第6話 あの娘との再会を夢見て。

 自宅への突入を拒否したところでただただ面倒なやりとりをする羽目になるだけだと判断した俺は、ほろ酔い気分の神戸かんべとともに仕方なく表参道のマンションへと帰宅した。

 二日連続で異世界とか正直勘弁してほしい…と心の底から切に、切に思ったが、それ以上にこいつの口から頭が痛くなるようなセリフをあれこれ聞き続けるほうがよっぽど苦痛だった。


「まずは、彼女に会ったら改めてお礼を言って――…って、頭を下げれば分かってもらえるかな!」

「どうだろうなぁー。下手したら謝ってるみたいに思われるんじゃないのぉー?」

「そっか、そういう風にも思われる可能性があるのか…。あっ! でも笑顔を見せればそうは見えないんじゃないかな!」

「そうだなぁー。笑顔ですれば印象変わるかもしれないなぁーっ」

「――つか、ゆっきーさ。さっきから何だよ、その態度っ! もう少し真剣に考えてくれてもいいんじゃないの??」


 二人掛けのソファーにだらりと寝転んで適当に言葉を返す俺の態度を見かねて、たまらずやつは声を荒げた。そうは言われも――ねぇ? 俺にしてみれば神戸の気持ちが彼女に伝わろうがどうだろうが、本当にどうでもいいわけだ。

 それに、身振り手振りでどう伝えるのか考える前に、もっと考えるべきことがあるだろうに。俺は根本的なことにまったく気づいている気配のないやつに、大きな溜息を吐いた上で問いかける。


「――その前におまえさぁ、もう一度彼女にどうやって会うつもりだ?」


 一瞬何を聞かれているのか理解できなかったやつは瞬時に眉をしかめ、

「『どうやって』って――…この窓からに決まってるじゃん」

と言った。もちろん、『それ』は間違いじゃない。でも、正解でもないわけだ。

「…いやさ、この窓を開けたからってまたそこに彼女がいるとは限らないし」

「!」

「おまえのほうがアニメとかゲームとか、異世界事情に詳しいんだから分かるだろ?? 都合よくそんな、お目当ての相手と再会できるなんてないって…」

 その言葉を耳にしてようやくはっと気づいた表情をしているし、これで少しは冷静になって考えてくれることだろう。

 そう思ったのもつかの間、神戸はグッと拳を握り、力強い目で俺を見る。


「いやっ! 異世界事情に詳しいからこそ、この窓の向こうに希望があると俺は信じてる…っ!」


 ――いやいや、この窓の向こうにある異世界に関しては『ご都合主義に期待☆』とか無理だって、ついさっき思い知ったばかりじゃないかよぉぉぉぉぉお…っ!!!

 それに、異世界には詳しくもなければまったく興味のない俺でも、ストーリー的に彼女とすぐ再会できるなんて面白味に欠けるどころの話じゃないと思うぞ??

 しかしまぁ、再突入を考えている当の本人がそう言ってるわけだから、ここはあえて水を差さないでいてやろう(いろいろと面倒臭いし)。


「でもおまえ丸腰なんだから、ざっと見ていなさそうだったらさっさと帰って来いよ?」

「えっ? ゆっきーは行かないの??」

「俺は『こっち側』で窓番してるわ。おまえと彼女の邪魔してもあれだし」

 ――本当はただ単に関わりたくないだけだけどな。

 だからそんな、『おまえって優しいのな…』的な表情で俺を見るのはやめてくれ。

「分かった! 窓を出たところで彼女を見つけられなかったら、すぐに帰ってくるから!」

「はいよー、気をつけてなぁー」

 再度窓の前で『よしっ!』と気合を入れる神戸の脇に待機して、俺はその後ろ姿を見送ることにする。――と、窓を開けた途端に俺たちの目に飛び込んできたのはあきらかに野営だと分かるたき火と、俗にいう『けもの肉』を豪快にほおばる例の彼女の姿だった。


 ――えっ? これってもしかして

待 ち 伏 せ な ん じゃ な い で す か ??


 まるで予想だにしていなかった状況にさすがの神戸も臆してか、次の瞬間またしても『ぴしゃりっ!』と勢いよくただ窓を閉めていた。

 お目当ての彼女を前にしながらも賢明な判断を下せたこいつを褒めてやりたいと思ったが、あんながっつり待ち構えてる様子を見たらそりゃあ本能的に危険を察知して当然か。

 思わず『ははは…』と乾いた笑いが洩れてしまう俺の声に気づいてかどうか、窓を閉めてから微動だにしていなかったやつがカクカクとした動きで振り返る。


「…どうしたらいいのかなぁ? ゆっきぃぃぃぃ――…」


 …いやいや、俺にそんなこと聞かれてもガチで困りますから。

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