風鈴が鳴る頃に

枯崎 情

明け暮れ日常

高校へ入学してからというもの、夏休みはあっという間に訪れた。私は今、祖母の家に来ている。チリンチリンと風鈴の鳴る縁側でアイスをくわえる。快晴の青空を眺める。

何年ぶりだろう、懐かしいな。

私は6歳の頃にここから引っ越した。小学生、中学生の頃は親の予定と自分の予定が合わず、うまく時間が取れなかった。でも、高校生になった今は一人で電車に乗って何時間もかかるという祖母の家へ来ることが出来る。


「かなちゃん、よく来たねえ」


優しい微笑みを浮かべる祖母はあの頃と変わりなかった。

無事祖母の家へ着き、今こうしてアイスを食べているわけだ。


「かなちゃん、大きくなってなー。

べっぴんさんやね」


祖母はアイスをくわえる私の頭を撫でる。


「久しぶりに友達にでも会いにいったらどうじゃね?」


祖母はゆっくり立ち上がる。


「友達?」


祖母はそのまま頷く。


「いつも遊んどった子よ」


いつも遊んでいた子。私は地元の子とは遊んで無かったし、誰の事か少し悩んだ。でも、その悩みはすぐに解決する。


「じゃ、行ってくるね」


祖母にひらりと手を振り、お気に入りのサンダルを履く。

私が毎日のように遊んでいた子、それは『いつき』。祖母の家の裏の山の守り主で私はあの頃、いつも相手をしてもらっていた。

祖母の家を裏へ回り、山の入り口の階段を上がっていく。チーチーとニイニイゼミの声が聞こえる。階段を上っていけば、その先に古い社がある。この社は近所の人達は気味悪がって近寄らない。

私はお賽銭箱の前に腰掛ける。

ここで待っていればきっと来るはず。

そう思った。

夏にしては冷たい風が私の頬を撫でる。髪が揺れる。まるで誰かに触られているかのように。


「君は誰だ」


気づけば目の前にはあの頃と同じ姿のいつきがいた。


「私、かな。久しぶり」


私が自分の名前を言うと、彼はニコリと微笑んだ。


「だと思ったよ。久しぶり」


いつきは私を撫でる。懐かしい手の感覚が頭上で感じられる。


「見ないうちに大きくなったんだな」


いつきは私の爪先から頭まで繰り返し何度も見ながら言った。そして、一瞬哀しそうな表情を見せた。


「随分と変わったな」


「いつきはあの頃のまんまだね」


笑顔でそう言えば、黙りこんでしまう。


「そりゃ、君は人間。僕はこの山の主だからね」


彼は私から手を離した。そして、私の隣に座る。


「学校はどうだい?友達はできた?」


「できたよ。」


「そっか」


いつきとの会話は続かず、沈黙が続く。いつきの茶色い前髪が彼の顔を隠す。すると、ふといつきと目が合った。


「あ」


お互いポカリと口をあけて五十音の最初の文字を口からもらす。いつきは何か言いたそうに口をパクパクさせる。でも、話を反らすかのように声を出した。


「かな、よもぎもちでも食べるかい?」


「うん、食べる」


きっと彼なりに気まずい空気を変えたかったのだろう。

目の前に出されたよもぎもちを一口食べる。懐かしい味がした。


「僕が作ったんだよ。かなが帰ってくると聞いてね」


「誰から聞いたの?」


いつきは少し考える素振りを見せ、


「風の噂だよ」


そう答えた。

皿の上のよもぎもちが全てなくなった頃、


「かな、明日も来るかい?」


お賽銭箱の前で落としていた腰をあげる。


「うん」


空が紅く染まる。昔もこのくらいの時間に帰ってたな。私は社から離れ、階段の方に向かう。


「いつき、また明日ね」


振り返って手を振れば、いつきも振り返してくれる。

そして階段を一段降りたとき、


「かな」


いつきは何かを思い出したかのように私を呼び止めた。小走りで私のもとへ走ってきて、


「今日の夜、10時以降は出歩いてはいけないよ」


これを聞いたとき、昔小さい頃、いつきに同じことを言われたのを思い出した。

あの頃はなんでダメなのか不思議だった。後にいつき本人に聞くと、今月のこの日は夜12時からあやかし達の百鬼夜行が行われるとのこと。

私はいつきに手を振って、階段をそそくさと降りた。祖母の家の表へ出て、玄関から中へ入る。


「あら、おかえり」


優しい声が聞こえた。


「ただいま、友達は元気だったよ」


会えて良かったと思う。いつきはあのときと全く変わってなかった。嬉しいような哀しいような不思議な気持ちが心に残る。


「それはよかったわね」


祖母の柔らかい口調が私の心を解す。




あやかし達の百鬼夜行が始まるまであと数時間。

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