一章 七話 想起Ⅰ 片明院(かたあきいん)襲撃作戦(前)

第一章「再会」

第七話「想起Ⅰ 片明院襲撃作戦(前)」


片明院襲撃作戦要綱 

日時 2088年9月16日 21:00

作戦 忌寸、朝臣両名が片明院に潜入。警備を気づかれずに一掃したのち、片明院に潜伏している工作員を通じて内部を襲撃。後方に控えてる稲置武瑠司令官率いる部隊が到着した後収容されている孤児を回収。敵の増援が来る前に撤退。


―1―

◆國崎

 七年前のことである。当時の俺の年齢は17。その時にある命令が俺たちに下った。


「こちら忌寸(いみき)。片明院正門前建物二階に無事到着。」

「こちら朝臣(あそん)。同じく片明院正門前建物二階に到着。」

 忌寸、朝臣。俺たちのコードネームだ。忌寸が俺、國崎のことで朝臣が俺の戦友鞍馬春人のことである。

『予定通りだな。いいか、いま一度確認する。まず君たちに支給された消音武器とパワードスーツ。この二つで警備を一掃せよ。もちろん隠密行動だ。一掃したのち、東側の二階の右から二番目の窓に工作員はいる。合流したのちこちらの突入と同時にそちらも内部で活動、収容されていると思わしき孤児たちを救出する。』

「了解。」

 俺が言う。

『ただし孤児が戦闘訓練を積んでいるという情報もあるため、我々の作戦を妨害してくる可能性がある。』

「その場合は、どうすれば。」

『殺せ。』

 俺は、何のためらいのない司令官「稲置武瑠」の言葉に動揺した。

「孤児たちを殺す…ですか?」

 春人が言う。俺もあまりにも躊躇いの無さすぎる言い方に驚いた。

『そうだ。殺すんだ。いいか?一度銃を握った奴はその感覚を忘れられない。それが子供ならなおさらだろう。子供だからこそ我々に銃を向けたものは倒さなければならない。恨みを買われて復讐に来られても迷惑だ。助けるのは戦闘訓練を積んでいない孤児に限る。それ以外は殺せ。』

 そしてしばらくの間が空き―

『この作戦の成功は君たちの双肩にかかっている。この作戦が成功すれば、まだ革命派に踏み切っていない奴らを我々の方向に傾かせることができる。レッツェル主義者に捕まっていた孤児たちを解放することができた…とな。そしてその施設の実態をより悲壮感の伝わるように宣伝する。踏み込んだ我々の証言だ。多少の脚色があっても民衆は納得する。それにより中立の派閥もこちらに傾かせる。…我々に今足りないものは「数」だ。圧倒的に足りない。この作戦で「それ」を稼ぐ。つまり、だ。この作戦の成否が今後の我々の活動に大きな影響を与える。君たちが成功することを祈っているよ。オーバー。』

 稲置が通信を切った。

「…わかってはいたが、子供を殺すことを躊躇わずにやるには勇気がいるな。」

 春人がつぶやく。そして俺がそれに対して呟く。

「だが、やらなければやられる…。これも真実だ。なるべく子供は殺したくない、がな。」

「…そうだな。よし、そろそろ動くか。俺は裏を回って警備を一掃しながら行く。」

「同じく。俺は右、お前は左だ。裏で会おう。」

「オーケー。まずは…。」

 俺たちはACOGサイト(高度戦闘光学照準器)を覗く。ACOGサイトとは米トリジコン社の開発した、通常の照準器よりも倍率の高いものである。スコープよりは倍率は高くない。夜間仕様になっており、敵の位置がわかりやすい。もともとナイトビジョン(暗視ゴーグル)は装着はしていたが、倍率の高いサイトだと狙いやすい。

 今俺たちは片明院正門の向かいの建物の二階の窓からのぞいている。俺がマイクに手を当てる。

「正門警備は二人。俺が右、お前は左をやれ。」

「了解。俺が合図する。3、2、1…撃てっ。」

 消音器(サプレッサー)により静かな弾丸が小銃より放たれる。

 二人の警備は頭部から血を流し、動かなくなった。周りに人はいないので気づかれた形跡はない。

「ナイス。」

 春人はそういうと、窓から飛び降り、片明院に入り込む。少しだけ遅れて俺も片明院に向かう。

 装備は小銃Type-85。三年前米国で開発された、単発(セミオート)と三連発(三点バースト)の二種類の打ち方を使い分けることのできる反動の少なめな良銃だ。それにサプレッサー、ACOGサイトを取り付け、隠密行動に特化させている。本来は三点バーストの方が命中率が上がり安定感があるのだが、サプレッサーの消耗が激しいのと、発砲音は防げても外れた弾が壁に当たった時の音は防げない。したがって単発の方がいいのである。また、俺達は黒い戦闘スーツを着ている。これにより隠密行動をしやすくなるだろう。装備の一覧としては小銃一丁、拳銃一丁、閃光弾(フラッシュバン)を俺が2個、スモークグレネードを春人が2個、手榴弾(フラググレネード)をそれぞれ3個、タクティカルナイフ一本、パワードスーツという構成になっている。

