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ショッピングセンター・グリンピア。
あたしたち地元民による通称はグリンピア、ワルぶりたい年頃の中高生はグリンとかリンピーとか呼んでるこのスーパーは、とある政令指定都市へのかろうじて通勤通学圏内にあるこののどかな町にある。
昔は都会のトレンドを人々にいち早く伝え、土日となれば家族連れでごったがえす地域の顔とも言える店舗だったらしいけれど、今は隣の地区にできたの大型ショッピングモールに押されて旗色が悪い。でもま、今年で創業二十五年らしいもの。建物のあちこちのくすみが目立つのも仕方がない。
それに二十五年もこの町で営業を続けてきたという信頼と実績とブランドは伊達ではなく、今日だってたくさんのお客でにぎわっていた。――メインの客層はお年寄りだったりはするんだけれど。
一九九九年以降、魔法や異世界の不思議なテクノロジーの存在が知れ渡り、それとは別に学校へ通えない子供たちの事情に関してもそれなりに理解は進んできてはいる。でも残念ながら、ここは地方で、そしてさらに田舎町だ。
お年寄りの多いスーパーの中で私服の中学生は目立つ。いかにも魔女らしく黒いマントととんがり帽子にホウキを持ったソラミちゃんなんてなおさらだ。(どれだけじろじろ眺められようとツンと澄まして前をむいているのがソラミちゃんなんだけど)。
スポットルームがあるのはグリンピアの3F。そこは子供の好きそうなおもちゃや文具、書籍、雑貨や寝具などの生活雑貨のフロアだ。
エスカレーターを降りて2Fは衣料品フロア。そして1Fは食料品のフロア。ほら、どこにでもある中型のスーパーでしょう?
おばあちゃんにおじいちゃん、それに小さな子連れのお母さんなどがほとんどの午後の買い物客の視線に構わず、あたしたちは一階出入口付近にあるフードコートを目指す。
週に一回か二回、〝月夜の森″からこっちの世界に帰った後、このフードコートに寄り道して宿題するのがあたし達の習慣になっている。今日はその寄り道の日なのだ。
スポットルームの藤原さん同様、すっかり顔なじみになったフードコートのおばさんが、あたしたちを見るなり笑顔になる。そして「いつものね」と手早く調理を始めた。
あたしにはクリームチーズ入り今川焼(おいしい)、ソラミちゃんにはもんじゃクレープ。出来立てほやほやのもんじゃクレープを手にしたソラミちゃんはこの時だけは幸せそうな笑顔になる。
「これこれ、これを食べれば一週間は乗り切れる」
「……ソラミちゃんて変なもの好きだよね」
「何言ってるんですか、全然変じゃありませんよ。キャベツと豚バラと天かすをクレープ生地で巻いてソースかけたものですよ? 粉モン系B級グルメの正統を伝えるまっとうなソウルフードです」
むっとした口ぶりになるので慌てて謝った。ここで彼女の機嫌を損ねちゃうと、もんじゃクレープがいかに素晴らしいかという講釈が始まってしまうのだ。
きっと丁寧に拭かれているはずなのに、ベタベタとあぶらじみた感触が消えない古いテーブルに向かい合い、いつものようにあたしたちは座って各々のおやつを食べる。ああ、食べ終わったら宿題を始めなきゃあ……。
ゆううつな気持ちから出入口にふと目をやった時、見慣れた制服の集団を見かけた。そのせいであたしの喉から変な声が漏れる。
ワイシャツにチェックのボックスプリーツスカートというありふれた制服は、あたしが一応籍を置いていることになっている地元の公立中学のものだ。
しかもその集団の中にとても見慣れた顔があるのに気づいてしまう。気づけば今川焼を手に持ったまま机の下に潜り込んでいた。
「ちょ、センパイ?」
怪訝そうに机の下をのぞき込むソラミちゃんへ、あたしは必死で訴える。机の下から口元に人差し指を当ててシーっ! と。それだけで、察しのいいソラミちゃんは黙ってうなずき目線をそらしてくれた。
それからすぐ、ケタケタと笑いさんざめきながら中学生女子の集団が通りすぎてゆく気配があった。フードコートと通路を仕分ける背の低い煉瓦塀に似せたパーティションの傍を、賑やかな女の子達が集団で通りすぎてゆく気配があった。学校指定の冴えないスニーカーが立てる足音は、あたしに学校の記憶を呼び覚まさせる。だからぎゅっと机の下で身を固めてしまう。
パーティションは、。あの子たちの視界からあたしを守ってくれたようだ。こっちに気付いた様子はない。
「――もう行きましたよ」
ソラミちゃんの声に促されて、あたしはそろそろと机の下から這い出てきた。ソラミちゃんはもんじゃクレープの最後のひとかけらを飲み込んでから言った。
「まあ慣れていますけど、あいつら私を見て『ハロウィンかよ?』って笑っていきましたよ? お知り合いですか」
「……元同級生」
「センパイをいじめていた連中とかですか?」
「……」
「いくら一九九九年以降とはいえ、魔法がつかえるようになりたいとか魔女になりたいとか大真面目に語っちゃう中学生が現代日本の片田舎にいればどんな目にあうかぐらい想像つきますよ。今さら隠さなくても。ていうか、そんな態度とってればほとんどバラしてるようなものだし」
ここまでドライに言われると、昔の古傷を痛がっておびえる自分がずいぶん馬鹿らしく思えてしまう。
「いつも思うんだけど、ソラミちゃんて強いよね」
「先祖は火あぶりになったりしてますからね、小中学生の仲間外れごときでいちいち傷ついてられません」
平気の平左のへのかっぱという顔つきで、ソラミちゃんはお冷をおあるように飲んだ。強い。
「あのね、あたし別にいじめられたって程じゃないんだよ? 上ばきを隠されたり陰でこそこそ笑われたりバイ菌あつかいされたくらいだし。それに、そんなの小学生の時から慣れっこだったから別になんともなかったんだから」
「――」
そういうのをいじめられていたと言わずしてなんというのだ? と言いたげなソラミちゃんの顔には気にせず、あたしは話を進めた。
「ただ、さっきの子たちの中にちょっと顔を合わせづらい子がいてね……」
――そうだ、いいタイミングだ。
この際ソラミちゃんにいままで胸に抱えていたドロドロを吐き出してしまおう。
とっさにそう決意するまであたしは、手元のクリームチーズ今川焼を見ていた。 だから、さっきの制服の女子集団が去っていった方(あたしの背中の向こう側にあたる)へ視線を向けたままのソラミちゃんが、慌ててさっと顔をそむけた意味に気づかなかった。たん、たん、たん、たんっ! とやけに力強い足音がちかづいて不意に止まったその意味も。
「やっぱりいた、真帆」
!
