上手な距離のとり方について
景は徐々に恵の部屋から荷物を引き上げていった。といっても必要最低限のみである。生活用品などは別に置いていってもかまわないだろう。あとは勝手になんとかしてくれればいいと思う。
引っ越しの準備も進めていた。不動産屋に行き賃貸を巡って部屋を決める。思ったよりあっさりと部屋を決めることができてホッとした。引っ越しの日程や運送会社の手配、インフラ関係の手続きなどやることは多いが、忙しい方が景の気持ちは落ち込まずにいられた。
景が引っ越しの準備をしていることは特に誰にも言っていなかった。そもそも今の住所だって誰も知らないくらいなのだ。なんなら両親すらも知らないだろう。引っ越しと恵との別れが無事に済んだら一部の友達にだけ報告しておけばいいのだ。
恵にはもちろんなにも言わない。景は今までより少しずつ恵の家に行く回数を減らし、泊まることを避けるようにしていた。仕事が忙しくてと誤魔化しつつ料理を恵の家の冷蔵庫に入れておけば特になにも言われない。
そう、恵は景になにも言わなかった。もしかしたら気づいていたのかもしれないが、それでもなにも言うことはなかった。いつも通りに明るく軽い口調で景に接する。それが少し景には怖かった。恵は景の心中をわかっているのではないか? なにもかもお見通しで知らないふりをしているだけではないのか? 実は恵の思惑通りなのではないか?
それでも景が止まることはできなかった。ここでなかったことにするわけにはいかないのだ。恵にその気がない以上、これ以上付き合い続けることはできない。そして別れるのであれば徹底的に。そう決めたのだから。
1ヶ月ほどかけて景はすべての作業を終わらせた。引っ越しも、恵の家から荷物を引き上げることも、全部全部済ませた。
だから後は恵に別れを切り出すだけだった。
それだけのことが、ひどく重く心にのしかかっていた。
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