見上げるはよだかの星4

 少しして本棚の陰から出てきた文月の右手には、普段のコーヒーカップではなく白いマグカップがあった。椅子の方へ向かおうとした文月は、七瀬の姿を目にして足を止めると、遠くから見ても分かりそうなくらい顔を歪める。


「七瀬、行儀が悪いぞ。君はまともに座ることすら出来ないのか」

「座れますよ! いつもちゃんと座ってるでしょ!」

「さあ、あまり記憶に無いな」

「鳥頭なんですか?」


 座り直した七瀬の目の前に、文月が持ってきていたマグカップがとんと置かれた。甘い香りが湯気に乗って舞い上がり、不機嫌そうだった彼女の口端を緩ませる。彼女が両手で包み込んだカップの中身は、ホットミルクのようだった。


「あったかい……って、これ文月先生が飲むんじゃないんですか? 私の分は要らないって言いましたし」

「俺はこれから贋作を書くから、いいんだ。喉が渇いていないにしても、少しだけ肌寒いだろう? それを飲んで温まると良い」

「んー、じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」


 数度息を吹きかけて、七瀬は啜るようにホットミルクを口に含む。ごくりと喉を鳴らすと、幸せそうに笑顔を咲かせた。


「美味しいですっ」

「そうか、良かった」


 文月が、座っている椅子の後ろ――という定位置に置かれているアタッシュケースを引っ張り、原稿用紙をテーブルの上に置いた。ガラスペンを取り出して、文字を書く準備を整えたら、彼は頬杖を付き、出窓から見える町並みを眺めた。遠くに見える茜の空は、紺色が少しずつ混ざって行く。これから沈み行く太陽が、昼間よりも明るく見える光を放っていた。

 文月の視線の先を辿って、それから自分の両手の中にあるカップを見つめた七瀬は、眉を寄せた。彼は七瀬が帰るのを見送ってから執筆を始めるのだろう。そう考えたら早く飲み終えなければならないような気がして、熱を帯びたカップの縁に唇をすぐさま押し当てた。数回咽喉を上下させて、カップをテーブルに戻したら、中身は半分よりも少なくなっていた。

 残りもすぐに飲み干してしまおうか、と再びそれを持ち上げようとした途端に、声がかけられる。


「七瀬、綴者の試験のことは、考えてみたか?」

「あ……家に帰った時、両親と話してみました。そしたら、いいんじゃない? って。だから、やってみたいなぁ、とは思ってます」

「なら、良かった。今回の御厨の件が片付いたら、早速贋作を書く練習をしよう。今日中には片付けられるとは思うが、明日までかかってしまったら、次の授業は明後日になる。済まないが、待っていてくれ」

「はい、楽しみに待ってます! でも、色んな作品を読んでみて贋作を書くのって難しそうだなと思いました。どの作品もすごく文章が綺麗で、難しい言葉も多くて……私が書いたら小学生みたいな文章になっちゃいそうです」


 先を思い遣っているようで、七瀬が渋面を象る。その様子を瞻視せんしし、文月は苦笑していた。


「あまり難しく考えすぎなくていい。綴者が真作から借りるのは物語の流れだけだからな。文章は君らしく書いていいんだ。君の思うまま、患者に届くように気持ちを込めて。小説というものは、きっと君が思っている以上に自由なものだよ」

「そう、ですか? でもやっぱり、上手いとか下手とかあるじゃないですか」

「どう評価するかは読み手次第、人によって評価も変わってくる。七瀬、数学と違って芸術には正解がない。人は自分の思い描く正解で美しさを計っている。だから君は、君の思う美しさを綴ればいい。君らしく患者に寄り添ってみてくれ」

「そっ、か……文月先生の話を聞いていたら贋作書いてみたくなってきました! この前文月先生が言っていた、綴者が書いた日記本? も読んでみたら、書けそうな気がしてきます!」