「行くぞ。」

 俺が告げる。作戦開始だ。





―2―

 警備の懐中電灯がギラギラ光る。俺達の緊張感は一番高いだろう。少しでも光を浴びればアウト。普段の撃ち合いとは違う緊張感が俺たちの五感、思考を支配する。

 草むらに隠れながら行動する。一人敵影を確認した。低姿勢で移動し、後ろを向いたときに近づく。屋上にも警備はいる。見つからないようにタイミングを見計らう。拳銃を素早く構えて目の前の敵の頭を撃ち抜く。上の敵には気づかれていない。撃ち抜かれた敵が倒れる前に身体で受け止める。そして死体を草むらに隠す。

 声を出させてはいけない。ヘッドショットが基本だ。そして死体が倒れる音も聞かれてはならない。ここはパワードスーツの使いどころである。素早く近づき受け止め、死体を軽々と運ぶ。文明の利器は素晴らしい。稲置が獲得してこなければこの作戦の難易度は跳ね上がっていただろう。


 潜入の話をしている途中ではあるが、稲置武瑠司令官の話をしなければならないだろう。稲置武瑠とは、元々自衛隊の反レッツェル派のリーダーであった。我々義勇軍に合流したいと非公式に交渉を行い、稲置武瑠以下48名が加わることに成功した。

 しかし、その合流は大量の血によって成り立ったものであった。

 当初の合流予定人数は173名。合流への手土産としてパワードスーツ二着を持ってくるとした。

 当時、バリア(パワード)スーツは27着しか生産されていなかった貴重なものだった。バリアスーツの開発は米国で183着、ロシアで113着、ドイツで123着という状態で、とても外国へ武器貸与(レンドリース)はできなかった。

 だからこそ日本(レッツェル政権)では、国産のバリア(パワード)スーツの生産に迫られた。そんな中で作られたパワードスーツ。保管場所の警備が厳重であることは明白だ。

 稲置司令官(当時1等陸尉)は反レッツェル派の部下を通じ、荒事を立てずに上手く獲得する予定だった。だが、反レッツェル派の中にレッツェル側の人間がおり、その者のリークによって稲置司令官は激戦苦戦を強いられたのであった。

 稲置武瑠率いる反レッツェル派の部隊は610部隊(通称血塗れ部隊)という名称であった。その610部隊の仲間や部下を犠牲にしながら我々と合流するところにまで漕ぎつけた稲置司令官は、尊敬と同時に恐れられている存在である。だが、功績は確かな人物だ。前司令官が凶弾に倒れた時、的確な指示をして我々を窮地から救ったのも彼である。

