一章 八話 想起Ⅰ 片明院襲撃事件(後)
一章 「再会」
第八話 「想起Ⅰ 片明院襲撃事件(後)」
―1―
片明院中央部。ここは大食堂らしい。孤児たちはここで見知らぬ大人たちを先生と崇め、他の孤児たちと交流をしながら食事をしていた。
だが、その大食堂は無残な戦場と化している。
戦況は、國崎たちの陽動で混乱していた片明院側の後ろを刺す形となった稲置軍の優勢となっている。皆、机や椅子を障害物にしている。
「いいか!!確実に敵を仕留め、孤児たちを連れ出せ!!敵の増援はあと恐らく7分~10分の間で到着する!!素早く片を付けろ!!」
その声に部下たちは答えるように、銃を持ちながら子供たちの寝室に入り込む。
「くるなーっ!!」
複数人いる子供達。その中で一番年長と思える子が、拳銃で義勇軍兵を撃ち殺した。
「このガキッ!!」
もう一人の義勇軍兵が小銃で拳銃を持つ子供を撃ち殺した。子供の体は血を吹き出しながら飴細工のように溶けていく。男子だった。他の子どもたちが声をあげる。恐怖に満ちた声である。
義勇軍兵が近づくと後ずさりする。
「手間かけさせんなっ!!」
残りの二人の子供を両手で抱える。子供たちは悲鳴を上げる。
『子供を捕らえた奴は外の車に連れて行けよ!』
稲置の声がマイク越しに聞こえる。その直後、その兵士と左脇に抱えた子供は凶弾で絶命した。右脇に抱えた子供もすぐさまその流れ弾で死亡する。
子供が撃った弾で死んだのだ。10歳を過ぎた銃の訓練を受けた子供達は自分の身長の半分くらいもの小銃を構え、義勇軍に向けて撃った。その弾が、片明院の子供の命を奪う。
ある子供は涙を流し、ある子供は殺意を持ち、ある子供は生きることに必死な目をしている。
ある子供は銃撃をやめて障害物を背にして縮こまる。軍服を着た大人がその子供の胸倉をつかむ。その大人の腕に別の子供がしがみついた。軍服を着た大人はそれを振り払おうとする。瞬間、その大人の側頭部に鉛玉が撃ち込まれ力を失い倒れた。
まさにこの世の地獄。
統率の取れた軍隊ではない。少年兵の部隊。教育の行き届いてない練度の低さが成す地獄。
「無理です!子供の命を奪うなんてことは!!」
一人の義勇軍兵が構えながら叫ぶ。彼は自分の子供の命を奪ったレッツェル政権に立ち向かった中年の男だ。
「殺せ!死ぬぞ!!」
すぐ横にいた稲置が叫ぶ。彼の小銃の照準は常に敵にある。年齢は関係ない。見た目も関係ない。性別も関係ない。自分に立ちはだかるものは"ただの"障害なのだ。
その冷酷正確無比な腕前は確実に"敵"の数を減らし続ける。
「ああ…、やめてくれ!これじゃあ俺はあの子に顔向けできない!!」
そう言い、稲置に感情をぶつける。
「嫌なら外に行け!この戦場ではあんたは必要とされていない!!」
怒号が飛ぶ。
「…わかった。すまない。」
感情を押し殺したその男は戦場に背を向け、走る。その直後、
男は子供の放つ銃弾で死んだ。
「…バカめ。」
稲置は苦虫を噛んだ顔をして、銃弾を放つ。
―2―
國崎と鞍馬は足止めを食らっていた。
地下から階段で出るとき、敵の猛攻を食らい、未だに廊下に出れない。奥が大食堂。
片明院兵を挟み撃ちにしている。とはいえ、國崎側の兵力は二人。中々合流に至れない。
「春人、スモークグレネードはあるか?」
「ああ、持ってるぜ。」
射撃で牽制しながらピン付きのスモークグレネードを一個貰う。
そして鞍馬がサングラスのようなものを胸ポケットから取り出し装着する。
「カバー!」
國崎はそう言い、射撃をやめる。そして同じものを胸ポケットから取り出し、装着する。