 そう言われて、文月は探しておくと言った書物のことを今思い出したらしく、暫し口を開いたまま固まっていた。閉じた唇で柔和な繊月を象ってから、彼は小さく頷いた。


「その本も、時間が出来たら探しに行くつもりだ。あれがあるとすれば、書置所かきおきどころだな……となると、隣県か……」

「書置所? って、なんですか?」

「治療に関する報告書や、患者の聖譚、患者の為に書いた贋作の原稿などが置かれている、図書館のような施設だ。贋作の原稿は、持っておきたいと言う患者が多いようで、複製されたものばかりらしい。ちなみに書置所は、基本的にだが綴者しか立ち入ることが出来ない」

「へぇ……」


 ホットミルクをほんの少しだけ飲んで、七瀬はマグカップを弄る。顔を上げてみれば、文月が顎に手を添えて考え事をしていた。いつ書置所に行くか悩んでいるのかもしれない、と予想しながら、七瀬は彼から視線を外して、出窓の反対側にある壁の掛け時計を確認した。もうじき六時になるようだ。


 帰ったほうが良い時間であると感じたが、七瀬はもう少しだけ文月と話すことにした。


「文月先生」

「……なんだ?」


 ぼうっとしていた彼が、目を大きくしてから、細めた瞼の下で黒目を動かした。真っ直ぐに七瀬を映した彼の虹彩を見返して、七瀬は愉しそうに瞳を湾曲させる。


「よだかの星の贋作は、どんな感じに書くんですか?」

「星が、願いを叶えるものであることに重きを置いて書こう、と思っている」

「でも、原作の方のよだかの星だと、星は願いを叶えてくれませんでしたよね?」


 七瀬は、文月から聞いた大筋を思い出しながら問いかけていた。ああ、と呟いた文月が、軽く首肯した。


「夜空に浮かぶ星は、導き手を表すものだ。だから、直接的に願いを叶えてくれるわけではない。タロットだと、星は内的な輝きや、身体の内側から溢れる可能性、思考の発露を示している。とすれば、星は心そのものとも取れるはずだ。よだかが星になれたのは、その心がどこまでも真っ直ぐに輝き続けていたからではないだろうか。遠くへ行ってしまいたいという思いで高く飛び続けたよだかは、自身の持っている星で、つまりは自身の心で願いを叶えたんだ。星のように輝き続けていたよだかの心から輝きが溢れ、その輝きはよだかを呑み込んで、その身を星に変えた……そう考えてみたら、どうだ? 星は、願いを叶えるものだろう?」

「なる、ほど……。じゃあよだかの心は、ずっと輝き続けているんですね。なんか、やっぱりどう解釈しても素敵」

「君の星も、よだか程ではないが輝いているんじゃないか?」


 冗談ではないようで、文月は当たり前のことをさらっと述べたみたいに、真剣な顔をしていた。けれども気抜けている七瀬を見て、だんだんと彼の頭が傾いていく。彼と同じように、七瀬も首を傾けた。


「なんで、ですか?」

「君はよく、笑っているだろう? 七瀬、ここ最近は、楽しいか?」


 文月の綺麗な微笑に、七瀬は思わず息を呑む。そちらに気を取られていたせいで、彼の質問を頭の中で思い返さねばならない。問われたことを反復して、近頃の自分のことを思い返し、頷く勢いのまま頭を下げた。


「楽しい、です。……私、聖譚病に罹るまではずっと、なんていうか、気分が下がったままで。暗い顔ばっかりしてたと思うんですけど。確かに、最近はよく笑ってる気がします」

「そうだな、君はよく笑う。これは……自惚れ、かもしれないが……もし俺が、君を笑わせられているのなら、嬉しく思うんだ」


 照れ臭そうで、言い難そうな声の調子に、七瀬は顔を上げた。今の発言は口を滑らせてしまったことによるものだったのか、文月は口元を押さえていた。それを七瀬に見られると、彼は慌てて頬杖を突き、窓の外を窺う。

