ハード クリスマス!

 トナカイのコスチュームは、俺の体にピッタリだった。

 鈴の形したファスナーチャームを首元まで引っ張り上げる。


「カケルさぁあああああん! 準備できましたぁああああ?」


 ルドルフ三世人間ver.は、あいかわらずのヘタレスマイル。


「ああ。着替えたよ」


 しかし、これでいいのか。


「いやぁ、すっごく心配したんですよぉ。あのクソジジイが余計なこと言うから、カケルさん、もう来てくれないんじゃないかって、僕、途方にくれてたんですからね」


「来たくなかったけど、無理やり呼び出されたんだよ」


「何言ってるんですか。無理やり呼ぶなんて、クソジジイでもできませんよ」


「え?」


 どういうことだよ。

 そもそも、お前が連れてきたんだよな。


「さ、行きますよ。ノームたちも、待ってますから」


「ちょ、ルドルフ。あのさ……」


 ルドルフ三世は、空気読まない。俺を腕を掴んで引っ張っていく。


「細かいことは、トナカイにはわからないです。でも、カケルさんがいい人だってことくらい、知ってますよぉ。世界中の子どもたちが待っているんですから、急ぎますよぉおお」


 転ばないように走るのが、大変だった。さっきから、離せって言っているのに、腕を離してくれない。


「あのさ。世界中の子どもたちって、よい子だけにプレゼントするんじゃ……」


「よい子じゃない子どもなんていませんよ。子どもたちが、よい子でいてもらうために、それから大人になれるように、夢を配るんですからぁ」


「プレゼントじゃないの?」


「夢も、立派なプレゼントですよぉ。カケルさん、わかってないなぁ」


 全力疾走しっぱなしのはずなのに、少しも息切れしない。

 このコスチュームのおかげかな。

 廊下の窓の向こうは、すっかり夜だ。


「子どもだけじゃ、人間はすぐに滅んじゃいますよ。子どもを守って、育ててあげる大人がいるから、子どもが遊んで夢を見て、大人になるんじゃないですかぁ」


「なんか、言っている意味よくわかんないけど……」


 よくわかんないけど、すごく楽しくなってきた。


🎅🎅🎅


 サンタクロースのそりは、やっぱりというかなんていうか、でかかった。

 鈴とかキラキラしたモールとか、柊とかで飾り立てたそりの上には、これまた馬鹿でかい白い袋。


「遅いじゃないの。カケルっ」


 ピンクのとんがり帽子が、駆け寄ってきた。


「ごめん、エクボちゃん」


「べ、べつに、心配したわけじゃないんだからね」


「うん、心配してくれてありがとう」


「だから、心配したわけじゃないって、言ったじゃない! あ、まだやることあるから、じゃあね、カケルっ」


 エクボちゃん、可愛いな。幼女とか、そういうんじゃなくて、可愛いんだよなぁ。


「まったく、ノームたちの仕事は終わったってのに、何言ってるんですかね。まったく、素直じゃない連中ですよ」


「いや、空気読めないお前が言うな」


「え? カケルさん、今、ひどいこと言いませんでした? 空気読めないとか、ひどいこと言いましたよね」


 あー、こいつマジで末期だな。


「はいはーい。親愛なるクリスマスタウンの住人たち、それからカケルくん、ちゅーもーくっ」


 赤いメガホン片手にサンタクロースが、橇の上に現れた。


「ルドルフ三世は、少し黙ってろよ。赤っ鼻になりたければ、喋ってもいいけどな」


「ひぃ」


 鼻を押さえるルドルフは、あのクリスマスソングの赤っ鼻のトナカイの孫だって、ノームから聞いてる。

 どうやら、そうとう赤っ鼻が嫌みたいだ。


「さて、今年もやってきたよ、クリスマス!」


「わーい!」


 ノームたちが、飛び跳ねる。


「今年は、ヴィクセンが彼女とイチャイチャしたいからとかで、バックレやがった」


「リア充死すべし!」


「鼻っ」


「ひぃ!」


 鼻を押さえるルドルフ三世は気がついてないみたいだけど、サンタクロースはただのネタって感じでからかってるみたいだ。空気読めないから、いいのかもしれないけど。


「どうせ、ヴィクセンのことだから、すぐに振られて戻ってくるだろうよ。ま、今年はカケルくんのおかげで、特別な夜になりそうだ」


「カケル、がんばれー。褒めているわけじゃないからね」


「ありがとう。エクボちゃん」


 エクボちゃんがあの時一生懸命だったから、なんとかしてあげようって思ったんだよ。


「さぁて、プレゼントは……」


「夢いっぱ~い!」


 ノームたちが声を揃えて、サンタクロースに答える。

 なんか、サンタクロースがステージの上のアーティストか何かと、勘違いしてしまいそうな熱狂ぶりだ。


「トナカイは……」


「元気いっぱ〜い!」


 ルドルフ三世の他にも、サンタクロースに答えた声があった。


 あっと声を出す前に、俺は四本足のトナカイになって、橇につながれていたんだ。


 俺とルドルフ三世の他にも、トナカイいるじゃねーか。


「ジングルベル。鈴を鳴らせ!」


 え、あ、ちょ、ど、どうすれば――。


🎅🎅🎅


 俺、今、マジで感動してる!


