第3幕 謎一つ 解いたら謎が 二つ増え
駅前から少しだけ外れた所に建つ四階建てのビル。
その三階にある事務所には、落ち着いた、大人っぽい家具が並んでいた。
……やっぱり信頼できそう。
いや違った。
あたしは、彼を信頼しようと決めたんだ。
信じなきゃ、信じなきゃ。
「……先日頂いたお話、本当でしょうか?」
「ええ、もちろん。私は学園からの依頼で、『
うーん、理屈的にはおかしくない。
でも、だからこそ怪しくも思う。
……じゃなかった。
あたしは、信じる。
だって他に手がかりなんか無いんだもの。
「ただ、お願いがいくつかあるのです。こちらの犯行予告を、このレイアウトで書いていただきたい。そうすれば、『怪盗
「え? この名前って……、小比類巻君!? こ、こんなの書けませんよ! それに、こんなの書いたら、あたしが犯人に……」
「ふふっ。安心してください。必ずうまくいきますから」
捉えどころのない優しい笑顔。
そして不思議な安心感。
あたしは騙されているのだろうか。
そう思いながらも、気付けばピンクの便箋に指示された文字を書いていた。
そして完成した手紙に、その人が定規で線を書き足したかと思うと、手早く封筒に入れてあたしに渡してきた。
「この封筒を明日の朝、小比類巻の下駄箱の中、上履きにでも入れてください」
どういうつもりなんだろう。
小比類巻君に害は及ばないのだろうか。
「……本当に、それであの人に会えるんですね?」
「大丈夫。必ず現れます」
あたしは、まるで催眠術にでもかかってしまったかのように素直に頷いた。
そして優しい小比類巻君の笑い方と、この人の笑みがなんだか似ているなと感じながら、事務所を後にした。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
縛られたままの僕の正面には、銀色のドームが乗せられた机。
そしてドームの向こうには、僕と同じように椅子に
さすがに女性に手荒なことはできないようで、足は床に付けたまま手と体だけ椅子に縛られているんだけど。
ねえ、ミステリ研のみんな。
あの状態だと普通に立って歩けるって知ってるよね?
僕、殺されちゃうよ?
……まあ、そんなことにはならなそうだけど。
彼女は僕から顔を逸らして俯いたまま。
でもね、どういうつもりでこんなの書いたのさ。
「ねえ夕風。殺害予告した人が拘束されるのは理に適ってるんだけど、なぜ僕も縛られたままなの?」
「うむ。脱水症状など困るからな。水を椅子の横に置いておいたぞ」
「この状態じゃ飲めないでしょうが。誤魔化さずにちゃんと答えなさいよ」
「…………大まじめに答えようか?」
「是非そうしたまえ」
「君に動かれると邪魔なのだ」
…………まあ、そうだろうね。
さて、夕風の思惑は分からない。
でもひとまずそれは捨て置こう。
目下、最大の謎はこれだ。
机の上に放置されたラブレター。
いや、殺害予告。
これは一体なんなのさ。
ミステリ研のみんながそこかしこで推理をぶつけあっているようだけど。
それぞれ持論を曲げようとしないから意見が集約できないようだ。
でも、動機については満場の一致を見た。
僕が彼女にストーカー行為を働いたことへの恨みらしい。
「みんなの気持ちがよく分かったよ。いっそ殺してくれ。でもお化けになった僕がみんなを呪って歩くから、その時は仲良くしてね?」
「皆さん、違うんです。ストーキングなんかされていません。それに、それは殺害予告じゃないんです……」
フォローしてくれるのは嬉しいんだけどさ。
だったらそれはなんなのさ。
「やれやれ。君は殺害予告に本名を書いてどうする気だったのだ」
「それは……、ごめんなさい、言えません。でも殺害予告じゃないんです……」
そしてさっきからこの調子。
夕風の尋問に、野水さんは曖昧な返事を繰り返す。
さすがに興味を失った夕風が離れると、代わりに巽くんたちミステリ研のメンバーが四人程寄ってきた。
手紙と僕の顔、野水さんの表情を見比べて。
またもや失礼な推理を展開し始める。
「うーん。実はほんとにラブレターかもと思ってみたけど、そうじゃなさそうだな」
「ああ、その線は捨てていいだろう。だって小比類巻だし」
「こら」
「そうだな、小比類巻だもんな」
「そうだよ、小比類巻だからな」
「失礼な。ラブレターかもしれないじゃないか」
一斉に僕を見る呆れ顔。
「ゴメンね小比類巻君。ラブレター、でも無いの……」
一斉に野水さんを見る納得顔。
「ちきしょうめ! 僕はラブレター説を曲げないぞ!」
「出した本人が違うって言ってるのにか?」
「うるさいよ巽くん」
「じゃあ、この殺害予告、貰って嬉しいんだな?」
「…………僕の気持ちと、沖縄物産展の今週の目標」
「始まったよ。で? そのこころは?」
「うれ、しーさーーーー!」
大爆笑と共にみんなが持ち場へ戻って行く。
笑うんじゃないよ。
僕と、授業中の隣のクラスに悪いとは思わないの?