 紺と藍が織り成す諧調が、夜を告げていた。窓硝子は太陽が在る時よりも色濃く室内を映している。しかし、文月は映っているものに目を向けてはいないようだ。町の、どこか遠くを眺めているその目元が、歪んでいく。七瀬にはそう見えた。彼の唇が僅かに開くも、声はすぐに発せられない。

 数秒が経過し、ようやく彼が、感情の乗せられていない吐息を漏らし始めた。


「治療した患者のその後を見届けることは、これまでなかった。病からは救えた、けれどもその心を救うことは出来ているのか、それが、ふと気になったこともある。俺に出来るのは、病を治すことだけ。しかし患者の痛みの一部を知って、病を治すだけで、それで俺は良いのだろうかと、たまに悩むんだ。俺は、贋作で患者の心を少しでも救えないだろうかと、思うんだ」

「……そう、なんですか」

「だから、君を見ていると安心する」


 端正な横顔の、口端がほんの少しだけ引き上げられている。その笑みを携えながら、文月が七瀬の方を向き直った。


「俺は、誰かをちゃんと救えているんだな、と……実感出来るんだ」

「文月先生……」

「君は、笑っていてくれ。だが嫌なことがあった時は、抱え込まない方が良い。七瀬、人は誰かに救われて、誰かを救って生きているんだ。だから、頼れる人間を頼りながら、頼られながら、良い日々を過ごして欲しい」


 彼の柔らかな語調は、淡い力強さも引き連れている。七瀬は、自分の為を思ってくれている言葉をはっきりと聞いたのを、久しぶりのように感じた。それゆえか、左胸の内側で心臓が揺れる。もし七瀬が何か悩みを抱えていたなら、今この場で彼に吐露してしまっていただろう。しかしながら、今の七瀬は何事にもあまり頭を悩ませてはいなかった。

 唇を弓なりにして、軽く頭を上下させる七瀬。文月は同じように小さく頷き返し、続けた。


「勿論、俺のことも、好きな時に頼ってくれて構わない」

「はい。ありがとう、ございます」


 なんて、頼りたくなる声遣いなのだろう、と七瀬は思った。助けを求めればすぐに力を貸してくれそうな彼を、ヒーローのように感じた。

 七瀬にとっての家族が、決して頼りないわけではない。母親は七瀬の心の深い所までは踏み入らないが、それでも七瀬を支えようとしている良い大人ではあるのだろう。けれども、見守るだけに近い優しさに、七瀬は手を伸ばして良いのか判断しかね続けていた。七海が亡くなった後のやるせない感情を口に出して、母に聞かせても意味が無いと理解してからは、だんだんと喉の奥で押さえ付けるようになっていた。

 控えめな優しさには、頼っても良いのだろうかという葛藤に邪魔されて縋りつけない。けれど目の前に差し出された優しい手の平を掴むのに、葛藤は生じない。七瀬はそこまで考えて、だから自分は文月八尋のようになりたいのだと、再確認した気持ちになった。

 救いを差し伸べてくれた彼のようになって、救いを待ち続けていたかつての自分のような人を救いたいと、七瀬は心から思った。

 七瀬は、衰弱の後に亡くなってしまった姉へ、涙を見せることしか出来なかった自分を、変えたかったのだ。

 よし、と呟いて手の平を握り締めた七瀬が、すっと離席した。


「そろそろ、帰りますね。明日また来ますけど、忙しかったら、勉強を我慢して帰りますから、遠慮なく言ってください」

「ああ。外はまだ暗いから、気を付けるんだぞ」

「分かってますよ、子供じゃあるまいし」


 足元に置かれていた学生鞄を手に取ると、七瀬は「それじゃ」と笑って廊下へ歩を進めた。靴音は三回程度鳴り響いてぴたりと止まる。肩くらいまでの長さの横髪を揺らして振り向いた彼女が、文月ににっこりと笑う。