 稲置武瑠司令官とは、仲間の犠牲も視野に入れた作戦も通すが、それと同時に我々のことを一番に考えてもいる、そんな矛盾を孕んだ英傑である。


―3―

「こんな感じか。」

 春人はそういった。

 俺たちは地上の警備と屋上の警備をあらかた片付け、次の作戦「片明院への潜入」を実行をしようとしていた。

「ここだな。」

 俺が東側の二階の右から二番目の窓までパワードスーツの腕力を使い窓のへりをつかむ。そうすると窓が開く。

「お待ちしておりました。私が内通者の者です。」

 片明院の制服を着た男が現れた。

 俺達はその男に誘われるがままに部屋の中へ入り込む。

「お疲れさまでした。私のことは『ゴースト』とお呼びください。」

 男が俺達の耳元に小声でささやく。

「俺は忌寸、こいつは朝臣だ。しかし随分と洋風なコードネームだな。」

 俺が返答する。

「まあ、そこは司令官のセンスと言いますか…。片明院内に潜む幽霊という意味でしょうか?ほら、コードネームが『幽霊』では格好がつかないではないですか。」

「確かに俺達も司令官が習っていた日本史から適当にカッコいいものをチョイスしていると聞いたことがあるが。」

「我々は武器庫で何をすれば?」

 春人がコードネーム談議に割って入る。俺達は合流して武器庫に向かうということしか聞かされていなかった。

「とりあえず、私についてきてください。案内します。」

「ああ、わかった。」

「まずはそこで白兵戦の装備を整えてください。ステルス任務用の装備では火力不足でしょう?」

「確かに。」

「そして武器庫を爆薬で破壊します。これにより警備兵の戦力を削ぎ、爆破と同時に稲置司令官へ連絡してください。それにより地下と地上の時間差攻撃で敵を殲滅します。」

「なるほど、よくできたアイデアです。忌寸はどうだ?」

「問題ない。案内してくれ。」

「分かりました。まずは片明院の警備服に着替えてください。」


 ゴーストの案内で廊下に出る。内部警備はいない。

「しかし、コレに着替えてだけで本当に警備を突破できるのですか?」

「ご安心ください。あとは私の権力で何とかなります。」

「なんで、片明院の者が俺達へ協力すると申し出たんだ?」

「まだ、信用はしてもらえてない?」

「すまないが。」

「私は、政権交代の荒波に飲まれた世代の一人です。そんななか、言論統制の名のもとに両親を奪われました。私は両親を奪ったこのレッツェル政権に復讐をしたかったのです。」

「そうか、奇遇だな。俺もだ。」

 奇遇、というほどでもなかった。政権交代によって俺たちの親以上の世代はその多くが言論統制、思想統制の名のもとに命を奪われた。

「そして、この片明院ではそんな理由で両親が奪われた孤児たちを集めて、自分たちに都合のいい兵士、官僚を育成しようとしている。」

「なるほど?それでか。」

「…少々お待ちください。」

 ゴーストは俺たちに待ての合図をし、階段を下りる。

 しばらくしてゴーストから手招きの合図を受ける。

「このまま地下へ行きます。」

「分かった。」


 ゴーストが先導して、俺達は地下室に辿り着く。そして厳重な扉の前にいる警備兵にゴーストが話しかける。

「彼らの装備が不調らしいんだが、ここで武器を交換させてもらえないか?」

「こっ!これは副院長!!そうですか、副院長がおっしゃるなら!」

 そういいながら、何の疑いもなく扉を開ける。ゴースト、その若さで副院長だったのか。

「どうぞ、お通り下さい。」

 俺達は武器庫へ入る。

 

「手を上げろ。」

 武器庫に入ってから俺は暗視ゴーグルをつけ、ゴーストに拳銃を突きつける。武器庫に電気はついていない。

「…何の真似ですか?」

「おい!忌寸!お前何してるんだ!?」

「…どういうことでしょうか。確かに信用はされていませんでしたがこれは…。」

「中々に怪しい部分があってな?」

「どこが、でしょうか?」

「忌寸、確かに彼は信用しきるわけにはいかなかったが…。」

「なんで、お前あんなにベラベラ身の上話を話せた?」

「「!!」」

 そう、このレッツェル政権となった日本では迂闊に政権批判の話はできない。公共施設のいたるところに盗聴器が仕掛けられている。片明院も例外ではないだろう。

「…さすがですね。忌寸さん。でも、私の勝ちです。」

 武器庫に明かりがつく。俺と春人の首元に刃物がある。入口から見て俺が左、春人が右にいる。

 少年兵が6人。俺と春人の後ろにうなじに刃物を突き立てているのが二人。どちらもナイフだ。首横に刃物を突き立てているのが二人。これは軍刀。そしてゴーストの左右に一人ずつ。これも軍刀である。

「(子供が戦闘訓練を積んでいる…。話には聞いていたがこれが…。)」

「ええ、これが少年兵ですよ…。」

「…わかった。朝臣。」

「…ああ。」

 俺たち二人は手を上げながら拳銃を地面に落とす。

「拳銃は使えませんよ?ここは武器庫。下手に発砲でもすれば火薬に引火して大惨事です。

「そうか…。この子たちは?」

「ここにいるのは成績優秀なメンバー6人。ネズミの始末の仕方を教えようと思いましてね。」

「そんなことまで教え込むつもりか。どこまで腐った奴らなんだっ!!」

 春人が声を上げる。

「…あの話は俺達を信用させようという浅はかな嘘か、それとも信用させようという名目で、お前がこびへつらう組織への批判か。どちらかだと思ってな。」

「さて、どうでしょうかね?ただ、『仮に』本当だとすると、私は絶対に両親のようなヘマはしたくないと思いますね。彼らはただ、愚かだっただけです。」

「………。」

「ノーコメントですか?ええ、ええ。それもいいでしょう。両親の復讐に捕らわれているあなたでは、絶対に私を越えれませんよ。私が、勝者です。」

「………。」

「さあ、君たち、彼らを捕らえてください?」

 ナイフを構えてた二人がナイフをしまい、手錠を取り出す。

 軍刀持ちは大股を開いて構えている。

 ナイフ持ちはナイフをしまった。

 この状況、仕掛けるなら、


 今だ。

 