そんな中で、野水さんだけが申し訳なさそうな顔で俯いてる。
ああ、もう一人。
クスリとも笑わないやつがいた。
「夕風は気にならないの? これ」
「無論、文面には興味がある」
「そういうこっちゃ無くてさ」
何を聞かれているのか分からないと言わんばかり。
夕風の、きょとんとした顔が僕を見つめる。
僕がラブレターを貰ったことについてなんとも思わないのか、そう聞いているのですけど。
教卓の上に置いた背負い式の鞄をいじり続けてるけど、本当に君はやきもちとか抱いてないんだね。
「まったく君ってやつは。あの時も、今日も、中身には興味津々だったようだけど、これっぽっちも妬いたりしないんだね」
「あの時? ああ、怪盗ノー・ネームが現れた時か」
その名前を聞いて、あの場にいたメンバーが目を輝かせる。
「ああそうか! またお前、ノー・ネームに遊ばれてるのか!」
「そうか、百八十円ぽっちじゃ足りないから、今度は命をよこせという訳だな?」
「二百六十円だよ、巽くん」
「あれ? それじゃあ、野水さんがノー・ネーム?」
「違います!」
そうね、違うよね。
だって怪盗ノー・ネーム、僕だし。
「なるほど、その手紙がノー・ネームの仕業と考えると、疑問がある程度晴れていくな。だが今は、ノー・ネームより『
そう言いながら近付いてきた夕風が、腕時計を確認する。
君は探偵としての筋はいい。
でも残念ながら、それはノー・ネームからの予告状では無いよ。
それにしてもノー・ネームねえ。
……ん?
まさか、僕と同じ手口?
料理のドーム、その手前側に置かれている手紙。
<---┐
十一 │
ろう └--->
命 本日
貰い受ける じい
<---┐ として
│ のみず
└--->
もし怪盗ノー・ネーム、つまり
まじか。
あるよ。
X。
二つ。
だってこれ、紙だからね。
丸めて、『>』と『<』をくっ付ければいい。
そうすると、この手紙に書いてある内容は……。
---X---
本日十一
じいろう
として命
のみず貰い受ける
---X---
……本日11時、慰労として、命の水貰い受ける!?
じゃあこれ、ほんとに『怪盗
あれれれれ?
ってことは、これを作ったの、叔父さん?
いやいや、まさかそんなこと!
絶対にあり得………………、る。
彼女が言っていた、自分が書いたけど自分じゃないって言葉の意味。
つまり、叔父さんの指示で彼女が書いたということか!
でも、それが分かったところでさらに二つほど謎が生まれるんですけど。
一つ目。
二人はなんでそんなことしたの?
そして二つ目。
『
……水を盗んでどうしろと???
僕は観察者。
ポーカーフェイスが出来ねば話にならない。
でも、さすがに顔に出てるだろうね。
なんなの? これ???
「さあ、五分前だ。集中してくれ」
夕風が手を叩いて皆に声をかける。
……五分前。
ということは、十一時ちょうど。
『
水を手に入れる術はある。
でも、それを行うことに意味はあるのか?
リスクしか感じないんだけど。
どうする!?
……そんな、悩める僕の耳に届いた最愛の人からのメッセージ。
「奴は予告を違えたことは無い! 必ず来る。頼むぞ、みんな!」
ああもう!
君の一言で決心がついたよ!
これが何のワナだろうが知った事か!
