邂逅

「ヒロト、今日も喧嘩しちゃったね」

シズクは顔は悲しそうだが明るく言った。


「あいつらがうるせーんだよ、また昔の事言いやがって」

そう言うとシズクは黙って下を見た。


ヒロトの親は研究施設の科学者として働いていた。

当時は日本中がデビルズゲートプロジェクトに注目し、多額の税金をかけて始めた、日本の未来をかけたプロジェクトだった。


学者達はエリートとしてヒーロー扱いだった。

それが事故が起きてからというもの、まさに売国奴の様な眼差しで世間から睨まれた。


政府は責任を逃れる為に、人為的なミスがあったと発表し、研究者達に半ば責任をなすりつける形となったのだ。


特区内の人々は基本的に団結力、仲間意識が高い。

しかし、やはり人間、差別偏見はどこにでも起こってしまう。


かつて日本が戦争に負け、必死に繁栄を目指したあの頃の様に、この15年間で特区内だけで人間が暮らせる様に立て直してきた。


施設は今もまだ稼働している。

反物質化した人間は、この磁場でなければ肉体を保つ事は出来ない。


磁場が人を殺し、磁場が人を生かす。

かつての原子力の様に。


「俺のオヤジは事故の時に死んだんだよ」

そう言うと自然とこぶしに力が入る。


事故発生時、肉体を維持できた者は半数、さらに磁場に適合出来ない者たちは次々と病気で亡くなった。

その為、特区内の人口は昔の四分の一以下になり、今も減り続けている。


「今日は久しぶりに、一緒に山に山菜でも取りに行かない?」

シズクはなんとかヒロトに機嫌を直してもらおうと取り繕うように言った。


「ああ、そうだな」

ヒロトは口数の少ないものの、いつも自分を気にかけてくれるシズクには感謝していた。


「それとも今日も勉強しないとダメ?」

そう言ってシズクは眉尻を下げた。


「いや、今日は大丈夫だよ」

たまには息抜きになればいいと思いった。


ヒロトには目標がある。

勉強して今も稼働する施設に研究者として入り、父親のやっていた事を自分の目で確かめる事だ。

しかし、物価の上昇により高額になった学費を払う目処は立っていない。


都市部に残った人というのは、高騰した物価でも金で物を買い続けられる財力がある人間だけ。

都市部の缶ジュース一本は1000円を超えていた。


事故以来、人々は食料を確保する為に徐々に都市を捨て、自然の多い場所に移り住んでいたので、若者の楽しみとして、山での採取、川での釣りなどは子供の頃から当たり前にやっていた。


「わたし、昔の暮らしってわからないけど、今の生活好きだよ」


「お前は飯が食えれば何でもいいんじゃないか?」

ヒロトは少しにやけながら、からかう様に言った。


「ひどい、わたしが食いしん坊だって事?」

シズクは口をすぼめて尖らしている。


「さあなー」

そう言ったヒロトの顔からは、苛立ちが消えていた。

その顔を横目で睨んでいたシズクは内心嬉しい気分になった。


「さっさと済まして、日が落ちる前に帰ろうぜ」

「うん」

そう言うと、二人はけもの道に入って行った。

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あの山の向こうへ たじま ハル @tajima_haru

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