その間、鞍馬が國崎の足元から腕を伸ばし、代わりの牽制射撃を行う。
「行くぞ!」
國崎はそう叫びながらスモークグレネードを投げる。
あたり一面にスモークが撒き散らされ、片明院兵は一時的に視界を奪われる。一瞬気を奪われ、弾幕を止めてしまう。
その隙を突き、國崎と鞍馬が飛び出す。サーマルビジョンのついてるゴーグルにより、煙越しでも敵の居場所が分かる。敵は四人、T字になっており左右に二人ずつ。二人の襲撃者にはこれで十分としたのだろう。確かに装備、実力が"同じ"ならば、それでよかったのかもしれない。しかし、甘い。
パワードスーツで強化された脚力により、敵との間合いを一瞬で詰める。
國崎は敵の持つ小銃を左手で払い、右肩でタックルをする。下敷きにした敵をそのまま右腕で押さえつけ、利き手ではない左手で素早く拳銃を抜き、奥にいるもう一人の敵の眉間を貫く。そしてすぐに下敷きにしている敵も撃ち抜く。
鞍馬は手前の敵にすぐさま小銃で撃ち抜く。一瞬で間合いを詰められた敵は、なす術がなかった。
「無事か?」
國崎が声をかける。
「おうよ。しかし、わざわざひと手間かけて拳銃を使うとは。」
「ああ、うちの軍は物資が常に不足気味だからな。できるだけ、小銃の弾は消費しないようにしている。」
「そうか、殊勝な心掛けだな。よし、合流するぞ。」
「ああ。」
國崎たちは國崎側の通路の奥にある扉の前に待機する。
「稲置司令官。こちら側から合流します。」
『了解。今ならいいタイミングだ。来い!』
ダン!という扉が乱雑に開けられた音とともに、二人の精鋭が片明院兵の後ろを突く。大食堂の右端である。國崎が正面、鞍馬が左を向いて銃弾を放つ。
大人も子供も為す術なく銃弾の餌食となる。
合流の道は開いた。
「國崎!」
姿勢を低くし、障害物に身を隠しながら稲置がやってきた。
「稲置司令官!」
「いいか!お前たちが食堂でやるべきことは我々がこの大食堂においての戦いで優勢となることだ。それは今の挟撃で成された!お前たちは今からくる第三隊と合流して、扉の向こうの棟の上階の孤児たちを外へ運べ!武装した奴らがいるかもしれん!攻撃と捕獲は分けろ!!いいな!?」
「了解です!!」
國崎たちのもとへ男が10人ほど来る。
「我々が第三隊です!」
「分かった!春人!俺が攻撃隊の指揮でいいか!?」
「ああ!任せた!!」
「よし!俺から見て右から7人が捕獲!残り三人が俺について攻撃担当!とりあえずこの編成で行く!あとはその場の状況で変える!!いいか!?」
「了解です!!」
―3―
國崎たちは大食堂を出る。丁字路になっており、大食堂側から見て奥が國崎たちが爆破した武器庫、そして左右に廊下が伸びておりそれぞれに上につながる階段がある。
左の二階からはずいぶんと騒がしい音が聞こえる。
『いいか、情報によると孤児たちのもう一つの居住エリアはそこから右側の二階だそうだ。とにかく孤児たちを集めろ。職員の口封じをしている時間もない。左側には構うな。』
「了解です。」
國崎、鞍馬と第三隊は右側の階段を上り、突き当りに出た。國崎は口に指を当て、音をたてないように指示をする。そして胸ポケットから手鏡を取り出し、廊下の奥の状況を見る。すぐさま銃弾の嵐が飛んできて鏡はあっけなく破壊された。だが、状況は把握できた。國崎は小声で指示を出す。
「作戦変更だ、まずあそこにいる敵を全滅させる。この中で一番射撃がうまい奴は?」
「それじゃあ、こいつが一番ですよ。」