この声は……!
不意に名前を呼ばれてマンガみたいに肩をびくつかせたあと、あたしは金縛りにあってしまう。彫像みたいに硬直するあたしをぶつように、その声は怒鳴った。
「いっちょ前にビビってんじゃねえよ、こっち向け」
聞きなれたアルトの声で急かされて、あたしは振り向いた。ギギギ……と、その動きはさびついた機械仕掛けめいているな、と我ながら思ってしまう。
そこにいたのはやっぱり、一年前までは毎日のように顔を合わせていた女の子だ。
ストレートの黒髪をポニーテールにし、小麦色の肌に目鼻立ちのはっきりした気の強そうな美少女が腕組みをしてあたしを睨んでいたのだ。
短く改造したスカートの上に、学校指定のセーターを巻いてスタイルのよさと脚の長さを強調した基本のギャル系着こなしと、ちょんちょんとポイントに手を加えただけなのに気の強さを引き立てているメイクがあたしを怯えさせる。
自分でも情けないけれど、しぼりだした声が震えていた。
「ひ、久しぶり、す――鈴木さん」
「はぁ⁉ ふざけてんの?」
す――鈴木さんは、きっと目をつりあげた。でもそのあと、何かをこらえるようにはあっとため息をつき髪をかき上げる。
「……頼むからさあ、これ以上あたしを怒らせないでくれる?」
本日のお買い得情報や、店員さn向けの連絡を告げる館内放送がしみじみ響く。
鈴木さんはじろっとソラミちゃんをにらんだ。グリンピアへとんがり帽子と黒い服の魔女スタイルで来ることができる勇気を持つソラミちゃんは、それを平然と受け止める。
「学校来ないでそんなのとつるんでるのかよ?」
そんなのって――と、あたしとソラミちゃんの声が被ってしまったけど、それをさえぎって鈴木さんは遮ってわめいた。
「まあいいけど、あんたのことなんて関係無いし! どこで何してようが関係無いしっ」
それだけ乱暴に言い捨てると、通りすがりのお年寄りが驚くような大股の速足で去っていった。あとに残されたあたしたちは無言になるしかない。
「……なんなんですか、あの人?」
初対面の女の子に「そんなの」呼ばわりされたソラミちゃんははあっけにとられたみた。直後にむすっととした表情になる。
「いじめっ子の主犯か何かですか?」
「ううん。あの子は、違う」
気を取り直すためにすっかり冷え切った今川焼をあたしはかじる。
「友達、だった子。それも多分、親友ってやつ。元親友」
「……ふうん」
ソラミちゃんから返ってきたのはそれだけだった。ちょっとの間を置いて、バッグからペンケースや教科書やなんかを取り出す。宿題をするじゅん準備を始めるソラミちゃんをみて、焦ったのはあたしの方だ。
「ちょ、ちょっと気にならないのっ、ねぇ⁉ さっきの子とあたしと何があったとかって……⁉」
「気になりますけど、他人様のプライバシーに口突っ込むものじゃありませんし」
「だ、だったら聞いてよぉ! 関心持ってよぉ! さっき言おうとしたのもあの子がらみのことだったんだからぁ!」
とりすまして宿題をかたづけようとし始めたソラミちゃんにあたしは泣きついた。あんな態度のあの子を見て、そのまま無視できるソラミちゃんの胆力をひっそり尊敬しながらお願いした。だってあたしがちょうど打ち明けようとしていたことは、あの子に関する悩みだったんだもの。
数日間の差ではあるけれど年上、少なくとも学年は一つ上のあたしの情けない様子を見て、ソラミちゃんんは呆れた様子を隠さない。はあっとため息をついたのに、開いたノートを一旦閉じて、あたしの顔を見る。
――でもあたしは、ちゃんとソラミちゃんの薄く緑のかかった瞳が、あたしをみて少し輝いたことに気が付いている。本当はちょっと興味があるのだ。
「じゃあセンパイ、くわしく教えてくださいます? その話」
全くもう、興味があるなら最初そう言ってくれたっていいのに――、文句を言うのは口だけにして、あたしもお冷をあおって喉のつまりを流し込んだ。クリームチーズの今川焼はおいしいけれどおしゃべり時のおやつにはちょっと向いてない。
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