 俺と春人の動きはほぼ同じだった。

 まず大股を開いている軍刀持ちの少年兵。こちら側に開かれている足をこちらの足で引っ掛ける。パワードスーツで強化された成人の足に少年の脚力がかなうはずもない。少年二人はなすすべもなく一瞬で転ぶ。

 そして手錠を掛けられる前に腕を力強く振り上げ、一瞬のことで混乱している少年兵の腕をつかむ。そして思いっきり左回りに少年兵をスイングする。そうしたら、同じく春人が右回りでスイングした少年兵と思いっきりぶつかり気絶した。

 その後足をかけて転んだ少年兵の腹を踏みつけ、痛みで蹲らせた。

「あと三人…。」

「おっ、お前たち!!早く二人を止めろぉっ!!!」

 ゴーストは醜悪な保身の声をあげる。

 軍刀持ちの二人が正面から襲ってくるが、実戦経験を積んだ俺たちの敵ではない。

 剣戟を受け流し、空いた左手で素早く顎に裏拳を入れる。これでもう気絶だ。パワードスーツで一撃が強化されてるおかげでスムーズに気絶が入ってくれた。

「…さて。誰の差し金だ??」

 指の骨を鳴らす。

「くそっ!!」

 ゴーストは後ろへ手をまわし、


 ジリリリリリリリリリリリリリ

 というベルが鳴る。

『敵襲!!敵襲!!武装してるものは直ちに戦闘態勢へ移行せよ!!武装してないものは至急準備せよ!少年兵も戦闘準備をせよ!!繰り返す!!…』

 というアナウンスが鳴る。こいつ…。

「これで貴様らも終わりだあっ!!」

 なんか言ってるが俺たちはまともに相手をしている余裕はない。俺は無線機を取り、

「司令官!!増援求む!!」

『了解。』

 というやり取りをした。

「おい!!何事だ!!」

 武器庫前の警備が来る。春人が警備の、俺がゴーストの襟をつかみ、一本背負いで地面にたたきつける。

「「ぐうっ!!」」

 痛々しい声が出る。二人はその痛みからか、動けない。

「さて、どうする?」

 春人が拳銃を二丁拾い、話しかける。

「とりあえず、増援が来るまで戦力をできるだけ削ぐ。」

「分かった、行こう!!」


 俺たちは武器庫を出る。俺が春人に話しかける。

「あいつらは、始末するしかないか。」

「おい!子供もいる!今は動けないんだ!!」

「回復したら後ろから刺しに来る!!今のうちに何とかしないと!」

「…だが!!」

「俺だってやりたくないさ!!だけど、作戦を成功させるために脅威を排除しなければ!!失敗したら俺達には未来はないんだぞ!!」

「…わかった!」

 俺はフラググレネードのピンを抜き、武器庫に放り込む。そして俺達は階段へ走る。

「ま、待て!」


 ゴーストの悲痛な声が聞こえた次の瞬間、大爆発が起きる。

 俺たちは爆発寸前にダイブしていたから、ダメージは少ない。

 急いで階段を駆け上がりながら、小銃を3点バーストに変更し、ACOGサイトを横にスライドさせる。そして、横づけのボタンを押すと、畳まれていたリフレックスサイトが現れる。これが最新のType85の機能。中~近距離に有利なリフレックスサイト内臓により。カスタマイズ次第で遠距離~近距離まで対応できる。

 階段に向かってきた装備を取りに来た無防備な兵士三人を射殺する。作戦の第二段階はもう始まっているのだ。

 階段への廊下は幸い突き当りになっている。これなら壁を背に、白兵戦ができる。


 一分後、片明院の扉は稲置司令官の率いる義勇軍によって開かれた。

 義勇軍兵はなだれ込みながら、俺たちの騒動に気を取られていた制服を着ている連中を次々と射殺していく。

 稲置司令官はその義勇軍兵に交じりながら片明院に入り込み、大声でこう言い放った。


「孤児たちを装甲車に乗せろおおおおおおおっ!!!!」


第七話 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る