あの山の向こうへ

たじま ハル

デビルズゲート

2028年


デビルズゲート事故。


東京湾近郊に建設された素粒子実験施設が制御不能に陥った。


いつの時代も科学とは人間の味方であり、また最大の敵なのだ。


人類は『神の領域』に手を出してしまった。


アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言ったが、人類はそのサイコロを神の代わりに振ってしまったようだ。


人間の『未来への欲求』は麻薬の様な物で、とどまる事を知らない。それが危険だとわかっていても。


その末路は悲惨なものだった。


特殊な磁場が拡散し、それを浴びた人体は反物質と化し、反物質化していない通常の人間に触れると双方が打ち消し合い、消えてしまう。


政府は磁場に汚染された東京都全域と南関東の大部分を完全に隔離し、特別隔離指定区、通称『特区』と言い、人の出入りは一切許されず、孤立国家の様になっていた。


特区内に住民票が有る者は本人の意思で特区に入り、反物質化する事を許されたが、特区内に住民票の無い家族や愛し合う者たちは特区に入る事は許されず無情に引き裂かれた。


物流も特区外とは遮断された為、食料自給率は急速に下がり、それを補う様に特区内の人々は生きる為に土地を耕し農業を始め、家畜を飼い始めた。


東京はまるで発展途上国の様な実態になっていた。


それから十五年が経ったある八月の日。


カラスとカエルの鳴き声が聞こえる田んぼの畦道。


日が沈みそうで沈まない、そんな時間が長く感じられる夕暮れ時は決まって少し物悲しい気分になる。


大昔から繰り返してきたはずの夕焼けも、二度同じ色がないのだ。

そして、それを見る人間にも一日たりとも同じ日はないのだと。


ヒロトは高校二年生でデビルズゲート事故の年に産まれた15歳。

部活はしておらず、同い年の幼馴染シズクと今日も学校帰りを歩いていた。


何も変わらない日常は退屈だが、それなら何か事を始めれば良いと思っても、すぐに生活を一変させる事は出来ないものだ。


いや、出来ないのではなく、その生活が気に入っているのかもしれない。

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