 TVとか映画とかなんかで、よく見た景色の中にいるんだ。

 感動しないわけねーよ。

 けど、俺がトナカイじゃなかったら、もっと感動したのになぁ。


「メリー・クリスマス! さいっこーだぜ」


 なんか、サンタクロースのテンション、やばくねぇ!


 あ、ちなみに、俺はトナカイの体に乗り移った感じ。

 トナカイ目線で、上空から夜の海を眺めている感じ。

 俺、必要なくね?


「カケルさん、カケルさん、声出てます」


「あ、わりぃ」


「カケルさんがいてくれて、ほんとに助かってるんです」


 斜め前のルドルフ三世が、ちらっと振り返ってくる。

 トナカイは、俺を入れて9頭。

 ルドルフ三世とバックレたヴィクセンってリア充だけが、ホリデーワールドの住人だったらしい。他の7頭は、毎年こっち側の世界のトナカイから選ぶんだってさ。


 あれ? ますます、俺必要ない気がするんだけど。


「メリー・クリスマス! ヒャッハー!」


 もう、サンタクロースのテンションがおかしすぎる。


「つか、笑い方違……」


「しーっ! カケルさん、しーっ! クソジジイに聞かれたら……」


 ルドルフ三世に言われて、慌てて口を閉ざすけど、遅かった。


「だぁれが、クソジジイだってぇ」


「ひぃ! 赤っ鼻だけはぁああああああ」


「もう遅い。はーはっはっはっは」


 これ、もうサンタクロースじゃなくて、ラスボスじゃないか。

 ルドルフ三世の悲鳴が、うるさい。


 つか、赤っ鼻のトナカイって、どんなだろ。スゲー見てみたい。


「ヘイヘイ! そろそろ、おっ始めるぜ!」


 あー、まさか、イケメンでドSってだけでも、かなりイメージ崩壊してたのに、まさかまだイメージ崩壊するなんて。


「返事ぃ」


「アイアイサー!」


 やっぱり、帰りたい。


🎅🎅🎅


 特別な時間は、あっという間に終わってしまうんだ。


「これで、フィニッシュ!」


 シャンシャンって鈴の音がなると、橇の周りに光の玉が浮かぶ。光の玉の中心には、あのプレゼントボックスがある。


 流れ星のように、子どもたちにサンタクロースからのプレゼントが届けられる。


「メリー・クリスマス! また来年!!」


 なんとなく、わかった気がする。

 俺、サンタクロースが言った通り、大人になりたくなかったんだ。なんとなく、今のままでいたいって、そう思ったんだ。

 時々、漠然とした不安に襲われるのは、なんとなく大人になりたくなかったからだ。ようやくわかったんだ。


 世界中を回って、いろんな子どもを見なかったら、気がつかなかった。


 パンパンって、クラッカーの音が聞こえたと思ったら、サンタハウスの馬鹿でかいクリスマスツリーの部屋にいた。


「お疲れ様でした」


 ノームたちが、ケーキやご馳走の取り皿を手に、目を輝かせている。

 エクボちゃんは、俺の指導係ってまだ自慢しているらしいんだ。


「別に、カケルなら、ちゃんと戻ってきてくれるって、知ってたんだからね」


「うん。ありがとう」


 なんで、今まで気がつかなかったんだろう。ノームたちは、みんな子どもじゃないか。

 俺も子どもだったから、気がつかなかったのかも。

 だとしたら、今の俺はもう――。


『子どもと大人の違い』

 ルドルフ三世が、ちゃんと教えてくれたじゃないか。


「じゃあ、今年もお疲れ様! さぁ、食べろ、食べろ!」


「わーい!」


 エクボちゃんまで、ご馳走が並んだテーブルに駆け出す。可愛いから、いいんだけど。


「あの、サンタクロースさん」


「んー?」


 馬鹿でかいクリスマスツリーの下で、ノームたちやルドルフ三世を眺めているサンタクロースに、自然と頭が下がる。


「ありがとうございました。なんとなくだけど、『子どもと大人の違い』がわかったような気がします」


「それはよかったな」


 頭をあげると、夜空の色のサンタクロースと目があった。

 あれ。イケメンじゃない。

 太ってて、髭がもっさりしたおじいさんがそこにいたんだ。


「では、お帰り。ちゃんと大人になるんじゃぞ」


 ぐらっと、目眩がする。


 ……ホーホーホー


 おなじみの笑い声が、聞こえくるような。


⭐⭐⭐


 いつものように、ベッドの上で目を覚ました。

 右手にある星の飾りが、夢じゃなかったって教えてくれるはずだったのに――。


「……ひどい夢見たな」


 あんなに輝いていた銀の星の飾りが、安っぽい飾りになっている。


 もう、サンタハウスには行けないんだな。

 そう思ってしまったら、もう駄目だった。


 星の飾りが滲んで見えない。


 少しだけ、泣けてきた。


「俺も、サンタクロースのように、夢を見させてやれる大人になれるかな」

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