「私、文月先生のおかげで、勉強とか色々、頑張れそうです。というか、頑張るぞーって気分になってます! だから文月先生も、頑張ってくださいっ」


 今までよりも一層大きな声量で、七瀬は言い切った。深く頭を下げると、彼女はそれからすぐに部屋を出て行ってしまった。廊下の先へ消えた後姿から視線を外して、文月が小さく笑う。頑張って、という言葉の、包み込むような温かさに、体温がほんのりと上がった。

 七瀬の励ましが胸の深くまで染み出したものだから、文月は破顔せずにはいられなかった。


「……さて」


 ほぼ息に近い声を、玄関から響いた鈴の音の余韻に重ねたら、文月は深く、長く頭を下げた。暫くして上体を起こした彼は、ガラスペンに人差し指の腹を滑らせる。そっと手に取ったそれの穂先をインク瓶に差し向けて、彼は脳の内側に広がる物語を、早速紙の上へ移し始めた。


     (五)


 御厨のズボンのポケットの中で携帯電話が振動したのは、夜の七時を過ぎた頃だ。通話ボタンを押して電話を耳に押し当てると、「贋作を書き終えた。今から君の店の前まで行く」とだけ告げられて一方的に電話を切られる。

 こちらの話を聞く気は一切ないのか、と苦笑して、御厨は母親と共に店の前で文月を待った。十分程が経過し、アタッシュケースを片手に現れた文月をちらと見てから、御厨が彼に背を向ける。


「車出すから、乗りな」

「……徒歩じゃないなんて聞いていないぞ」

「お前、この町の病院がどこにあるのか分かってて言ってんのか。端っこだぞ、端っこ。良いから乗れよ。あそこ、面会は二十一時までなんだ」


 服飾屋の入り口前の端の方に、一台の黒い車が止まっている。御厨はそれの運転席に乗り込んだ。九美が彼の隣に座ったのを見てから、文月は渋々といった様子で後部座席に乗った。

 流れ出した景色から目を背け、文月が瞼を伏せていると、前に座っている御厨が声をかけてくる。


「贋作、ちゃんとしたもの書けたのか?」

「なんだ君は、俺の贋作を読んでもいないのに馬鹿にしているのか? 俺は患者を治す為にちゃんと……書いて、いるんだ」

「……いきなり死にそうな声出してどうしたんだお前」

「…………話しかけるな。着いたら起こしてくれ」


 赤信号に差し掛かって、御厨はゆっくりとブレーキを掛ける。ルームミラーで文月の方を窺ってみると、彼は険しい表情のまま目を閉じていた。そこでようやく、彼は車が苦手なのだろうということに気付いて、御厨は小さく笑った。


「……九重、あんたさ」

「ん、なんだ?」


 信号が青に変わり、前だけを見ながら御厨が九美に返す。暫くしんと静まると、御厨は深閑を息苦しく感じた。彼女に何を言われるのだろう、怒られるのだろうかと想像しただけで、どうすれば良いのか分からなくなる。下唇に前歯を突き立て、黙っている御厨へ、彼女の問いがようやく投げられた。


「文月くんのこと、信頼しているの?」

「……そりゃ、そうだろ」


 予想だにしていなかった質問に面食らってから、御厨は吐き捨てるように返答した。ふうん、と九美が小さく相槌を打つ。

 車内にエンジン音と震動音だけが響く中、車はひたすらに町の東側へ前進して行った。フロントガラスの向こう側だけを凝視しつつ、御厨は唇の隙間から「五年だ」と零した。

 一分は優に越えたであろう静黙の後の、小さな一言。それに、九美は「何が」と問おうとした。あまりに間が開き過ぎていて、話の流れを掴めなかったのだ。けれども口に出す前に、御厨が続ける。