『怪盗
「……ああ、やばいかも。夕風、目がくらくらする。水を……」
「まさか、脱水症状か!? 助手! しっかりしろ!」
僕の足元ですっかりぬるくなった水。
そのキャップを大慌てで外して、口に咥えさせてくれた夕風。
半分ほどを一気に飲ませたところでペットボトルを口から離しながら、僕の顔を心配そうにのぞき込んで、頬をぺしぺし叩いてくれた。
「大丈夫か!」
「げぷ……。夕風による給水と往復切符」
「……おい、大丈夫か本当に」
「それより、いつもの」
一気に怪訝な表情になったけど、言うことは言うのね。
「…………そのこころは?」
「これひとつで、いきかえった!」
「それが言いたいだけの茶番か!」
「どわっ!」
残った水を僕の頭にぶちまけた夕風が、ぷんすこ怒りながら窓際へ離れていく。
まあ、そう怒るなよ。
君が僕の尻を叩いたんじゃないか。
えっと、これでいいんだよな?
予告状の内容はクリアーしたぞ。
……でも、ほんとにこれ。
何の意味があるんだよ、叔父さん!
さすがに教室のみんなは苦笑いしか浮かべずに、夕風から指示された完璧な布陣を崩そうとしない。
僕がバカにされただけなんだけど。
……遊ばれた?
まあいいや、こっちについては夜にでも問いただせば済むことだ。
もう一つの方に集中しよう。
怪盗の目的は、まるで分からないんだけどね。
蝶、盗まれないで欲しいけど……。
それは無理な話かな。
「なあ夕風。ちょっと、これ解いてくれない?」
「うるさい。愉快犯は少し黙っていろ」
やれやれ、縛られたままでは何もできん。
しょうがないや。
怪盗の手際、特等席でゆっくり拝見いたしましょうかね……。
予告時刻まで、もう一分を切っている。
一体、どんな騒ぎになるのやら。
いくつか手口を考えていたら、その想像をはるかに超えるものが扉から雪崩れ込んできた。
「なんだお前ら!」
「いいから入れろよ! 花野に入るよう言われてるんだから!」
そんな事を言いながら教室に入って来た二十人程の生徒。
彼らは写真部と新聞部、……そして、卓球部?
君のコネクション、そろそろ学園を支配できそうだね。
この
「お前たち、何をしに来たのだ! ええい、すぐに出て行け!」
「なに言ってるんだよ。俺たちを呼んだのは花野じゃないか?」
「呼んだ覚えなどないぞ!」
「はあ!? まあいいや、こんな歴史的瞬間、新聞部として黙っていられるはずは無かろう」
「新聞部に負けるな! 写真部として最高のスクープを手に入れるぞ!」
うわあ、上手い手だなあ。
各所で小競り合いが発生するほどの大パニック。
すかさずお宝に近寄った夕風。
でも、あごに手をやり、俯いて考える。
「……もし、我だったらどうする?」
うーん、僕だったらどうするだろう。
「そこか!? ……いたぞ! 『
夕風が指差す先は窓。
新聞部と写真部のカメラが、窓を開け放つ夕風の姿にシャッターを切る。
「逃げた! 上だ! 皆はこっちに来るな! 蝶を背にして全員で囲め!」
……もし、ここにもう一人の『
この囲んでいるメンバーに紛れる。
そして音も立てずにお宝を奪う。
「屋上に行ったぞ! 半分は屋上へ急げ!」
そして、夕風の指示に従って走り出したメンバーに紛れる。
……やっぱり、僕が自由の身だったなら犯行を阻止できたのではなかろうか。
慌てふためく皆を掻き分け、夕風がずかずかと近付いてくる。
そして、銀のドームに手をかけた。
「蝶は無事か!?」
……もちろん、夕風が開いた蓋の中に蝶はいない。
そこには、
「ええっ!? いつの間に!」
「早業!? チャンスがあったとしたら、さっき全員で囲んだ時だ!」
「……我が、蝶を背にしろと指示すべきでは無かったということか……! あの時に紛れ込んでいたのか!」
夕風が叫ぶと、その場にいた全員が駆け出した。
「まだ絶対遠くへ行ってない! 怪しいヤツをさがせ!」
「急げ! ミステリ研を出し抜くぞ!」
「何を!? 新聞部に負けられるか! しらみつぶしに当たるぞ!」
喧騒が離れて行く中で、夕風だけは膝を突いて悔しがる。
そんな姿をカメラに収めた写真部一同も、大慌てで教室を後にした。
……微動だにしない夕風。
うん。今の気持ち、痛いほど分かる。
「またやられたか……。くそっ! 『
また、か。
……それは違うよ、夕風。
今回君が負けた相手。
その怪盗の名。
それは、『X』だ。
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