さようならの言い方について

 引っ越しを済ませてから一週間後、景は恵を喫茶店に呼び出した。恵は最初は渋ったものの、景がおごることをちらつかせると聞き入れてくれた。現金だなと景は思うが、それが逆に楽なのだと自分に言い聞かせる。

「いきなり呼び出してごめんね」

「いいよ別に。好きなもの頼んでいいんだろ」

「うん、恵の好きなもの頼んでいいよ」

 それを聞いて恵はあれもこれもと悩みだす。ひと通り頼んだものが出揃ってから景は切り出した。

「ねえ恵。別れよう」

「え、やだ」

「え」

 予想外の展開だった。てっきり恵はすんなり応じると思ったのに。

「なんで?」

「なんでって、今まで普通に付き合ってきたのに、そっちこそなんでそんなこと言い出すわけ?」

 景の頭は一瞬真っ白になる。それでも頭を振って話を続けた。

「恵はわたしと結婚する気無いでしょ。わたし結婚願望あるし、それに」

「それに?」

「これ以上、わたしに気持ちがない人と付き合い続けるの無理」

「ないことないよ」

「ないでしょ」

「結婚する気だって」

「ないでしょ」

 恵が黙り込むのを見て、景は面倒なことになるかもしれないなと感じた。そもそも恵が別れを拒むこと自体、すでに景にとっては面倒なことなのだ。罵倒でもなんでもしてくれていいから、さくっと終わらせてほしい。

「だって結婚なんてまだ早いし」

「早くないよ。わたしたちもう28歳だよ? 周りの友達だってみんな結婚してる。子供がいる子だっている」

「周りと比べったって仕方ないだろ」

「だからそれを横においておいても、わたしに気持ちがない人と一緒にいるの無理なの」

「ないことないって」

「都合がいいだけでしょ」

 景が言い切ると恵の目が見開かれた。ついに言ってしまった。余計なことだったかもしれないし、言う気はなかったけれど、それでも言ってしまったことは取り消せないのだ。

 続きの言葉を待つ景に、恵はいつもの柔らかい笑みを浮かべた。

「なんだ、わかってたんだ」

「逆になんでわからないと思うかが不思議なんだけど」

「景は周りが見えてないところがあるから気づかないかと思ったわ」

 殴りたくなる気持ちを、景は必死で我慢した。

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