國崎と同い年くらいの男が推薦される。
「そんな…僕なんて…。」
「時間がない。お前の力が必要なんだ。頼めるか?」
「…はい。」
「あとは春人。お前も力を貸せ。」
「あいよ。で、どう動けばいいんだ?」
「こう動く。お前たち耳を貸せ。」
『全員に通達。敵軍内で我々の工作員による車両の破壊工作に成功したとの報告を受けた。あと10分は稼げる。確実に任務を遂行せよ。』
この言葉を聞き鞍馬は、
「おっ、焦らなくてよさそうだな。」
と、若干呑気なことを言った。
片明院兵は廊下の突き当りに机、椅子などで遮蔽物を作り、自動小銃を構えて待ち構えている。大人が5名、子供が2名だ。そのうち大人3名が先頭に立っている。大人2名と、子供は後ろで小銃を持ちながら待機している。先ほど、状況確認のための手鏡も見えた。敵は近い。
國崎は片明院兵の正面に立つ。
敵に正面に立つという常識から外れた行動に一瞬反応が遅れたが、すぐさま照準を國崎に合わせようとする。
國崎はいきなり走り出す。パワードスーツで強化された脚力での全力疾走。かなり、速い。
片明院兵は撃つが素早い敵にはなかなか弾が当たらない。当たったとしてもバリアにより弾かれる。
國崎はその勢いに乗せて思いっきりスライディングする。かなりの摩擦が國崎を襲う。若干パワードスーツのバリア機能が発動するほどである。
片明院兵は、スライディングに気を取られ視界が下向きになる。
その瞬間に、鞍馬と一人の男が片明院兵の正面に仁王立ちしながら正確な射撃を浴びせる。それは効果的な作戦であり、片明院兵はこれにより全滅した。
ある片明院兵は左右に弾丸を食らい、踊るように地面に崩れた。
ある片明院兵は顔から上がなくなった。脳細胞、血肉が交じり合った醜悪な汁を四方に散らす。
ある片明院兵は一瞬では死にきれず、どくどくと血が流れ、極寒の中、息を引き取った。
残りの片明院兵は國崎が片を付ける。正確な拳銃捌きで3人の頭に風穴を開ける。
「よし!敵はもういないな!みんな!孤児の確保に掛かれ!!」
國崎以外の男たちが血と硝煙の臭いが漂う廊下に設置されている扉に手をかける。鍵が締まっている。
「時間が足りねぇ!これで開けちまえ!!」
一人の第三隊の男がそう言い、拳銃で蝶番や、ドアノブの周りを撃ち抜く。ドアは木製であり、銃弾をあっという間に通してしまう。
その行動に呼応するように皆が皆銃でドアをこじ開ける。
ドアの奥から悲鳴が聞こえた。ドアを貫通した銃弾が子供を襲ったのだ。
ドアの手前でも悲鳴が聞こえた。蝶番を撃った銃弾が跳弾したのだ。
『國崎。お前はそこで指揮に当たれ。皆が皆それぞれに孤児を持ってきても効率が悪い。見回りも兼ねて指揮するんだ。』
「了解です。そちらは?」
『ああ、こっちも孤児の運び出し作業に入っている。敵兵は粗方片付けた。』
「分かりました、こちらも仕事を終えたらすぐさまこちらに向かいます。」
『ああ分かった。國崎、何度も言うが拳銃を一度でも撃った子供は殺せ。いいな?』
「分かってます。」
『それならいい。では、門で会おう。オーバー。』
稲置からの通信は切られた。
「とりあえず子供を確保したら外の装甲車に積み込め!最初に子供を積み込んだ二人はもう一度こちらに来い!残りはそのまま乗り込め!!」
「「「「「「「「「「了解です!!」」」」」」」」」」
◆國崎
時は少し経って、指示通り最初に子供を積み込んだ最初の2人が戻ってきた辺りのことだっただろうか。残りは春人が子供を連れていくだけだった。他は車に乗り込んだだろうか。
ズドン!!!
