大きな目を細め、

此方こちらを見下ろしているのがわかる。


私が気付いた事を察したらしく、

まだ少し眠そうに欠伸あくびを零しながらも、

彼女はそこから動かず話を続けた。


「お帰りなさい。今日も今から出勤でしょ?」


「ただいま。

そう、これからギルドに行く所だよ。」


扉を閉めつつそう言うと、

彼女はまた小さな欠伸あくびを零す。


随分ずいぶんと真面目ねぇ・・。

そんなに仕事ばかりしてないで、もっと恋でもしなさいな。

まだまだ若いんだから、

今の内にトキメキで体を輝かせていないと、

しなびた薬草みたいになっちゃうわよ。」


恋多き彼女の言葉らしくて、

私は少し笑った。


「まあ、前向きに検討してみるよ。」


「それって、その気が無いって事よね?

・・全く!貴女、素材は良いんだからもう少し・・!」


そのまま説教に移りそうだったので、

私は慌てて話題の転換をはかる。


「そ、そう言えば、

この前のボーイフレンドとはどうなったの?」


「ああ、あの人?・・そうねぇ。」


彼女は少し胸を張り、

ツンと鼻先を上に向けた。


「デートの場所のチョイスは良いんだけど、

話題選びが下手なのよ。


もう少し様子を見ていてあげるけど・・

あんまりダメなら、バイバイかしらね。」


頑張がんばれ・・リッシ!)


私は心の中で密かに、今のボーイフレンド、

魚屋の看板息子のリッシに声援を送っておく。


と、彼女が三度欠伸あくびを零した。


「寝不足?」


「そう。・・昨夜、ちょっとした集まりがあったのよ。

余り何回もサボったら、長老が煩いから。

これから、のんびり寝る事にするわ。」


「じゃあ、おやすみなさい。レリィ。」


「おやすみなさい、リョーカ。

そして、行ってらっしゃい。気を付けるのよ。」


彼女、レリィは最後にまた1つ欠伸あくびを零し・・

白く美しい毛並みをひるがえすと、

尻尾しっぽを揺らしながら部屋の中に戻って行く。


「うん、相変わらずの美人さんだ。」


流石パン屋の看板むすめ


レリィとの会話を終えた私は、

さっきよりも賑やかになりつつある道を、

ギルドへと向かって歩き出す。


レリィと話した事で、

自分の尾も元気良く揺れているのがわかった。


足元の影に映っている背中の翼も、

頭の上に生えている角も、張りがあって問題無し。


「さあ、今日も1日頑張りましょう!」


おー!と1人上げた手の爪と、

全身を覆ううろこは朝日に赤く輝き、

尖った耳は風の音と一緒に、他の音も拾い上げてくれる。



本日も元気に労働の意欲に燃える、

1人の「竜人ドラゴニア」の姿がそこにはった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る