「五年の、付き合いなんだ。文月がここに来た日から、俺は小春のことを相談しようとして、会いに行った」

「そう、だったの……」

「けど言えなくて、情報屋だって適当なことを言って、本当に情報屋のフリをし続けて……五年、綴者のこいつをこの目で見てきた」


 九美が御厨の横顔を窺ってみれば、彼は笑みを浮かべていた。楽しそうでも、嬉しそうでもなく、どこか悔しげに、それでも彼の唇はしかと笑っていた。


「良いやつだぜ、文月は。……見てて、自分がちっぽけに感じるくらいにさ」

「――そんな風に、感じていたのか」


 静かで透き通る声が背中に掛かって、御厨は目を見開いた。


「……起きてたのかよ」

「そんなにすぐ寝られるわけが……ないだろう」

「黙って寝てろ」

「いや……寝られる気分では、ないんだ」


 揺れる車内で酔っているらしく、文月の息遣いは弱々しい。照れ臭そうにも、気まずそうにも見える顰め面の御厨が黙っていれば、黙るつもりのないらしい文月が沈黙を払う。


「御厨。君は、ちっぽけなんかじゃない。俺なんかと比べるな。比べて、自分の良さから、目を逸らすな」


 御厨は、唇を噛んだ。口内に血の味が広がるくらい、唇が痛むくらい、歯を強く押し付けた。

 文月にこんな言葉をかけられても、御厨の気持ちは軽くならない。それどころか、奥底に沈めていた不快感がせり上がり、それによって劣等感が沸騰しそうだった。

 目元と眉間に皺を作って、不愉快そうにしている御厨の心境に気付いていないのか、文月は声柄一つ変えない。


「君は、人の気持ちを考えられる。誰かの為に、悩むことが出来る。強引にではなく、優しく。人の気持ちを、尊重出来るじゃないか。君は、君の思う正しさを、曲げないじゃないか。だから、妹のことで悩み続けていたんだろう? 君の優しさと、強さは、君だけのものだ。優しさも強さも、ありきたりな言葉、かもしれない。けれど、言葉は同じでも、その形は、人それぞれじゃないのか?」

「……文月、もういい」

「もしかしたら君は、俺を優しいと、強いと言うかもしれない。けれど俺の救いは、強引なものだ。それが、ちゃんと救いに繋がっていても、きっと、身勝手な、押し付けがましいものでしか、ないんだ」

「もういいって言って――」

「俺は君が」


 これ以上聞いていたら、御厨は文月に怒鳴ってしまいそうだった。怒号ではないものの感情的な声に、文月が凛と重ね、御厨の激情を攫おうとする。


「君が、俺にはない優しさと強さを持っているから……君を信頼して、相棒のように、思っているんだぞ」


 御厨の足に、強く力が込められる。乱暴なブレーキが掛かって、大きく揺れた車内で、文月が反射的に口元を押さえた。少し前まで浮かべていた真剣な表情は、既に取り去られている。もともと白い肌がやけに青白く見え、情けなささえ感じさせる。

 そんな文月に御厨は、礼を述べたかった。しかしたった一言でも、今は上手く紡げそうにないようで、口を開くのに長い時間を必要とした。


「……文月」

「……なんだ」

「俺は……お前のそういうとこが、嫌いだ」

「そうか。良いぞ、好きなだけ嫌え」


 言うつもりだった言葉は、喉奥に溶けてしまった。信頼と同じくらい抱き続けている「嫌い」という感情を、気付けば曝け出してしまっている。そのことを後悔したというのに、文月はあっさりと認めて、口元に繊月を湛えていた。


「その分、信頼出来る部分もちゃんと見つけてくれ」

「そこはもう充分見つかってるさ」


 御厨に笑い飛ばされて、文月は目を丸くする。ふ、と頬を綻ばせると、御厨の背からドアガラスに視点を移した。病院の前に着いていることを確認して、文月はドアを開ける。アタッシュケースを手に取って、外へ出た。

 御厨も車を降りようとしていたら、笑声が耳を打つ。


「九重、あんた、良い友達が出来たのね」

「……笑ってんじゃねぇよ。ほら、着いたから。母さんも降りろよ」

「はいはい」


 九美が降りたことを確認してから、御厨も下車し、先に病院の入り口で待っていた文月と三人で建物内へ入った。

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