あやかし達の百鬼夜行

あれから夕食を食べ、湯浴みをした。あっという間に10時になった。あと2時間で百鬼夜行が始まる。

百鬼夜行の最中に外を彷徨いている女、子供はあやかし達に違う世界へ連れていかれるなんて噂がある。

事実、この村でも何人もの女、子供がいなくなっている。


「あと2時間ねえ」


祖母はレンズの薄い眼鏡を掛け、分厚い本を開く。


「かなちゃん、もう寝なさい」


祖母は和式の部屋に布団を敷いてくれた。障子の襖を閉める。祖母は全ての窓が閉め終わると、


「何があっても開けたらダメよ?」


何があっても。

そう外で何が起こるかわからない。もしかしたら、あやかしに化かされるかもしれない。

祖母は私に何度も念を押した。


「開けちゃダメな事ぐらいわかってるよ」


祖母に苦笑いを向ける。


寝るための支度を終えた私は布団に潜り、目を瞑った。意識はいつの間にか遠退き、非現実的な夢の世界へと向かった。




しばらくして、目が覚めた。ふと時計を見れば、午前2時。部屋は暗く、隣の部屋からは祖母の寝息が聞こえる。

そして、外では太鼓の音や笛の音、誰かの歌声が響いていた。

なんだろう。


気づけば本能的に襖を少し開けてしまっていた。

しまった。と思い、急いで布団を頭から被る。これをすれば救われるなんて保証はなかった。

数分ほどたっても自分になんの変化もない。

音はまだまだ続いている。


大丈夫だろう。


襖の隙間から、そっと外を覗いてみた。何やら楽しげな音が響く先には私が今まで見たことも無いような光景が広がっていた。

そこには、図鑑で見たことのあるような妖怪、見たことのないような物体や生物が飛んだり、踊ったりしていた。

これが百鬼夜行というものか。

あやかしの群れはゆっくりと祖母の家の前を通った。そして、裏の山へと方向を向ける。

あやかしの群れが、山へと入ったところで私は再び眠りにつこうと布団に入った。

しかし、そんな私に不安が襲った。


いつき...いつきは大丈夫なの?


山の主とはいえ、相手は百鬼。あやかしだ。人間の姿をしたいつきはあやかし達に良からぬ事をされるのではないか。

そう不安に思った。


明日を祈るしかないか。


いつきはきっと...いや絶対大丈夫だ。と心にそう言い聞かせ、眠りについた。



翌朝。顔を洗い、お気に入りのワンピースに着替えた私は朝食も食べずに裏の山へと走った。


「はぁ、はぁ」


妙に多い階段を掛け上る。いつもの社へつけば、いつきの名前を呼ぶ。


「いつき!いつき!」


返事がない。気配もない。

もしかしたら、連れ去られたのかも。


そんな不安が私に襲いかかる。私はトボトボと、お賽銭箱の前まで歩き、そっと座る。今は夏なのに肌寒い。風が吹く度に、社の風鈴がチリーンチリーンと鳴る。


「かなは本当に朝早くから元気だね。」


声とともに、社の裏から出てきたのはいつきだった。私は勢いよく立ち上がる。


「そんな泣きそうな顔をしてどうしたの?」


いつきの優しい微笑みが目に入る。


「よ、夜ね...」


そういい掛けた時、いつきの顔が曇った。


「...見ちゃったの?」


いつきは私の肩を掴む。ウンと頷けば、更に顔が曇る。

私たちの間では風の音しか響かなくなった。


しかし、しばらくしていつきの顔がまた優しくなった。


「かな、よく聞くんだよ?百鬼夜行を見てしまった者には不幸が降りかかるって言われてるんだ。」


百鬼夜行を見たら不幸になる?...

不安な気持ちが顔に出てしまったのか、

いつきは

「噂、あくまで噂だから、ね?」


いつきはそう言うが、

この世では、火の無い所に煙は立たぬ。なんて言う。きっと何か過去に事例が在ったにちがいない。


「そうだね、気にしないでおくよ」


いつきに笑いかける。


「私、朝ご飯食べてきてないから食べてくるね」


いつきに手を振って、山の社を去る。階段を下りて、祖母の家へ戻った。

戻れば、祖母はすでに朝食の準備を済ませていた。

手を洗い、祖母とちゃぶ台へ着く。


いただきます。

と、祖母と声を揃え、静かな朝食タイムが始まった。


「ねえ、おばあちゃん」


私は目の前に箸と茶碗を置いた。


「ん?」


祖母も箸と茶碗を置いた。


「百鬼夜行を見た人はどうなるの?」


祖母に百鬼夜行を見たことを悟られない様に、恐る恐る尋ねた。


「そりゃあ、不幸が今後を襲うに決まっとる。見た人は皆、その不幸に耐えきれずにこの世を去っとる」


不幸に耐えきれずにこの世を去る?

祖母の発言に驚く。

百鬼夜行を見れば不幸になり、百鬼夜行に遭遇すれば連れ去られる。

それほど、恐ろしいものだなんて思ってなかった。

祖母はまた、朝食を食べ始めた。続いて私も食べ始める。

祖母が作ってくれた朝食は全くと言っていいほど喉を通らなかった。


朝食を食べ終わると、小さい頃よく遊んでいた部屋へ行った。

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