05

 私は小学生の頃の記憶を取り戻すことができた。けれど、やっぱりそれはあまりいい記憶だったとは言えない。

 お父さんの仕事の都合で転校が多かったこと、その為に友達や自分の居場所がなかなかつくれなかったこと、そして私が最後にたくやくんとすれ違ったということは、紛れもない事実だった。

 私はその記憶を受け入れることができたけれど、実際に私とたくやくんの中に残る記憶の事実は変わらないし、その記憶の見方が変わっただけで、言ってしまえばこんな記憶の追体験は辛い記憶を受け入れる為の姑息療法に過ぎないのだ。

 確かに今回の追体験で私は記憶を取り戻し、自分なりに噛み砕いて受け入れることもできた。さらにたくやくんとの和解によって、私の心を支配していた自己嫌悪や暗いおりは上手く処理できた。けれど、心の片隅にははっきりと、もうどうしようもない小さなしこりが巣食っているのがわかった。

 もしあの時素直になれていたら、もしあの時ちゃんと自分の想いに気付き、それを伝えられていたら──そう考えると、ずんずんと深い沼地に足を踏み入れてしまいそうになる。変わらないとはわかっていても、それでも変えられないのは、それこそが何より辛かった。

 そしてそんな辛さは、この記憶がある限りずっと私に付いてくる。『後悔』として。

 それでも──

 たくやくんと過ごせた小学生時代の後半は、確かに私の中で輝く時間となっていた。取り戻したのは決して辛い記憶だけではなかったのだ。そして当時は気付かなかった、本当ならずっと気付かないままだったことも知ることができた。

 私達は、満天の星空の下で、本当は同じことが言いたかったんだと。

「気分はどうだい?」

 私がどこか満足げに綺麗な木目を見上げながら寝転がっていると、無邪気な笑顔にどこか心配そうな表情を隠したメモリアが覗き込んできた。

「すっごくいいよ」

 私は笑顔を作って見せる。するとメモリアも安心したのか、すぐに屈託ない笑顔へと変わった。

「だからもう少し、寝ていてもいいかな」

「ここには時間の概念がないんだから、気が済むまでどうぞ」

 私はその言葉に甘えて再び瞼を閉じようとした。しかしその前に、どうしてもメモリアに訊いておきたいことがあった。

「あの夢は、たくやくんも同じものを見ていたのかな?」

 覗き込むメモリアは柔らかく口角を上げた。

「もちろん。彼にも届いているよ」

 頬が自然と緩み、僅かに残っていた不安は呼気と共に身体の外へと逃げていった。そして私は、ゆっくりと瞼を閉じた。

 どうやらメモリアが前に言った通り、心が小学生の頃に逆戻りしているのかもしれない。だから今だけは、もう少しだけ寝かせて欲しかった。

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