おぼろげな記憶

この部屋は暗く、とても涼しい。裏の山と向かい合っていて、小さい頃はよくここでいつきと遊んだものだ。いつきは小さかった私を妹のように可愛がってくれた。

壁際に置かれた本棚には本の他に、小さな桃色の箱が置いてあった。

私は箱の上の埃をはたき、蓋を開けた。

中には透明で透き通ったガラスを使用し、アジサイの柄がつけられている風鈴が入っていた。そっとそれを取り出してみる。


「あ、」



これは十年前。

丁度いつきとの別れ際に貰った物だった。

「かな。泣かないで?」

いつきは私の頭をやんわりと撫でる。

「やだ、小学校行きたくない。いつきと一緒にいる。」

私はいつきの腰に抱きつく。困り果てたいつきは私と目線が合うようにしゃがんだ。

「かなにこれをあげるよ。」

いつきが渡したのは、風鈴だった。私は風鈴をそっと受け取った。

「かな、またいつでもここへ戻ってくるといいよ。」

いつきがにこりと微笑む。私もつられてニカッと微笑み、いつきに飛び付く。

いつきも私の背中に腕を回し、ギュッと抱きしめた。そして、

「この風鈴が鳴るころ、また会おうな」

私の耳元でそう呟いた。



そんなことがあったのをおぼろげながら覚えている。

風鈴の鳴るころ...か。

懐かしさに浸っていた。この風鈴を持っているだけで昔のいつきとの生活の余韻が蘇ってくる。

いつきに会いに行くか。

そう思い、風鈴を持って家を出た。裏へ行き、階段を上る。最後の一段を踏む、そのときだった。

ドテっ

固い音が響いたとともに、パリンと音が響いた。私は目の前に見える粉々になったガラスを見つめる。

小さい頃、いつきから貰った風鈴...

元の形がわからなくなるほどバラバラに崩れている。

私はその場で座りこんだままだった。


「どうしたの?」


優しい微笑みを浮かべる。

そんないつきを見ると私の目から熱い液体がポロポロとこぼれ落ちるのを感じた。

そんな私の目元の液を掬うように白い布で拭う。


「風鈴が、割れたの」


大切な風鈴だった。まさかこれが百鬼夜行の不幸の前兆だなんて考えていなかった。

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