猫又の黄昏

Lusucre

猫又の黄昏



 ある日、私はいつもの道をいつものペースで歩いていた。ただ違うことと言えば、いつもより少し早めに歩み始めたということか。だが、それ以外は大して変わらず、右から左へと同じ動作を繰り返す。


 その日はとても快晴であったからか、私の単純な作業も少しばかり早くなっていたかもしれない。私は半永久的なそれに嫌気が差してはいたが、その日はなぜかそれは感じなかった。


 しばらく、歩き始めて数分が経っただろうか。右と左の主張がより多くなってきたかと思っていたとき、そいつらを喧嘩両成敗した奴がいた。そいつは「私は何も知らない。」という顔でいた。ここまで無知な顔は初めて見たかもしれない。塀の上から見下していた。ただ見下しているだけだった。そいつは、私を「見る」という動作以外していないのだ。それなのに、私の歩みは止められた。


 ついさっきまで喧嘩をしていた者も借りてきた猫のように黙った。普通なら私の気分は悪くなっただろう。「こんな天気が良く、折角早めに家を出たっていうのに邪魔するやつは誰だ。」と。


 しかし、私はそうは思わなかった。そう思うことなど出来なかった。そいつはただならぬオーラを出していた。私はそいつが妖怪だと思った。黄昏るフリをして実は前を通る人間を引き留め、魂を吸い取っているのではないかと。実際、すでに私の魂は吸い取れていた。完全に虜である。


 私はその妖怪の虜になっていた。その間はとても短い時間だと思っていたが、長い時間が経っていた。早めに家を出たことなど、もうその時点で意味がなくなっていた。そればかりか通常より大幅に遅れていたのである。


 だが、気が付いたときには、もう後の祭りであった。そいつはただ黄昏ていただけで私を時間通りに着くという簡単な目的でさえ邪魔した。だが、不思議と私は幸福で満たされた気がした。


 その日の帰り、私はいつもの道をいつもより遅いペースで歩いていた。


 まさに妖怪である。


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猫又の黄昏 Lusucre @Lesucre4700

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