銃声が部屋から聞こえた。あそこには春人がいた。俺は嫌な予感がしてすぐに部屋に向かった。
「春人!!」
春人は無事だった。
「ああ、大丈夫だ。拳銃が暴発しちまってな。」
「暴発って!大丈夫か!?怪我は?」
「無い。ほら、今からこの子を連れていくから。」
「あ、ああ。わかった。」
脇に女の子を一人抱えて春人は小走りで出ていった。
だが、俺は見つけてしまった。
ベットの下に拳銃があった。俺は一つの可能性を思いつき、春人にもう一度訊ねに行った。
「春人!」
「なんだ?時間はあまりないぞ?」
「この拳銃は何だ?」
「さあ「さっきの部屋にあったぞ。」
俺はかぶせるように言う。
「その子が持ってたんじゃないか?近くに薬莢もあったが、ベットの下にはなかった。お前が隠したんだろ?」
「…。だから、銃の暴発で…。」
「時間がない!早く本当のことを答えろ!!」
「…。」
俺はしびれを切らして胸倉をつかんだ。実際時間はなかった。
「!!」
春人は俺の本気を感じ取ったのか口を開く。
「…ああ、そうさ。その銃はこの子が持ってて、銃声はこの子が撃ったから起きたんだ。」
「"それ"を持って帰るのは命令違反だ。」
俺はその拳銃をその子のこめかみにあてる。
女の子は恐怖に怯えた顔だった。涙と鼻水が混じり、もうグチャグチャだった。この年の子がしていい顔ではなかった。
「やめろ!!」
春人が空いている手で拳銃のスライドする部分を掴んだ。これでは撃てない。この時は考える余裕はなかったが、今考えると流石の状況判断能力と言ったところである。
「お前正気か!?子供だぞ!!?泣いてるんだぞ!!??」
「お前こそ正気か!?命令違反だぞ!?」
「…この娘はな!泣きながら!!この顔をしながら!!!俺に拳銃を向けてきたんだ!!反動で後ろに吹っ飛んだんだっ…。拳銃を落としたんだ!そんな娘を放っておける気にはなれない!!」
「だがな…!」
「お前にはっ…!わからねぇよ!!あの光景を見なきゃな!!」
「……。」
「俺は命令に背いたとしてもこの娘を放っておけない。連れていく…!」
「…その子が、お前の思った通りじゃないかもしれない。本当はナイフとかを隠し持っててお前に襲い掛かるかもしれない。」
「…その覚悟はできている…。」
「そうか…。なら、そうだな。わかった!連れていけ!!お前の思った通りに動け!上には黙っててやるから!」
「…!分かった!ありがとう!!恩に着る!!」
「時間がない!早く連れていけ!!」
「ああ!」
この時だっただろうか。俺と春人が違う道を歩いているような気がするようになったのは。
戻ってきた二人組がこのやり取りを見ていた。
「すまないが…そういうことで、黙っててやってくれないか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「自分も、鞍馬さんの気持ちが分からなくもない。」
子供を容赦なく殺すという指令に不満を持っていた者は少なくなかったため、このことは今後、バレることはなかった。
「まだ子供が3人ほど残っている。連れていってやってくれ。」
「「了解!」」
―4―
そして俺は二人組が子供を連れたあたりで最後の見回りをした。脇から子供の声が聞こえる。
絶望に満ちた声。
泣きじゃくる声。
怒りに満ちた声。
声なき声。
俺はあらかた見回りを終えた。その時物音が聞こえた。片明院兵の死体の辺りからだ。
一人の子供がまだ生きていた。
憎悪の満ちた顔でこちらを睨んでくる。地を這いながら、拳銃の落ちてる方に向かっている。
俺は拳銃を構えた。
彼の頭に照準を合わせる。
いや、俺は"照準越し"でしか彼の顔を見ることができなかったのかもしれない。
俺はゆっくりと引き金を引く。
結局俺はこの作戦内で子供を連れて帰ることはなかった。
これが、俺に影響を与えた出来事の一つ、「片明院襲撃作戦」である。
―5―
俺は事務所のソファに座っている。テーブルを挟み、目の前には鷹田慶介が。その横には都宮がいる。
「これが我々の成果となった写真です。」
写真を見た。
「なっ!?」
そこには、フードを被った春人の姿があった。
「お判りいただけましたか?」
「あ、ああ。」
しかし、到底信用できるものではなかった。
まさか、春人がレッツェル主義者と繋がっていたなんて。
第八話 了
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