最終話 …異世界も悪くないね。

【これまでの予想外な展開】

・異世界もの好きな友人が懲りずにまた窓の向こうに行きたがる

・ポジティブ(若干ドリーム)が痛すぎて家主の俺、諦める

・彼女との再会を夢見て異世界に通じる窓を開ける

・彼女、窓の向こうで野営待機←今ココ



「…どうしたらいいのかなぁ? ゆっきぃぃぃぃ――…」

 まさかお目当ての彼女が窓の向こうで待ち伏せ(しかも野営セット)しているとは、さすがに俺も神戸かんべも予想だにしない展開だった。――つかさ、そこは女子なんだから、体育座りで剣を抱え込んでるとか待ちくたびれて寝ちゃってるとかさ、そういう可愛いシチュエーションを用意しといてくれてもよかったんじゃないかなぁ? 異世界さん。

 あんなたき火とかガンガン焚いてて、けもの肉をむっしゃー!してるとかさ、奇跡的にまた再会できた喜びよりもぶっちゃけ衝撃のほうが遥かに大きいわ。

 『この窓の向こうに希望があると俺は信じてる…っ!』とまでほざいた(おっと失礼)神戸も今の光景を目にして若干心が折れた様子だし、捨てられた子犬のような目をして俺を見ているだけだった。


 がっつり野営まで組んで待ち伏せていた様子を思うに、彼女のほうも俺たちに何らかの関心があるのは間違いない。あきらかに話す言語や着ている服装が違うし、いきなり自分たちの世界に現れて消えたとなればまぁ、当然といえば当然か。

 ただ、その関心が悪い意味だった場合、武器を持っている相手の目の前に再び姿を現すのはとてもじゃないが得策とは言えない。

 俺はしばし冷静にあれこれ考えた末に、神戸の背中をばんっ!とおもいきり強く叩いた。


「どうもこうも、もう一度会いに行くっきゃないだろ!」

「!」


 ――確かに、窓の向こうに広がる光景がまったく身の危険がないものとは言えないことは重々承知もしている。でも、彼女は見知らぬ神戸のことを助けてくれた恩人だ。そんな優しい心の持ち主が、わざわざ俺たちを痛い目に合わせるためだけに待ち伏せなんかしているはずがない。

 それに、少なからずこいつが好意を寄せている女性なんだ。友人としてここは、応援してやるべきだろう。――もちろん、危なくなったら速攻で逃げるけどな!

「ゆっきぃぃぃぃぃぃ…っ!」

「何だったら野営に参加して、一緒にけもの肉、食って来いよ」

「…うんっ! 分かった! もう一回行ってくるね! ゆっきー!」

 神戸は俺の平手と言葉から勇気をもらったと言わんばかりに両手をぐっと力強く握ると、再び意を決して窓を開いた。――と、


「「ぎゃーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!」」


 さっきまでたき火の近くで肉を頬張っていたはずの彼女が、窓を開けたすぐそばに立っていた。その距離なんと、わずか20cm。思わず俺までもが一緒になって驚きの声を上げてしまっていた。

 そんな俺たちが張り上げた大声に彼女も一瞬驚いた素振りをみせたが、すぐに両手を胸の前で合わせ、まるで『ごめんなさい』というように小さく頭を下げた。

 その姿を見て、俺たちははっと我に返る。

「〇¥$@#%&$#○@…」

 相変わらず何を言ってるのかさっぱり分からないけれど、彼女にまったく悪意がないことだけははっきりと理解できた。――って、いうか、間近で見ると彼女の青い髪と青い瞳は作り物感が全然なく自然で、本当に、本当に綺麗だった。話す声も耳に心地よく、まるでハープの音色のようだと思った。

 ――異世界に興味があろうがなかろうが、そんなことは関係ない。綺麗な女性はそれだけで正義だ。

 てっきりガンガンいくものと予想してた神戸もすっかり見惚れている様子で、彼女の言葉をただ意味も分からずに『うん、うん、』と頷きながら聞いている。


 ――ただ不思議なのは、彼女の目には別世界だと分かる俺の部屋が見えているはずなのにまったく動じていない点だ。もしかしたら彼女はこの窓を通じて、こっちの世界の人間と少なからず交流したことがこれまでにあるのかもしれない。

 そう考えると神戸とともに異世界へと足を踏み入れたあのときに、こんな険しい崖の上にも関わらず偶然彼女がいたことも納得ができる。


 俺が一人そんなことを考えていると、ふいに彼女は胸元に入れていた小袋を広げ、なかから取り出したものを神戸の手に握らせた。

「#&%@$&○#@&¥…!」

 そう言って笑顔を見せた後、彼女は自ら距離を取り、目の前の窓を閉めていた。

 当然ながら最後の言葉と行動の意味がよく分からなかった俺とやつはしばし呆然と立ち尽くし、彼女の消えた窓をただずっと見つめていることしかできなかった。

 言葉が通じなかったり待ち伏せされていたり、予想外の展開に思わず逃げ出してしまった俺たちだけど、異世界に住んでいるだけで彼女は普通に身も心も美しいただの女性だった。こいつに突入宣言されて嫌々でもOKしていなければ、いつまでたっても俺たちはそんな当たり前のことにすら気付けなかったかもしれない。


「…ねぇ、見てよゆっきー」


 ふと、口を開いた神戸のセリフに視線を向けてみると、やつの手のひらには大きな牙に糸を通したネックレスが乗っていた。

「これってさぁ…」

「あぁ、『あのとき』のドラゴンっぽいやつの牙だろうな」

 わざわざ死体から牙を引っこ抜いてネックレスにしてくるなんて――…女子は女子だけど、こっちの世界の女子とはやっぱりどこか感性が違う。でもこれを野営を組んで待ち伏せしてまで渡そうとしていたのかと思うと、たまらず笑いが込み上げてきてしまう。

「すごいな、異世界女子ってばいろいろとダイナミックだわぁ~っ!」

「そこがまたいいんだって! 現実世界じゃ『こう』は楽しめないないよ~??」

 言って、神戸は早々にネックレスを首にかけ、俺に自慢して見せる。以前の俺だったらまったく意にも介さないところだが、さっきの今では正直ちょっと…羨ましい。


 その後俺たちは二次会と称して遅くまで部屋で酒を飲み続け、二人していつの間にか記憶を失っていた。翌日案の定二日酔いで頭はガンガンだったけど、この部屋に越してきてから初めて清々しい気持ちで朝を迎えることができた。

 昨晩の一件で俺の異世界に対する警戒心がゼロになったかというと、さすがにそんなことはない。だけど、住む世界は違っても同じ人間なんだなぁ…と実感できたことは、俺にとって大きな収穫だった。


 表参道駅から徒歩5分程度の好立地物件が、『ようこそ☆異世界へ』と呼びかける窓があるせいでまったくベランダが使えないとか正直あり得ない話だけど、前よりはまぁ、「このまま住んでても良いかな~」って感じかな。憧れの23区内だし、何より異世界への窓があるおかげで家賃は破格の安さだし。

 

『ゆっきー、今夜も自宅突入よろ('ω')ノ』


 某猫型ロボットの便利なドアじゃないけどせっかく異世界につながる窓があるんだから、そこそこは楽しまないとね、何事も。



【最後の戦利?品】

・青い髪と瞳の綺麗な女性(プライスレス)

・初めての思い出の品(ドラゴンっぽいやつの牙ネックレス)

・開き直りとそれなりに楽しむ心

・異世界というアトラクション付きのステキ物件(格安)

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窓から始まる異世界ライフ! 嵩冬亘 @meguru-t

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