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「あのね……これ教えてほしい」

 小屋に戻るなり冬美ちゃんが指差したのは、マグネットの将棋セットだった。久司と少しやってみたものの、なかなか終わらなくてやめてしまった。動かし方はわかるのだが、いまいち熱中はできない。

「なんでこれを?」

「前、友達に聞かれたの。日本人だから知ってるでしょ、教えてって」

「へー」

 外国人は意外なことを知りたがるものだ。まあ、忍者の秘儀を教えてくれと言われるよりはましか。

「じゃあ、やってみようか」

 盤を広げ、薄っぺらい駒をつまみ上げていく。

「同じように並べていって」

「うん」

 僕の真似をしていく冬美ちゃんだったが、飛車と角の位置を逆にしてしまった。どちらでもいいと思ったようだ。

「角が左なんだ」

「なんでかな」

「なんでだろう」

 理由を考えていったらよくわからなくなる。とりあえず先に進むことにした。

「歩はね、一つだけ前に進めるんだ」

「うん」

 一つずつ、実際に動かして教えていく。冬美ちゃんも、真似をして動かす。だんだん頭と頭が近寄ってきて、なんかいいにおいがしてくるような気がする。

「で、相手の駒と同じところに進んだら、取ることができるの」

「そうなんだ」

「で、自由に空いたところに置くことができるんだよ」

「すごい」

 ルールを教えるだけだけど、結構時間がかかってしまった。こんな時間ならば、いつまで続いたっていいのだけれど。

「じゃあ、やってみようか」

「うん」

 実際に対局をしてみる。冬美ちゃんはまだ動かし方を覚えきれていないのか、たまに動けないところに駒を動かしてしまう。そのたびに訂正して、もう一度手を考えてもらう。一局終わるのに一時間ぐらいかかった気がする。

「あー、負けちゃった」

「でも、接戦だったね」

「そうかな。もう一回やろうよ」

「うん」

 二度目の対局、駒がぶつかり始めた頃。

「あっ、何してんの」

 ヨオコの声だった。そのあとさらに二人分の足音。みんなが帰ってきた。

「将棋」

「へー。そんなのまであったんだ」

「おっ、面白そう」

 武雄も興味があるようだ。

 そのあとみんなで将棋をしてみたが、すぐにヨオコは飽きてしまい、武雄も勝てないので「おかしい!」と言って無理やり久司とヨオコを誘って別のゲームをし始めてしまった。結局再び僕と冬美ちゃんで将棋を続けることになった。

「そろそろ帰ろうか」

 いつもは僕が言うセリフを久司が言った。夕方になっていた。

「また明日……教えてね」

「うん」

 気分は、もう明日だった。

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